お得意様へのご紹介
中間テストに向けて変更した計画で生活を始めて二週間が過ぎた。勉強、学校、勉強のサイクルには慣れてきたけど、心がしおれてきた気もする。火曜日と木曜日にある射撃訓練が息抜きになる日が来るなんて思わなかったなぁ。
その大型拳銃の腕は依頼で実戦を経たこともあって改善した。ソムニに言わせるとまだまだらしいけど、とりあえずは使い物になるらしい。
一方、勉強の方はゴールデンウィーク直前にどうにか中学の勉強の復習を終えた。本当に頭に入っているのかと言われると怪しいけど、理解はできたんだ。
大型連休に入ると最初の二日間は週末だったから依頼を受けた。いつも通り過ぎて大型連休とは全然思えなかったのが少し悲しい。
「みんな楽しそうだなぁ」
「優太だってちゃんとジュニアハンターの活動をしてるじゃない」
「そうなんだけど、なんか仕事っていう気持ちが強くて。他のみんなは遊んでるみたいに楽しそうだし」
「端から見たらストイックに活動してるように見えるものね。でも、そのみんなって友達と活動してるから楽しいんでしょ。だったら優太も誰かと一緒に活動したら解決するわよ」
その誰かがいないということを知った上でソムニは言ってるのだからひどいと思った。僕にそんな友達がいないのが一番の原因なんだけど。
意地悪なことを言ってくる妖精だけど僕に良いことも提案してくれた。一度小銃の値段がどんなものか確認しようと提案してくれる。
「ネットで調べたらピンキリでいくらでも出てくるけど、実際に買うところで確認するのが一番よね~」
僕もそう思ったから連休三日目の昼に八千代へと向かった。
ハンターだけじゃなくジュニアハンターも大勢いる門前町だけど、店内に入ってもお客は誰もいない。素人ながらこれで商売ができているのか不安になるくらいだ。
でもそんな内心は表に出さず、僕は横田さんを呼ぶ。
「横田さん、いますか~?」
「店開けてるんだからいるに決まってるだろう。おお、坊主か」
奥から現れた横田さんが僕を見ると声を穏やかにした。とりあえず機嫌は悪くないらしい。良かった。
安心した僕は聞きたいことを尋ねる。
「そろそろ小銃を買いたいんで見に来ました」
「結構早いな。で、どんな銃がいいんだ?」
「銃本体も銃弾もたくさん普及しててどこでも安く買えそうなやつなんてありますか? 銃弾は五.五六ミリがいいんですけど」
「ふむ、そうだなぁ。とりあえずついて来い」
促された僕は横田さんに続いて奥の在庫置き場に入った。大型拳銃を買ったとき以来だ。
拳銃が並んでいる棚の隣に小銃がいくつも並んでいる。ほとんど形が変わらないものもあれば全然違うものもある。共通しているのは、僕にはさっぱりわからないことだ。
横田さんが並んでいる小銃を眺めている後ろで僕は頭の中でソムニに話しかける。
”今回は拳銃と違って威力は注文しなかったんだね”
”拳銃の場合は射程が短いから一発の威力に頼る必要があるからよ。小銃の場合はずっと射程が長いしね”
”あと、弾が小さい方が持ち運べる数が多いんだっけ?”
”そうよ。強化外骨格があるとはいえ、荷物が軽いことに越したことはないもの。威力はその分落ちるけど当面は問題ないわ”
どうして当面なのか若干気になったけど、横田さんが一丁の黒い小銃を持って振り向いたので話は中断した。
手にした小銃を僕に渡してくれる。
「MT九千四百という銃だ。軍で使われている小銃の民生品でな、弾は五.五六ミリのNATO規格だからそこら中にある」
「銃の方もたくさんあるんですか? 壊れても慣れた銃がすぐ買えると嬉しいんですけど」
「微妙だな。アメリカならともかく、この日本だとあんまり出回ってねぇ。むしろ軍の方の銃が多いくらいだ。けどな、そっちは厳密には黒に近いグレーなんだよ。ジュニアハンターで警察を気にしながら銃を使うのはよした方がいいぞ」
「そんな違法みたいなのが出回ってても大丈夫なんですか?」
「かつて魔物の活動がもっと活発だった頃に武器が足りなかったことがあったんだ。その名残りだよ。けど、それも今や昔だ。いつ規制が入るかわかりゃしねぇ」
そう言われるとただでさえ知識の乏しい僕は反論できなかった。それに、法律的に微妙なものを持ちたいとも思わない。
話に納得した僕に対してソムニが声をかけてくる。
”おじいちゃんの言うことに嘘はないわね。法律のことまで気遣ってくれているし、これでいいんじゃないかしら。弾が安く買えるのは確かみたいよ”
「わかりました。これっていくらですか?」
「相変わらず決断が早いな。そいつは中古品だから六万でどうだ? それと、こいつの弾は五十発入り一箱二千円になる」
「拳銃の弾より安いんですか!?」
「だから言ったろう? そこら中にあるってな」
「買います! あ、それとこの銃の弾倉とマグポーチっていうのと拳銃弾も」
「ああもう、いっぺんに言うんじゃねぇ!」
思い出しながらしゃべっていた僕に横田さんが叫んだ。
結局僕は、小銃一丁六万円をはじめ、小銃弾六箱を一万二千円、弾倉三本を一万二千円、三本入りライフルマグポーチを六千円、それと残り少なくなった拳銃弾一箱を三千円で買った。合計で九万三千円、稼いだお金がきれいさっぱりなくなる。
「うわ、また一文無しだ」
「相変わらず気持ちのいい使いっぷりだな。宵越しの金は持たねぇ主義か?」
「これ、昨日まで半月くらいかけて貯めたお金ですよ」
「ははは! そうかい。そいつぁ頑張ったな」
儲かったはずの横田さんは僕に品物を渡してから楽しそうに笑った。
僕としても必要だから買ったんで文句はないけど、こうなんていうのかな、後がない崖っぷちのような感覚だから不安なんだよなぁ。
買った品物を僕はナップサックに詰めていく。あ、ライフル弾の箱が大きすぎて無理だ。
「横田さん、何か袋をもらえませんか? ナップサックに全部入らなくて」
「そういや紙袋がいくつかあったな。お、あった」
「ありがとうございます」
「ふむ、毎回たくさん買ってくれるお得意様に、今回はなんもしてやってねぇな。よし、それじゃ人を紹介してやろう」
「人、ですか?」
もらった紙袋に銃弾を入れていた僕は顔を上げた。
そんな僕に横田さんはそのまま話を続ける。
「第二職安の射撃場の隣にラッキーガンズっていう店があるのは知ってるな?」
「あの銃の販売店ですよね。いつも見かけますけど」
「そこにジャック・スミスっていう腕のいい銃職人がいる。そいつに話をつけておいてやるから、今度近いうちに会いに行くといい」
「はい」
「わかってねぇ顔だな。拳銃もそうだが、今買った銃もいつかは本格的な分解整備をする必要がある。そのときに頼れる腕のいい職人がいるってぇのは心強いもんだぞ」
「なるほど」
「儂は商売人であって職人じゃねぇから深いところはわからねぇ。だが、お前さんはその買った武器をいつも万全にしておかなきゃいかん。だから今のうちに渡りを付けておいた方がいいって思ったのさ」
「あ、ありがとうございます」
「坊主みたいな客とは長く付き合いてぇからな。つまんねぇことで死なれちゃ困るんだよ」
「それじゃこの後すぐに行きますね」
「気が早いな。まぁいい。だったらすぐに連絡しておいてやる」
そう言って横田さんは笑った。
確かに言われてみるとその通りだ。僕にはそんなこと思いもつかなかった。思わぬ人を紹介してもらって喜ぶ。
紙袋に買った物を入れ終わると僕は足取りも軽く第二公共職業安定所に向かった。