変わらない見方
計画の大きな変更を提案された翌日、また通学する日々が始まった。そうは言っても休むわけにもいかないのでおとなしく登校する。
学校の授業は相変わらずだ。僕の都合で変化するわけではないので当然とも言える。今まで通りわかったりわからなかったりするけど、いずれ勉強の効果があると信じたい。
どうにか朝の授業が終わるとようやく昼休みだ。学校の中で最も楽しみな時間だよね。みんなは友達と一緒にお弁当を食べたり食堂へ行ったりしている。
仲の良い友達はいないから僕は一人自分の席でお弁当を食べるんだけど、その後は大抵寝ているかネットを見ていた。今日はあんまり眠くないのでネットを巡回している。
「ん」
それでもごくたまに席を立つことがあった。生理現象は止められないんだ。
用を済ませてすっきりした後、僕はまた教室に戻ろうとした。これでもう放課後まで動かなくても済む。
ところが、お手洗いから出てきたところで住崎くん達とばったり出くわしてしまった。しかも中尾くんと飯村さんだけでなく、もう一人、ポニーテールの女子がいる。
用がないどころか会いたくない知り合いだったので、僕はできるだけ平静を装ってその場を離れようとした。けど、住崎くんが声をかけてくる。
「おい、大心地、なに無視しようとしてんだよ」
「別に話すことなんてないからだよ」
「人がいい気分でいるのに出てくるなよな」
「たまたま出くわしただけじゃないか」
何がそんなに気にくわないのか、住崎くんは妙につっかかってきた。中尾くんは相変わらず眼鏡越しに無表情に見てるだけで、飯村さんは小馬鹿にするように僕を見ている。
「いちいち言い返してくるんじゃねぇよ。マジ、ムカツクやつだな、お前」
「えぇ」
「大体、なんでお前が真鈴さんと同じクラスなんだよ。そこからありえねー」
「また始まった」
僕を蔑んでいた飯村さんが住崎くんをちらりと見て顔をしかめた。一方、それまで興味を示さなかったポニーテールの女子が中尾くんに顔を向ける。
「ねぇ、あれなに?」
「住崎が大海に熱を上げているのは前に説明しただろう? あの大心地という奴は同じクラスなんだ」
「え? そんなの他のクラスメイトもいるじゃん」
「前から住崎はあいつのことを嫌ってるんだよ、村田」
「あー」
二人の話を耳にした住崎くんが面白くなさそうに中尾くんへ顔を向けるけど、何も言わずにまた僕の方へ戻した。そして、更にきつい口調で責めてくる。
「なんでお前なんかが一緒のクラスになれたんだ」
「そんなの知らないよ。クラス替えを決めたのは僕じゃないもん」
「あーもう! お前最近反抗的じゃねぇか?」
「健太、もう行こうよ。こんなのに構っててもつまんないし」
横から口を挟んできたのは飯村さんだった。僕の方を心底嫌そうに見た後、住崎くんに顔を向ける。
「この前行ったっていうハンターの仕事のこと教えてよ」
「ああ? ああ、あれか。んーそうだなぁ。わーったよ。みんな、行こうぜ」
「やった!」
「足を止めたのはお前だろうに。それと、ハンターじゃなくてジュニアハンターの仕事だ」
「中尾、お前もうるせーぞ」
いきなり呼び止められて文句を言われた挙げ句、一方的に立ち去られた僕は呆然とした。結局不満のはけ口にされただけのようにしか見えない。
胸のむかつきを抱えながら僕は自分の教室に戻った。自席に座ったけど気持ちが落ち着かない。今になって何であんなことを言われなきゃいけないのかと腹が立ってくる。
「あはは! それでね」
そんなとき、一際賑やかな話し声が聞こえてきた。ちらりと見ると大海さんとその友達が教室内に入ってきたところだ。クラスメイトの三分の一くらいが集まっている。
新学期が始まって一週間が過ぎると自然発生的におおよそのグループに分かれてきた。まだ確定ではないけど、これから一年間の集まりが決まろうとするところだ。
僕は一年生のときと同じように一人だった。元々誰かといつもいる習慣はなかったけど、今は特に勉強と射撃訓練で忙しいから誰かと遊ぶ気にはなれない。
昼休みが終わって昼からの授業が始まった。ご飯を食べた後だと眠くなるけど、寝ると夜の復習で苦労するから頑張って授業を受ける。
放課後になると僕はようやく一息つけた。このあと家に帰っても勉強というのは気が滅入るけど、しばらく我慢するしかない。
などと思っていたら、後ろから声をかけられる。
「大心地くん! ちょっといいかな?」
振り向いたそこには大海さんが立っていた。きれいな黒い瞳で見つめられて緊張するけど、今の僕は座っているから油断すると視線が大海さんの豊かな胸へと移ってしまう。嬉しいけどこれはまずい。
結構な意思の力を使って目線を大海さんの顔へと向ける。
「どうしたの?」
「わたし達これから第二職安に行くんだけど、大心地くんも行く?」
「え?」
どうして誘われているのかわからなくて、僕はどう返事をしたら良いのか一瞬わからなかった。同じグループでもないのにそんなことをされるのかがわからない。
動揺している僕を見た大海さんが小首をかしげて理由を教えてくれる。
「ほら、昨日夕方に本館で会ったときに銃の練習をしてるって言ってたでしょ? わたし今日バンで行くから他の友達と一緒に乗せてってあげられるから声をかけたの」
「あーなるほど」
理由がわかって僕は納得した。どうも純粋な親切心らしい。ほとんど面識もない僕のことも気にかけてくれるなんて優しいと思う。
でも同時に、大海さんだけじゃなくてその友達とも一緒に行くというのは、僕にはハードルが高すぎた。誘ってくれる大海さんはともかく、友達の方には迷惑と思われそう。
それにそもそも論だけど、今日は第二公共職業安定所に行く用事はない。厳密にあったけどなくなっちゃったんだ。
だから申し訳なさそうに僕は返事をする。
「ごめん、僕今日はあっちに行かないんだ。家に帰って勉強しないといけないから」
「おおー、すごいね」
「実は一年の三学期のテスト結果が良くなくて、今度の中間テストを頑張らないといけないんだ」
「うわぁ。そりゃ大変だね」
ひどく同情した顔で大海さんが感想を漏らした。うん、僕もそう思う。
残念そうな表情を浮かべた大海さんがうなずいてくれた。そしてまた笑顔を浮かべる。
「それなら仕方ないよね。ならまたの機会に一緒に行こうね!」
「うん、誘ってくれてありがとう」
僕が返答すると、大海さんはそのまま教室から出て行った。
思わず全身の力を抜いて椅子にもたれかかる。相変わらず大海さんとの会話は疲れるなぁ。
気を遣って話しかけてくれる優しさは嬉しいけど、僕がそれに応えられるかというと難しい。自分があちらの輪の中に入っても居心地の悪さしか感じないだろう。
それに、周りの人がどう思うのかということも気になる。場違いな人がいると微妙な気分になるのは僕も同じだ。それだけに人の目が気になる。
そう言う意味では、最近クラス内で大海さんに声をかけられても注目はされなくなったのは幸いだ。誰にでも等しく声をかけてくれる性格だと知られたからね。
後は住崎くん達かな。正確には住崎くん一人なんだけど、昼休みの様子からするとこれからも色々と言われそうで気が滅入る。
ふと周りを見るとほとんどの生徒がいなくなっていた。僕も家に帰ってからやることを思い出して更に落ち込んでしまう。けど、それでも帰らないといけない。やらないと困るのは僕なんだ。
気が進まないけれど僕は席から立ち上がって教室を出た。