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正しい努力

 色々と課題はあるけれど、それでも僕はジュニアハンターとしての成長を感じ取れるようになってきていた。一つずつ目標を達成できているのがわかりやすくて良いよね。


 依頼を成功裏に終わらせて家に帰るともう夜だ。さすがに疲れたから強化外骨格とかの整備は明日以降にしよう。


 道具を自分の部屋に置くと食卓へと向かった。父さんが夕飯を食べているのを目にしながら僕も席に座る。今晩はぶりの照り焼きにほうれん草のおひたし、それと味噌汁だ。


 ご飯をよそってもらうと早速食べ始める。ぶりの身を(ほぐ)して白身を口に入れた。たれの味と絡まっておいしい。


 そうやって魚のおいしさに浸っていると、席に座った母さんが声をかけてくる。


「優太、あなたいつも学校から帰ってきたらどこに行っているの?」


「え? 第二公共職業安定所だよ」


「毎日? 一体そこで何をしているの」


「銃を撃つ練習だよ。ちゃんと練習しておかないと、いざって時に使えないから」


「それじゃ土日もそこに行ってるの?」


「うん。ジュニアハンターの依頼を受けているんだ」


 話を聞いた母さんが手を止めた。少し目を見開いて僕を見る。


 また変な方向に話が向かうんじゃないかと僕は気が気でなかった。最近はジュニアハンターの話になると否定的な意見ばっかりだからなぁ。


 少しため息をついた母さんが口を開く。


「勉強はやってるの?」


「やってるよ。毎朝一時間、平日だと夜に授業の復習もね」


「私、やってるところを見たことないわ」


「そりゃ自分の部屋で勉強してるんだから当然だよ。まさか食卓で勉強しろって言わないよね?」


「あなた」


「えぇ? 僕かい?」


 形勢が不利になった母さんは隣で黙々と食べている父さんに顔を向けた。話を振られると思っていなかったらしい父さんは目を白黒させる。


 箸を止めた父さんは小さく唸って考え込んだ。そして、しばらくしてから僕に目を向けてくる。


「優太が勉強をしているっていうんなら恐らくやっているんだろう。そこは信じる。ただね、結果を出してくれないと父さんも母さんも心配なんだよ」


「それはわかるけど、そんなこと言ったら際限なく勉強しなくちゃいけないじゃない。今の話を聞いていたら、まるで父さんと母さんを安心させるために勉強しろって聞こえるよ」


「そういうことじゃないんだけどな。結果に結びつくように正しく努力しているのか心配しているんだよ」


「どういうこと?」


「いくら何時間も勉強していても、間違ったことをしていたせいでテストの点が下がると困るだろう? 特に自分一人で勉強しているとそれに気付きにくいから心配してるんだ」


 母さんはともかく、父さんが何を心配しているのか少しわかった。なるほど、正しく努力していることを確認できるよう結果を出してほしいんだ。


「そんなこと言ってもなぁ」


「難しいと思う。だから父さんと母さんは塾か予備校に通ってほしいと思ってるんだ。誰かに教えてもらっていたら、間違いを訂正してもらえるからね」


 少し困ったかのような表情をしながら父さんが箸を動かした。隣で母さんがうなずいている。


 表向き僕は独学していることになってるから心配をされるんだろうな。ソムニがいるからそんな心配はないんだけど、この妖精の正体を明かすわけにはいかないし。


 結局、この話はこれっきりで終わった。僕にとっては不愉快な話ではあったけれど、うなずける部分もあったから無視できないのが悩ましい。


 食べ終わると僕は入浴を済ませてから自室に戻る。今日は休日だから夜の授業の復習はないけど、さっきの話が頭から離れなくて何もする気になれない。


 僕がベッドに転がると半透明な妖精が現れる。


「いい親御さんだけど、このまま放っておくのは問題がありそうね」


「急にどうしたの?」


「不満の芽は早いところ摘んでおいた方がいいってことよ。特にお母さんの方は、そのうち爆発して手が付けられなくなっちゃうかもしれないから」


「そんな気は僕もしたけど、だったらどうしたらいいの? 勉強時間を増やすの?」


「結果的にはそうなるわね」


 嫌みか冗談で言ったことを肯定された僕は絶句した。抗議の声を上げようとする僕をソムニが制して説明する。


「春休みのときにアタシが話した大まかな計画のことは覚えてる?」


「ゴールデンウィークくらいに中学の復習を済ませて、六月までに高一も終わらせるんだったよね。だから毎日一時間勉強してるんでしょ」


「そ。アタシは最初期末で結果を示せばどうにかなるって思ってたんだけど、さっきの夕飯の会話を聞いていると待てるかどうか微妙に思えたの」


「つまり、中間テストに合わせて計画を前倒しにする?」


 うなずかれた僕は目眩がした。


 そんな僕の様子を無視してソムニが話す。


「明日から六月末日まで毎日一時間勉強したとして七十五時間かかるわ。これを中間テストの直前五月二十一日までに終わらせるの」


「あれ? 試験は二十五日からだったはずだよ?」


「試験勉強せずに思うような点数が取れるの?」


 返された疑問形の言葉に僕は反論できなかった。そんなに優秀な頭脳があったらそもそもこんな苦労はしていないもんなぁ。


「明日から五月二十一日までは三十五日間だから、今まで通りだとあと四十時間足りない。週末はジュニアハンターの活動を続けたいからここは触りたくないわよね」


「それじゃ、平日しかないけど」


「三十五日間の中で平日は二十五日だから、平日の夜にまず一時間追加ね」


「うげぇ。でも、まだ十五時間たりないよ?」


「平日の月水金に更に一時間追加すればちょうど七十五時間になるわ」


「待って、それだと平日の射撃訓練は?」


「火曜日と木曜日だけにするしかないわ。依頼を果たせる能力があるのは不幸中の幸いね。週二回に練習の回数が減る分、密度を濃くするわよ」


 嘘だと僕は叫びたかった。もっと楽しく高校生活を送れると思っていたのに、明日から勉強漬けの日々が始まってしまう!


 すっかり気落ちした僕は大きなため息を吐いた。全然納得いかない。どうして僕だけがこんなに苦労をしなくちゃいけないんだろう。これだとゴールデンウィークはどれだけ。


 そこまで考えて僕は気付いた。何か重要なことを見落としているような気がしたんだ。慌ててパソウェアで五月のカレンダーを表示させる。


 嫌な予感がした僕は恐る恐る目の前に漂う半透明な妖精を見た。すると、その妖精は実に慈愛に満ちた笑顔を向けてくる。


「気付いちゃったみたいね。今の変更した計画、ゴールデンウィーク中も同じように実行するからね」


「え~!?」


 今度は本当に叫び声を上げた。僕は目を剥いて抗議する。


「僕の貴重な連休をなんだと思ってるんだよ!」


「でも、こうしないと夏休みにツケが回ってくるわよ? そっちの方がイヤじゃない?」


「そうだけど、そうだけどぉ」


「実のところ、計画を変更する前とジュニアハンターとしての活動はあんまり変わってないのよ。平日は訓練、週末は依頼っていう形はね」


「え、そうなの?」


「そうなの。ただ、優太の自由時間がちょこっと削れただけね」


「そこ、ものすごく重要なんだけどな?」


「どうせ似たような情報を延々と見てるだけなんだからいいじゃない。早く自分もあっち側に行ける努力をした方が絶対良いわよ」


 僕の叫びは正論によってあっさりはたき落とされてしまった。こうして期間限定とはいえ、大幅に勉強時間を増やすことになってしまう。


 突然降って湧いた理不尽な出来事に僕はすっかり打ちのめされた。

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