いつもの場所で意外な人と
初めて魔物駆除で拳銃を使った日、僕は仕事が終わって戻るとすぐに八千代へと向かった。そして、ホルスターとバックパックと予備弾倉一本を買う。依頼終了後すぐに入金してもらえるからできることだよね。
「今度は三十分もしないうちに二万円が二千円になっちゃった」
お金っていくらあっても足りないことを実感した翌日、僕は別の場所で魔物駆除の依頼に参加した。依頼内容も報酬額も同じで、やっぱり一人で担当区域を回る。
今回は昨日浮かび上がった課題を克服するべく、ソムニ指導の下で僕が魔物を駆除していく。
既に使われていないダムが未だに堰き止める湖の畔に、幼稚園児くらいの大きさの痩身で犬のような姿の魔物を見つけた。犬鬼だ。
「優太、それじゃ始めるわよ。今日は旧道の上だから昨日より狙いやすいはずよ」
「うん」
うなずいた僕は銃を構えた。道は曲がりくねっているから、道なりに進むと山の縁で視界が遮られることがある。道の直線部分は長くても五十メートルくらいだ。
ある程度進むと相手も僕を発見したようで、一匹だけなのに勢いよく向かって来る。ほぼ四つん這いになって走るせいか意外に早い。
有利な場所で迎え撃ちたい僕は、できるだけ直線になる路上で待った。
僕の隣に浮かぶソムニが忠告してくる。
「今回はアタシのサポートはなし。けど、直線的な動きをするヤツだから当たるはずよ。距離が三十メートルくらいになったら撃って」
「わかった」
大きく深呼吸してから歩幅を広げて大型拳銃を両手に持った。そして、構えて待つ。
そのときはすぐにやって来た。山の縁から姿を現した犬鬼はまっすぐ路上を走って向かって来る。
大体の感触で三十メートルと判断すると引き金を引いた。軽い反動が腕を伝う。
肩にかすったけど致命傷じゃない。
もう一発撃った。
今度は鼻の辺りに当たる。その瞬間、犬らしい悲鳴を上げて路上を転がった。
道路に横たわる魔物とその血痕を見ながら僕は体の力を抜く。
「うーん、こんなものかなぁ?」
「十メートルね。更に練習あるのみよ」
可もなく不可もなくといった感じのソムニが僕に次を促してきた。昨日よりも良い結果だと思うんだけどなぁ。
本部に連絡すると僕はまた魔物を求めて歩き出した。
結局この日は前日に魔物と遭遇する機会が多く、全部で六匹の犬鬼を倒すことに成功する。これだけ見たら悪くない。
でも、大型拳銃の練習という点で見るとぱっとしなかった。ソムニによると十メートル近辺では安定してきたけど、まだ動く魔物相手だと十五メートルがやっとらしい。
中でも二匹同時に突撃されると今の僕では厳しかった。残った一匹にどうしても拳銃で対処できない。だから今回は二匹目を対魔物用大型鉈で仕留めていた。
実はぎりぎりの状況もあった今日の魔物駆除は大変だったけど、何とか依頼を終える。
夕方になろうとする頃、本部から作業終了の連絡を受けて僕は集合場所に向かった。その途中でため息をつく。
「慣れてはきたけど、なかなか思うようには戦えないね」
「そんなものよ。気長に練習するしかないわ」
「その割には練習の内容が厳しくない?」
「何言ってるのよ。早く成長できるのならそれに越したことはないでしょ。だから、焦っちゃダメだけど早く進めるのなら進むのよ」
「難しいなぁ」
何となく騙されているような気もするから僕は素直にうなずけなかった。
それにしても、僕はホルスターに入れた大型拳銃を右手で撫でる。今日は結構銃弾を使ってしまった。もう弾倉一本分しかない。
僕の様子に気付いたソムニが目の前に移動してくる。
「拳銃がどうかしたの? 射撃の腕はこれから伸ばせばいいって今言ったでしょ?」
「そうじゃなくて、弾があと八発しかないから不安で」
「帰ったらまた買わなきゃね。今回は銃弾三箱かな」
「またそんなに買うんだ」
「平日の練習は続けるから買わないといけないのよ。ただ、一日弾倉五本から三本に減らすわ。今までは慣れるために数をこなしてたけど、今度は数を絞って質を高めましょ」
教わる僕の方はこれからも続く日々にげんなりした。けど、ソムニの指導は正しいので受け入れるしかない。
集合場所に着くと僕達は職員さんの指示に従ってバスに乗り込む。そして、半分眠りながら揺られていると気付いたら第二公共職業安定所の駐車場に着いていた。
みんな三々五々に散って行く中、僕は本館に入る。そして、受付カウンターで依頼の事後手続きを済ませて報酬を受け取った。
その足で次は更衣室に向かおうとした僕はエントランスホールに体を向ける。すると、ちょうど大海さんが本館に入ってきた。
強化外骨格は装備していなくてジュニアハンターの制服姿だ。
ぼんやりとそのきれいな顔を眺めていると突然目が合った。気恥ずかしさから思わず目を逸らしてしまう。
「大心地くん! 来てたんだ?」
「うん、今さっき依頼を終えたところなんだ。大海さんは?」
「さっき取材を受けてたの。雑誌記事のね」
「そんなのがあるんだ」
「そうなのよ。ここの支部が調整してくれるからまだいいんだけど、たまに面倒に思えちゃうのよねぇ」
全然別世界の話を聞いた僕は半ば呆然とした。まるで芸能人みたいだなぁ。
ため息をついた大海さんは更に話しかけてくる。
「大心地くんはこれから帰るの?」
「まだなんだ。装備を外したらちょっと買い物をして、射撃場で拳銃の掃除をするつもり」
「まじめだね~。面倒だけどしょっちゅうやっておいた方がいいもんね」
「そうそう。だから練習した後も掃除をしてるんだけど、手を抜きたくなることもあるなぁ」
「あはは、あるある! 後で困ることになるから結局ちゃんとやるんだよね」
楽しそうに笑うのを見て、大海さんもそんなこと思うんだと意外に思った。ちょっとだけ親近感が湧く。
そうしてしばらく二人で雑談をした。レベルの差はあっても同じジュニアハンターだから共通の話題は結構ある。
けど、やがて大海さんは何かに気付いたようで少し落ち着きがなくなった。
疑問に思った僕が尋ねる。
「どうしたの?」
「これから友達と夕飯を食べに行くから、本館の前で待ってもらってるの。取材で使った小道具をカウンターで返したら、すぐに行かないといけなかったのに」
右手に持っている白い袋の中身がそれなんだろうな。少し気になるけど、友達を待たせているのなら引き留めるわけにはいかない。
「確かに。待たせちゃ悪いよね」
「そうだね。それじゃ、明日学校で!」
僕に笑顔を向けると大海さんは受付カウンターへと足早に向かって行った。
そうして僕も改めて更衣室へと向かい始めたんだけど、何人かが僕のことを見ているっぽい。
”あの真鈴って子に話しかけられてから若い男に見られてるわね、優太”
”うわっ、こんなところで有名人と話をしたから”
階段を登りながら僕は顔をしかめた。声をかけられた方なので気が引ける必要はないはずなんだけど、人に注目されるのが苦手だから落ち着かない。
そんな僕の頭の中へソムニが楽しそうに話しかけてくる。
”学校では毎日顔を合わせるから、これから話す機会が増えるかもね”
”大海さんと話すのは良いけど、周りの目が怖いなぁ”
”アンタが強くなったら誰も文句なんて言わないわよ”
”いつのことになるのかな”
階段を登って二階の廊下に出た僕はため息をついた。大海さんとまともに話すには、どのくらい強くなったらいいのかな。
首をかしげながらも僕は更衣室の中に入った。