準備のための準備
突然だけど、僕は訓練生卒業試験に合格した翌日から毎日勉強している。いきなり目覚めたんじゃなくて、親とそういう約束をしていたからなんだ。
とはいっても、自分でやるとなると三日坊主になるのは目に見えていた。そこでどうしようか悩んでいたら、僕の部屋の中を漂う電子の妖精に指差される。
「いいわ、アタシが面倒見てあげる!」
「え?」
「学校の成績次第でジュニアハンターの活動に制限がかかるかもしれないんでしょ? だったら先に手を打って成績を上げてしまえばいいじゃない!」
理論上はその通りだと僕も心の中でうなずいた。けど、問題は実際に実行できるかなんだよね。
などと思っていると、ソムニがどんどん話を進めていく。
「まずは優太がどの程度できるかよね。中学校の問題がちゃんとできてるか確認しないと」
「待ってソムニ、僕はまだ」
「どうせ後になって四苦八苦するのなんて目に見えてるんだから、今からやるべきでしょ。赤点なんて取ったらどうするつもりなのよ?」
返す言葉もない僕は黙るしかなかった。
ということで、ジュニアハンターの活動と並行して勉強が始まる。
最初に中学校相当の勉強がどのくらいできるのかをテストした。それによると、数学と理科が特に弱いらしい。
「これじゃ高校の勉強なんていくらやってもザルね。まずはここから立て直さないと」
「えぇ、そこから?」
「そーよ。この様子だと、四月いっぱいは中学の勉強を復習して、六月くらいまでに高一を終わらせることになるかしら。そんで、七月に高二に手を付けて期末試験に突入っと」
「中間試験は?」
「学校の授業の復習をして何とかしのぐしかないわね。ま、一から十まで全部やり直すわけじゃないんだから、そんな心配しなくてもいいわよ!」
僕が心配しているのはそもそもソムニの立てた計画通りに勉強できるのかということだ。ところが、これがまた無茶なことをされて僕はめまぐるしい目に遭ってしまう。
「勉強は早朝にやること。何もない日は一日二時間、依頼がある日は一時間ね。学校が始まったら土日も含めて毎日一時間。弱いところを重点的にやっつけていくわよ!」
こうして、僕は毎朝六時にたたき起こされて勉強することになった。何もないときはまだしも、資金稼ぎの依頼を受ける日が続いたときは本当につらい。
始業式の翌日も僕はソムニの声と共に起きる。慣れてきたとはいえ、きついものはきつい。救いは、ソムニの指導は的確でわかりやすいという点かな。
一日で一番つらいときを切り抜けると朝ご飯だ。もそもそと食べてから部屋に戻ってぱたりとベッドに倒れる。
「今日も一日頑張ったなぁ」
「まだこれからでしょうに! 今日はいよいよ銃を買いに行くわよ!」
かけられた言葉を耳にした僕はごろんと転がってベッドの上にいるソムニに目を向けた。
本来土曜日の朝というのは清々しい気分になれるはずなんだけど、最近だとごっそりと気力を削り取られてしまっている。
それでもやる気を奮い立たせて家を出た。予約していた完全自動運転型自動車に乗って第二公共職業安定所の駐車場に停めて門前町に足を向ける。
まだ人の姿がまばらな中、僕はタオルやペットボトルの入ったナップサックを肩にかけて歩いた。前に荒神さんと一緒に歩いた道をたどり、やがて八千代に着くと中に入る。
「横田さん、おはようございます」
「坊主か。随分早いじゃねぇか」
店の棚に品物を置いていた横田さんが振り向いた。脇には軍手やロープなんかが小型の自動台車が止まっている。雑な積み方だ。
僕は少し緊張しながらお願いする。
「あの、銃を買いに来たんで売ってくれませんか?」
「そりゃいいが、金はあるのか?」
「一応、九万円ほどですが」
「ほう。ちゃんと稼いできたってわけかい。けどよ、銃なら専門店で買った方がいいんじゃねぇのか?」
「前に刀をくれたときに、自分で稼いで買いに来るように横田さんは言ってましたよね。だから」
一瞬じっと僕を見た横田さんはその鋭い目つきを緩めた。それから口元を歪める。
「ふん、お前さんの爪の垢を煎じて荒神に飲ませてやりてぇもんだな。で、どんな銃がほしいんだ?」
「小鬼なんかを一発で倒せる大型拳銃がいいです。あと、弾もできるだけたくさんほしいです」
僕の話を聞きながら横田さんは頭のてっぺんから足先まで目を動かした。次いで手を見せるように言われたので両手を見せる。
「なるほど。ついて来な」
「はい」
何かを確認した横田さんは僕を促すと店の奥へと入っていった。
僕はそれに続きながら頭の中でソムニに尋ねる。
”本当にあの注文で良かったの?”
”いいのよ。拳銃は扱い慣れておかないといけないし、お金が貯まり次第順次武装を強化していくしかないわ”
”でも、小さい魔物を一発で倒せるっていうのはまだわかるけど、銃弾をたくさんってどのくらい必要なの?”
”数百発ね。大半は練習で使うのよ”
”そんなに!?”
”道具っていうのは使い込むほど上達するものなのよ。拳銃の場合はひたすら撃ちまくるのが一番ね。もちろん、アタシが色々と修正してあげるわよ”
頭の中でソムニの意見に驚きつつも僕は横田さんに通いて店の奥に入った。向かって右側の壁の奥には扉があり、今通った表からの出入り口の対角線には上に続く階段がある。
そこは恐らく在庫置き場なんだと思うんだけど、一言で言えば雑だ。乱雑に近くて色々な品物があちこちに置いてある。薄暗いそこを縫うように横田さんは歩いて行った。
銃器類が固めておいてある場所にはすぐに着くと横田さんは棚を見て回る。僕はその様子を見ながらじっと待った。
やがて棚から銀色に鈍く輝く一丁の拳銃を取り出した横田さんは僕に方に振り向く。
「こいつなんてどうだ? デザートイーグルってぇ骨董品なんだが、四四マグナム弾を撃てる。こいつなら小鬼も犬鬼も一発だぞ」
「僕にも扱えそうですか?」
「手のひらも小さくねぇようだし、いけるだろうさ。大体、使うときは強化外骨格を装備してるんだろう? だったらどんな大型拳銃でも気にするこたねぇぞ」
手渡された大型拳銃を僕は握ってみた。最初は片手で、次は両手で握ってみる。慣れるには少し時間がかかるんだろうな。
僕が大型拳銃の握りを確かめていると、その間に横田さんが別の場所から一箱持って来てくれる。
「こいつがその拳銃で使う弾だ。五十発入りで一箱三千になる。拳銃本体は中古品で七万、弾の方は七箱買うんなら二万にまけてやる」
「骨董品っていうことは珍しいんですか?」
「言い方が悪かったな。二百年前に設計された拳銃だが未だに人気がある銃だってことだ」
”優太、買いましょ。おじいちゃん頑張ってくれてるわよ”
「わかりました。買います」
「値切りなしの即決か。いい判断だ。残りの弾も持ってきてやる」
にやりと笑った横田さんが背を向けた。
僕はソムニの助言を聞いて判断したんだけど、当然横田さんはそれを知らない。なんだか少しずるをしているように思えた。
少しすると横田さんが銃弾の入った箱を載せた自動台車と一緒にやってくる。
「予備の弾倉を一つ持ってけ。全部で九万だ」
「はい、ありがとうございます」
パソウェアで横田さんの口座に入金すると僕は大型拳銃と銃弾の入った箱をナップサックに詰め込んだ。思ったよりもかさばってナップサックが重い。
けど、これでようやく射撃武器が手に入った。後は練習して使いこなせるようにしないと!
僕は意気揚々と第二公共職業安定所に戻った。