新しい生活に向かって
第一志望校の繰り上げ合格の通知が僕の元に届いたのは、ミーニアさんが元の世界に帰還した一週間後だった。時期は三月も三分の二が過ぎた頃だ。
「こんなぎりぎりに通知してくるなんて!」
もちろん志望した大学に入学できるのは嬉しいけど、こんな時期なんて思いもしなかった。僕の感覚では遅くても卒業式前後で動いているはずだったのに。
いくら嘆いても状況は良くなってくれないので今日も僕は動いた。ソムニがいないから時間がかかる。
少し前までミニソムニが僕の中にいたけど、受験勉強もミーニアさんの帰還も済んだからもういなくなっていた。本当の意味で僕はこれから一人でやっていくことになる。
自室でいつものナップサックを手に取ると階段を下りた。居間にいる父さんと廊下に出てきた母さんに声をかける。
「部屋の下見に行ってくる!」
「気を付けてね」
「ちゃんと見てくるんだぞ」
補欠とはいえ希望する大学に僕が入れたことで父さんと母さんは最近機嫌が良かった。先月までとは態度が全然違う。
玄関を出た僕は朝日を受けながら最寄り駅を目指した。今日は都心部へと部屋の下見に行くんだ。郊外にある魔窟には行かないよ。
自宅から都心部までは電車を乗り継いで約二時間半かかる。だから昼前には現地に到着する予定だ。
最寄り駅から八両編成の電車に乗り込んだ僕は近くの座席に座る。電車は今まで滅多に乗らなかったから結構新鮮な気分だな。
でも、後は乗ってるだけだから暇になる。僕はパソウェアの半透明の画面を立ち上げた。やることがないんならネットでも見ていよう。
いつも見るウェブサイトやSNSのアカウントをまず巡回していく。朝も軽く見ていたからあんまり変化はない。
「あ、大海さん、投稿してる」
卒業後すぐにアメリカの西海岸へと渡った大海さんはまた現地の撮影風景をアップロードしていた。空が朱いのは時差のせいだろう。
大海さんは向こうの大学に通いながらハンターもやっていくと言っていたっけ。あっちの大学は単位を取るのが大変らしいけど大丈夫かな。たぶん大丈夫なんだろうな。
そうだ、大海さんに思い出した。僕のジュニアハンターの活動は先日のミーニアさんの付き添いで事実上終わりなんだけど、三月末まではジュニアハンターのままなんだ。放っておくと四月から自動的にハンターへと切り替えられる。
いきなりハンターになった人は講習を受けないといけないけど、僕のようなジュニアハンターからの変更組にそういったものはほぼない。
ほぼって言うのは、ハンターになることでやれることが増えるからそのための講習を一回受けるだけってことなんだ。しかも動画を見るだけで良かったりする。
「あれ確か三つあったな。どうせなら今のうちに見ておこう」
今まで忙しくて後回しにしていたけど、ちょうどまとまった時間が空いたから電車内で見てしまうことにした。
こうして僕は音声をヘッドホンモードに切り替えるとハンター講習の画面を開いた。乗り継ぎで失敗しないようにだけ注意しないとね。
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都心に到着し、更にはそこから移動して物件のある地域へと向かった。半透明の小画面に管理会社の担当者を表示させて案内された室内を見て回る。
部屋は広くはないけど狭くもない。小綺麗で傷みもなさそうだし、近辺の住人も問題なさそう。あといくつかも確認してみたけど、悪いところはなさそうだね。
気になる家賃はちょっと高めだけど、父さんと母さんの許容範囲内だ。これは良さそうだな。
昼食を挟んで、その後二つの物件を回った。いずれも悪くない。後一押しがあればすぐに決められるんだけどな。
悩みながらも夕方まで見学をした。もう三月も下旬だから長々と考えている暇はないから明日くらいには決めないといけない。
管理会社の担当者に別れを告げてから僕は都心部へと戻った。そして、待ち合わせ場所へと向かう。夜にライトアップされる時計台の下だ。
午後五時に待ち合わせた人物がやって来た。僕の目の前に立って声をかけてくる。
「優太、お待たせ!」
「ちょうどだね、佳織」
そう、実は二人で待ち合わせをしていたんだ。僕だけじゃなくて佳織も今日は都心部で用事があったらしい。
事前にお互いの日程を知った僕達は、この日の夕方に夕食を一緒に食べることにしたんだ。
僕達は近くの外食チェーン店に入って二人席に座った。風圧遮蔽機器によって外と区切られると、おしぼりで手を拭きつつメニューを見ながら僕から口を開く。
「用事はもう全部済んだの?」
「今日の分はね。明日からもまだこっちでやらないといけないことがあるから面倒だわ」
「直接行かないと駄目なことなんだ」
「手続きくらいならネット経由で大半が終わるんだけど、最後の確認なんかはどうしてもね。画像あり通話だけで済んだら楽でいいんだけどな」
注文を入力した佳織がため息をついた。ちょっとした契約なんかでは、未だに最後は面通しすることは珍しくなかった。社会の多くがデジタル化されてはいても、まだまだアナログな部分は多いんだよね。
「で、優太の方はどうだったの? いい部屋見つかった?」
「三つとも悪くなかったよ。ただ、選ぶとなると決め手がないのが困るけど」
「今の時期に選べるなんて贅沢じゃない。でも、すぐに決めないといけないんでしょう?」
「明日中に決めるつもりだよ。この後の引っ越しのことを考えると日程が結構厳しいんだ」
「ふーん。決まらなかったら、私の持ってる部屋を貸してあげようかと思ってたんだけど」
「え? 佳織って住んでるところ以外に部屋なんて持ってたんだ」
「元々ミーニアさんのものだけどね」
”結構すごいわよね。セカンドハウスとかセーフハウスとかあったし”
会話に割り込んできたソムニが楽しそうにしゃべってくれた。僕はセーフハウスという言葉の意味がわからずに首をかしげる。そして、説明を聞いて顔を引きつらせた。
そんな僕の表情を面白そうに見ていた佳織は、注文した焼き魚定食を受け取って箸を付ける。一方、僕の前には厚身のあるステーキが置かれた。
僕はフォークで刺してナイフで切り分けながら気になることを尋ねる。
「そういや、佳織はハンター業はどうするつもりなの?」
「続けるよ。ほら、前にいつか調査会社を立ち上げたいって言ってたでしょ。あの一環で」
「なんか話が見えてこないな」
「ハンターに入ってくる依頼にそっち系のものがあるってソムニに教えてもらったのよ。だから、しばらくはその依頼をこなして経験を積んだり人脈を広げたりしようかなって考えてるの」
”数をこなして実績を積むとみんな信用してくれるもんねー”
「ソムニ、どうせ違法行為でデータベースを覗いたんだろう?」
”うふふ”
実に含みのある笑い方で質問を躱されてしまった。小さく切り分けた肉を口に入れて不満を解消する。肉汁がおいしい。
そんな僕を楽しそうに眺めていた佳織が少し上目遣いになる。
「それでね、ちょっとお願いがあるんだけど」
「え、何?」
「私とペアを組んでくれない?」
「いいけど。いや、ちょっと待って。僕、来月から大学生だから勉強中心になるよ?」
「知ってる。けど、大学って自主休校もできるんでしょ?」
「それ前提なの!?」
”今ならミニソムニの派遣付きだよー!”
「随分とソムニも乗り気なんだね」
”そりゃアタシと佳織は一体だもん。佳織が幸せになってくれないとつまんないし”
意外に真っ当な返答が妖精から返ってきて僕は驚いた。もっと面白おかしい理由だと思ってたんだけどな。
でも、ミニソムニは正直便利なんだよね。あんまり頼りすぎるのも問題だけど。
「他の人には頼めないの?」
「ソムニ付きで話ができる人って、今じゃ優太だけしかいないのよ。ミーニアさん帰っちゃったし。どうしてもダメなら考えるけど、正直なところ全然気が乗らないよね」
”そーそー。きちんと鍛え上げて癖まで知ってる優太の体の方が操りやすいしね!”
「そんな理由!?」
「他にも、大体似たような実績のハンターって他になかなかいないのよ。その点だけでも他の人とは難しいの」
「あー、実力差がありすぎたり、性格とか能力とかの方向性も違いすぎると組めないもんね。そっか」
「あと、まったく知らない人と組むのはちょっと怖いかなって」
焼き魚の身をつつきながら佳織がぽつぽつと事情を話してくれた。特に若い女子の場合は色々と問題があるらしいからね。
「うーん、そういうことならペアを組んでも良いけど、僕の本分はあくまでも大学生だからね? 自主休校にも限度があるよ?」
「うん、わかった! そこは善処するわ! できるだけ土日祝日で対処できるようにするからね!」
”スケジュール管理なら任せてよ! 前みたいに完璧にみっちり入れてあげるから!”
「僕の休日を全部使い切るつもりだな、二人とも」
情け容赦ない二人の宣言に僕は顔を引きつらせた。フォークに刺した肉を口にする。柔らかくておいしい。
ただ、ある程度生活費と遊ぶお金はほしかったからちょうど良いのかもしれない。ハンターになったのは良いけど僕も単独だったしね。
ソムニと出会って以来、学業とジュニアハンターの活動で生活が埋まっていたけど、どうやらそれは大学生になっても変わりないようだ。ハンター業は春から半分引退したようなものになるかなと思っていたんだけどな。どうやら違うらしい。
それでも、少なくとも楽しくはなりそうだな。
僕は笑顔の佳織を見ながら、少し覚めた肉のひとかけらを口に放り込んだ。
-終-




