三度目の正直
高校卒業後の春休みというのはやるべきことが多い。大学に進学するにしろ別の道へ進むにしろ、生活環境が大きく変わるからだ。
僕だって本来はそうだから色々やることはあるんだけど、何しろ第一志望校の結果がまだ確定していないからあんまり動けない。
もどかしい思いをしつつも手を付けられるところから一つずつ片付けていると、ミーニアさんから連絡があった。例の付き添いの話だ。
今回は前の二回とは少し違って、僕と佳織の両方が付き添うことになった。頭数を増やして確実に魔窟の最奥部へと向かう構えだ。
準備を整えた僕達の目の前には強い風が吹く岩の裂け目があった。少し目が痛い。
風よけの魔法をかけてくれたミーニアさんが僕と佳織に声をかけてくる。
「それでは行きましょうか。今度こそ成し遂げたいものです」
「私もこれで終わりにしたいわ。化け物が湧いてくる場所に何度も突撃したくないもの」
”みんないるんだから、きっと何とかなるわよ!”
去年の夏と同じく、まだここも魔窟になりきっていないようなので、入口付近は普通の洞窟とは変わらない。当然明かりもなかった。
そこへ僕達は足を踏み入れる。岩場のような歩きにくい場所も前回よりは慣れて歩けた。
今回、光の玉は用意してもらっていない。というのも、佳織はソムニの支援で、僕はミニソムニの支援で周囲の景色をある程度把握できているからだ。
ちなみに、あまり遠くに離れると僕は支援を受けられなくなるらしい。具体的には佳織から目に見える範囲内にいないと駄目だそうだ。はぐれると危険度が増すわけか。
真っ暗な中、表示される線画を頼りに僕は進んで行く。
最初に現れたのは上位犬鬼と大鬼だった。それぞれ四匹と二体だ。まずは足の速い上位犬鬼が近づいてくる。
「左端は僕がやるよ!」
「それじゃ真ん中の二匹は私ね、っと!」
宣言しながら僕と佳織は発砲した。首尾よく三匹とも倒せる。佳織の射撃が上手なのは本当らしく、僕が一匹倒す間に二匹倒していた。
右端から迫ってくる上位犬鬼をミーニアさんが岩槍で仕留めると、残るは大鬼二体のみだ。僕と佳織で一体ずつ倒した。
魔物の死体を見た佳織が顔をしかめる。
「入口からこれかぁ。奥の方ってどうなってるんだろ?」
「それだけ吹き出す魔力が強いということです。これは期待できますね」
「弾足りるかな?」
”鉈も使えばいいじゃない。強化外骨格を装備してるんだから充分使えるわよ”
「だから近接戦闘はイヤなんだってばぁ」
ソムニの提案に佳織が口を尖らせた。ミーニアは微笑んでいる。
その様子を見ながら、僕はこの三人でチームを組むのは悪くないと思っていた。佳織の射撃の腕は確かだから、一度に多数の魔物が襲ってきても対処できる。今回なら四匹が突撃してきたけど、僕一人だったら確実に差し込まれていただろうしね。
「接近戦は僕ができるだけやるから、佳織は射撃に集中したらどうかな?」
「本当? やった!」
”まぁ、優太が接近戦をするときは、大体佳織も巻き込まれてるでしょうけどね~”
「イヤなこと言わないでよぅ」
僕の提案に喜んだ佳織がソムニの一言で意気消沈した。
さして疲れる戦いではなかったので僕達はすぐに奥へと進む。けど、現れる魔物が他の魔窟とは違ってずっと強くて僕は驚いた。
有翼四足獣を皮切りに、多頭蛇、竜など、一筋縄でいかない魔物が次々と現れる。
「もしかしてこの魔窟、八王子みたいに大きくなるのかな?」
「一昨年の夏に優太が行ったところだっけ?」
「そうだよ。でも、あそこでもここまで魔物が強かった覚えはないけどなぁ」
「だったらここは八王子以上に大きくなるんじゃない?」
「興味なさげに言ってるけど、そうなるとこれから魔物が際限なく溢れ出てくるってことだよ?」
「うっ」
ようやく事の深刻さに気付いた佳織が呻いた。
人手が増えても魔物の質と量がそれ以上に増えて大変な探索だったけど、僕達は更に奥へと進んでいく。魔力噴出がいつまで続くのかわからない以上、なるべく早く最奥部にたどり着く必要があった。
そうしてどのくらいの時間が経過しただろうか。帰りの弾の数が気になってきた頃に、ようやく地面に大きな裂け目がある巨大な空間にたどり着いた。
何百メートルもありそうなその空間には、長大な裂け目から吹き出す風が荒れ狂っている。そのせいで魔物の姿も見えない。
風よけの魔法があっても目を開けるのがやっとというこの場所を見てから、僕はミーニアさんに振り返る。
「こんな場所で魔法が使えるんですか!?」
「ええ、できますよ! 魔力の量も申し分ありません」
機嫌良く返事をしてくれたミーニアさんは、僕と佳織の前に出て両手を広げた。金色の髪も若草色のローブも風に嬲られるままに呪文を唱え始める。
すると、森の涙に始まって、髪飾り、耳飾り、二の腕輪、腕輪、指輪、足飾りが強く輝き始めた。
各飾りが輝くと、今度はミーニアさんを起点に線と文字が地面より少し浮いた空間に描かれていく。広がるに従ってそれが裂け目を覆うほど大きい円形の魔方陣になっていった。
白っぽいエメラルドグリーンに輝くその魔方陣は揺るぎなくその存在感を増し、中心部からは金色の粉みたいなものをちりばめた白い輝きが外に向かって徐々に広がっていく。
ミーニアさんの後ろでその様子を見ていた僕は、その大がかりな魔法に圧倒されていた。
隣に立っている佳織が呆然としたままつぶやく。
「きれい」
僕とはまた違った感想を佳織は抱いていたようだったけど、圧倒されている点は変わらなかった。
中心部から広がる輝きは魔方陣の外周近くまで広がる。そこで止まると、すぐにミーニアさんが振り返って僕達二人へを顔を向けた。そうして、穏やかな笑みを浮かべたまま話しかけてくる。
「わたくしはこれから魔方陣の中心へと向かいます。想定通りならば元の世界に戻れるでしょう」
「ということは、いよいよお別れですね」
「はい。優太、ソムニ、あなた達には本当にお世話になりました。改めて感謝の意を送らせてもらいます」
”あっちでもうまくやるのよー! あんまり心配してないけどねー”
「ありがとう」
お礼を言いながらミーニアさんは小さくうなずいた。それから、右耳に付けていた金色のイヤリング型パソウェアを取り外して佳織に差し出す。
「佳織、あなたにはこれを。わたくしがこちらの世界で持っているものはすべて譲ります。一人で生きていくのはまだ不安でしょうけど、当面はこれでどうにかなるはずです」
「ありがとうございます。私、結局ミーニアさんにお世話になりっぱなしで、何も返せなくって」
「若人が先達を頼るのは当然です。気に病むことはありません」
いざ別れるとなると佳織がしんみりとしていたけど、ミーニアさんは首を横に振って励ました。
しばらく三人でお互いを見つめ合っていたけど、やがてミーニアさんが一歩下がる。
「では、これで。二人ともお元気で」
「ミーニアさん、今までありがとうございました!」
「私も! お元気で!」
胸に何かが込み上がってくるのをこらえる僕らに見送られたミーニアさんは、踵を返すと魔方陣へと足を踏み入れた。その姿は白い輝きに包まれて陰となり次第に薄くなっていく。
どれくらい経っただろうか。ずっと見ていると魔方陣内の白い輝きが内に向かって縮んでいく。まるで時間を巻き戻すかのように。
最後は中心部で細い一筋の光となって白い輝きが消えると、魔方陣全体もまるで幻だったかのように一瞬で消え去った。




