魔力噴出する魔窟へ
高校三年生の夏休みは受験生にとって非常に重要だ。ここでどれだけ勉強するかが勝負の分かれ目になると言っても良い。だから僕もこの夏はみっちりと勉強するつもりだった。
けれど夏休み初日の今、僕は以前魔力噴出を調査した山奥に来ている。隣にはハンター用の衣裳を着たミーニアさんが立っていた。
僕達は遠方に見える山肌の切り目を窺っている。今現在大量の魔力が噴出しているところだ。昨日からその兆候が現れ、吹き出す魔力は強まる一方らしい。
「本当にあの魔窟に入るんですか?」
「ええ。今のところ予知通りですから、このまま入ります」
落ち着いた様子のミーニアさんがうなずいた。衣裳の上からは以前遺跡で身に付けていた装飾類を全身に付けている。そのミーニアさんが足を前に出した。
強化外骨格を装備した僕もそれに続く。武装はいつも通りだけど、今回はソムニがいないから魔力対策として青く輝く小さな護符をもらっていた。
それを身に付けて魔窟へと入る。魔力噴出が始まったばかりだからか風が強い。
魔窟の中は真っ暗だ。まだ魔力が吹き出たばかりで定着していないからだろう。
そんな僕達の先にミーニアさんは光る玉を魔法で生み出してくれた。ソムニがいない今、僕の視界はこれ頼りだ。更に風よけの魔法もかけてくれる。
「ありがとうございます」
「さすがにこの風の中を歩くのは厳しいですからね」
「ここの一番奥ってどのくらいなんですか?」
「はっきりとはわかりません。ただ、若い魔窟ですのでそこまで深くないはずです」
何を根拠にそう言っているのかはわからないけど僕は信じるしかなかった。この真っ暗な魔窟の中を延々と歩ける自信がなかったから。
ほぼ洞窟と変わりない入口近辺から中へと進んでいくと、凹凸の激しさが幾分かましになった。相変わらず真っ暗だから周囲はほとんど見えない。
ミーニアさんの斜め左後ろを歩いている僕は暗闇の奥に赤枠が表示されたのに気付く。ソムニ謹製の戦闘支援機能だ。あの白い線までは表示できないけど敵のおおよその位置は示してくれる。
どんな魔物なのかは暗くてよく見えないけど、とりあえず赤枠の中心に撃てば命中する。僕は三つの赤枠のうち一番左に銃口を向けて引き金を引いた。
三回の発砲音と共に赤枠が一つ消える。続いて真ん中の赤枠へと同じように銃撃を加えた。豚のような悲鳴が聞こえると同時にこの赤枠も消える。
「豚鬼?」
「上位豚鬼かもしれません」
声を上げて近づいてくる魔物にミーニアさんが魔法を放った。かざした右手から何かが飛び出たみたいだけど何も見えない。たぶん風刃だろう。
三匹目も悲鳴上げてそれきりだ。赤枠が消えたから死んだのだろう。近づいてみると光る玉に映し出されたのは豚鬼系の魔物だった。細かい種別まではわからない。
「これ、どっちなんでしょうね?」
「わたくしとしては上位豚鬼であることを望みますね。吹き上がる魔力が高いほどより強力な魔物が生み出されるはずですから」
「入口近くで上位豚鬼かぁ。これ奥になるともっと強力な魔物が出てくるってことですよね」
「そうなるはずですが」
できるだけ楽な方が良いなと思いつつも、ミーニアさんの意に沿うような形になるよう僕も祈った。
魔物の検分を終えると僕とミーニアさんは魔窟の奥へと再び足を向ける。
通路とも岩の裂け目とも呼べるような場所を吹き抜ける風は強かった。風よけの魔法があるものの、それでも完全に効果があるのは正面だけで横殴りの突風までは防げない。
そんな中を僕とミーニアさんは一歩ずつ進んでいく。いや、歩くのに苦労しているのは僕だけだ。ソムニの支援がないとこうまでやりにくいのかと改めて強く思い知る。
「優太、ここから先は足下もましになりますよ」
「すいません。足手まといみたいになって」
「この程度は想定の範囲内です。帰還の魔方陣を築くときに護衛をしてもらうのが本命ですから」
優しい笑みをミーニアさんが向けてくれた。今でこの調子なら一番奥で果たして僕は役に立つのかと不安だけど、その言葉は飲み込んでうなずく。
ようやく通路らしくなってきた裂け目だったけど、周囲は真っ暗じゃないという程度にしか明るくない。僕にはまだ光の玉が必要だ。
そして、ここからは魔物の数が急に増えた。豚鬼系はもちろん、小鬼系、大鬼、大量の巨大蛭まで現れる。
銃や鉈で対処できる魔物は僕も倒していったけど、幽霊みたいなのはミーニアさんの魔法に頼りきりだった。
魔力噴出と魔物の大量発生はセットみたいな感じだから、この魔物の数もうなずける。そしてそれは、魔窟内で休憩すらできないことも意味していた。
だいぶ明るくなってきた通路で荒い息をする僕はミーニアさんに声をかける。
「休憩できないってのは盲点でしたね!」
「そうですね。何となくどこかで休めるのではと思い込んでいたのは失敗です」
やっぱりミーニアさんにとっても予想外だったらしい。何となく親近感が湧いたけど問題は何も解決していなかった。
比較的魔物が少ない通路で短期間の休憩を取りながら僕達は先へと歩く。そうしてどのくらい戦いながら前へと進んだだろうか。何時間も経ったような気がする。
いくつもの小部屋を通過して、次は魔物が少ないといいなと思いながら次の部屋へと足を踏み入れた。ここの部屋は今までよりも遥かに大きく、大きく窪んだ地面には風を吹き出す大きな亀裂がある。
「着いた!」
「まずは周囲の魔物を掃討しますよ」
悲鳴にも似た声を上げた僕にミーニアさんが喜色の混じった声で返答した。
そりゃ喜びもするよなと思いながら僕は近くの魔物から順番に倒していく。荒れ狂う風の強さは今までで一番だけど、部屋の大きさの割に魔物が少ないのは助かった。
最後の一匹を倒した僕がミーニアさんに振り返る。
「終わりましたよ! すぐに始めるんですか?」
「ええ。勢いがあるうちに始めてしまいます」
うなずいたミーニアさんが室内の切れ目に向かって正面を向いた。僕はその様子を尻目にいくつかの通路から魔物が出てきたらすぐに攻撃できるように構える。
銃で倒せる魔物だけがやって来ますようにと祈りながら待っていると、背後で何かが輝いているのに気付いた。ちらりと振り向くと、かつての遺跡で見かけたような巨大な円形魔方陣が目に入る。
それからはしばらく室内にやって来る魔物を見かけてはすぐに銃で撃っていった。祈りが通じたのか物理攻撃が通用する魔物だけがやって来る。
まるでもぐら叩きのように魔物を倒しながら、そういえば魔方陣はどのくらいで完成するのか聞いていないことに気付いた。さすがに無限には守れない。
長時間かかるのは困るなと思っていると、ふと背後の輝きが先程よりも鈍くなっていることに気付いた。気になって魔方陣へと顔を向けると確かに気のせいじゃない。
「ミーニアさん!?」
「魔力噴出の勢いが衰えました! これでは魔方陣を正常に動かせません」
顔を歪ませたミーニアさんの返答を聞いて僕は愕然とした。そういえば、ついさっきよりも明らかに風の勢いが衰えている。そうか、これって魔力が吹き出る勢いと同じなんだ。
吹き出す時間が短すぎたのか僕がもたついたせいなのかわからないけど、今回は失敗した。ここまで来てそれはすごく悔しい。
もしソムニの支援があったらとも思ってしまう。けれど、それは今更だ。
ミーニアさんが魔方陣を取り消した。かなり落胆しているのがよくわかる。どうやって声をかけようか僕は悩んだ。