しがらみと将来の展望
徐々に受験勉強へと移行していくことでジュニアハンターの活動時間は減っていった。三月には、たまにミーニアさんから声をかけられるとき以外は依頼を引き受けなくなる。
けれど、ミーニアさんの帰還を手伝うためにも必要最低限の訓練は必要だった。さすがに受験勉強のストレス解消だけではない。
最近だと、月曜日に射撃訓練、水曜日に格闘術の訓練、金曜日に剣術の訓練をしている。いずれも放課後に一時間程度だ。
尚、週末は土曜日の午前中に射撃訓練、格闘術、剣術を毎週順繰りに訓練をしている。
今朝、僕は第二公共職業安定所の射撃場へと来ていた。ブースに入ると、持って来た小銃と大型拳銃をベンチの上に置く。ナップサックから銃弾を取り出すと射撃を始める。
最初は大型拳銃からだ。慎重に標的を狙って一発ずつ撃っていく。ソムニの支援がない状態もある程度慣れてきた。
次いで小銃を手に取って引き金を引く。こちらも長距離でなければソムニの支援なしでも当たるようになってきた。弾倉一つ分を撃ち尽くすと構えを解く。
「ふう、何となく感覚がわかってきたな」
ソムニに鍛えられた十ヵ月くらいの間に最適解は僕へと叩き込まれていた。そのため、あの白い線が何となく見えるような気がするんだ。
あとはあの半透明の自分の姿も影響が大きい。体が覚えているらしく、何となくどうすれば良いのかわかるんだ。これは格闘術や剣術の方がより実感できる。
こんな理由で僕の戦闘能力は底上げされていた。とっさの判断が必要な場合はまだ怪しいけれど、落ち着いていればソムニがいたときとあまり変わらない結果を出せるはず。
そんな自信を持ちながら射撃訓練をしていると目の前に半透明の小画面が現れた。ミーニアさんが通話を求めているらしい。
大型拳銃をベンチに置いた僕はパソウェアの通話機能を起動させた。バストアップ表示されたミーニアさんが目の前に現れる。
『優太、今よろしいですか?』
「ちょっとブースから抜けますから、その間だけ待ってください」
手早くナップサックに銃弾と大型拳銃を入れた僕は小銃も抱えてブースから離れた。人気の少ない辺りにあるテーブルまで移動する。
「いいですよ。どうしました?」
『二日後から魔法の調整をするために遠征したいので、ついて来てください』
「もう完成するんですか?」
『あと何度が確認して問題なければ、完成したと見なせるでしょう』
「いよいよですか」
会話ではぼかしているけど、魔力噴出を予知するための予知魔法のことだ。予知なんて本当にできるのか僕は怪しんでいたけど、どうやらもう少しらしい。
それは魔力噴出中の魔窟へと突入することを意味している。けど、報酬は前払いでもらっているから参加は拒否できない。
「これで完成していたら良いんですけどね」
『まったくです。手間取りましたが、ようやくですよ』
普段は表情の変化に乏しいミーニアさんだけど、このときは少し嬉しそうだった。ようやく故郷に戻れる目処がつきそうなんだから喜びもするだろう。
「二日後に出発するのは良いんですけど、何か特別に用意するものはありますか?」
『いえ、今回はありません。ただ、魔力噴出した魔窟に近づくことになりますから覚悟はしておいてください』
「そっか、そうなるんですよね」
成功した場合の現地での状況を思い浮かべた僕は顔を引きつらせた。それでも、逆に言えばその程度でしかない。一年前とは大違いだ。
その後、雑談も交えて話を終えると通話を切った。そして席を立つ。
用意するものは特にないらしいけど、数日はミーニアにつきっきりとなる。となると、今のうちにその分の勉強をしておかないといけない。
そのことに思い至った僕はため息をついて射撃場を後にした。
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五月の大型連休も終わりに近いある日、僕は第二公共職業安定所の門前町にある喫茶店で佳織と待ち合わせをしていた。
先に着いた僕が席で待っていると、佳織が店内に入ってきて風圧遮蔽機器を越えてくる。
「お待たせ! なんか久しぶりに会ったって気がしないわね」
「そりゃ週一くらいで通話してたから」
テーブルを挟んだ正面の椅子に座る佳織に僕は苦笑いを返した。
遺跡から助け出して以来、実は佳織と直接会うのは今回が初めてだ。お互い自分のことで忙しかったから都合が付かなかったんだよね。
けど、今回佳織が第二公共職業安定所でハンター登録するタイミングで会うことにしたんだ。
佳織が飲み物を注文している中、今度はソムニが声をかけてくる。
”優太、勉強ははかどってる?”
「どうにかね。ただ、この連休中にあんまり勉強できなかったのはかなり痛いけど」
”ミーニアに付き合って出かけてたもんね。でも、せめてあっちで参考書くらいは読めたんでしょ?”
「そりゃまぁそのくらいはしてたけど、やっぱり落ち着いたところでした方が良いよ」
まとまった休みは貴重だ。ここで力を入れて勉強すればその分だけ実力が伸びるんだけど、今の僕は大型連休になるとミーニアさんに呼び出されることが多い。
その事情を知っている佳織がメニューから顔を話して苦笑いを向けてくる。
「ごめんね、優太。なんか私のせいで思うように勉強できなくなってるみたいで」
「佳織のせいじゃないよ。元は僕が強くなるのを手伝ってもらうことと交換条件だったから」
”懐かしーわねー。でも、ミーニアったら珍しく喜んでたわよね。これで準備ができたって”
「そうそう、珍しく浮かれてたもん。私ビックリしちゃった」
現地で予知魔法の調整が終わったときの様子を僕は思い出した。あれから別れるまで終始機嫌が良かったもんね。
つい先日のことを僕が思い返していると、ソムニが話題を変えてくる。
”それにしても、ようやくハンター登録できたわね! 戸籍なしの状態からよくここまできたものよ!”
「結構面倒だった。けどその間に現代のことに慣れたんだし、いいんじゃないかな」
「そういえば、佳織って百年前の戸籍ってどうなってるの?」
「ソムニに調べてもらったら死亡扱いになってたらしいわ。そりゃ研究施設ごと消滅しちゃったもんねぇ」
「だから新しい戸籍が必要なんだ」
”古い戸籍を復活させると、それはそれで面倒になりかねないしね。新しい戸籍を作った方がいいのよ”
「それにしても、これでやっと夢に一歩近づいたわね!」
「夢?」
「そう! 私、調査会社を立ち上げようかなって思ってるの」
よく話を聞いて見ると、私立探偵みたいなものらしいことがわかった。ソムニの能力を活用して活動するらしい。
「そりゃ、すごいな。僕なんて受験勉強で精一杯なのに」
「何言ってるの。私はろくに学校を出てないからこうするしかないのよ。真っ当な会社に就職なんてできないし」
”そーそ。だったら完全実力勝負の世界の方がいーでしょ? 幸いアタシもいるしね!”
「最初はハンター業と兼任して生活費の安定を図るつもりだけど」
「ミーニアさんに弟子入りして魔法の道具を作るって選択肢はなかったの?」
「いつ帰還するかわからないから無理よ。それに私、魔法の素質ないし」
あっちの方が高収入なんじゃないかなと思いながら尋ねたけど、どうにもならない理由を教えられて僕は黙った。
それにしても、佳織は将来のことをしっかりと考えて動いているんだな。選べる選択肢が少ないっていうのもあるんだろうけど、それでも僕よりしっかりとしている。
それに引き換え僕は何となくという理由で受験勉強をしている。そのせいで少し気が引けた。