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これからは一人で

 新年早々佳織(かおり)を助けたことで僕の内からソムニがいなくなった。騒がしかった電子の妖精がいなくなったことで急に静かになったことに僕は少し戸惑っている。


 三学期が始まった後もその戸惑いはなくならない。すっかりソムニがいる生活が当たり前になっていたから微妙に調子が狂う。


 そんなある日の夕飯時に僕は母さんから声をかけられた。作ってもらったうどんから顔を上げて、食卓を挟んで父さんと一緒に座っているその姿を見る。


「優太、あなた冬休みのほとんどを外泊していたけど、ああいうことってこれからも続くの?」


 目つきが厳しい母さんの声に僕は戸惑った。ジュニアハンターの活動についてなのはすぐにわかったけど、こういった話はいつも父さんが切り出していただけに珍しい。


 意外に思ったのは父さんも同じだったらしく、少し目を見開いて隣に座る母さんへと顔を向けていた。


 箸を置いた僕は口の中のうどんを飲み込むと答える。


「これからはもうほとんどないよ」


「そうなの?」


 若干戸惑いの表情を見せた母さんが確認してきた。僕はうなずく。


 そう、もうほとんど外泊することはないんだ。何しろジュニアハンターとしてやりたいことはある程度やったし、長年の懸案だった佳織の救出も成し遂げてしまった。


 もちろんこれで引退するわけじゃない。まだミーニアさんの件も残っているしね。けれど、もう今までのような頻度で訓練と仕事をすることはない。


 問題なのは父さんと母さんにそのまま説明できないことだ。心苦しいというよりもどかしく思う。


「大学受験までもうあと一年だから、そろそろ受験勉強を始めようかなって思って」


「もっと早くそう思ってくれたら良かったのに」


「母さん、せっかく優太がやる気になったんだから、そう言わなくてもいいだろう」


 半分つぶやくような声で不満を漏らした母さんを父さんが優しく諫めた。強い視線を父さんに向けた母さんだったけど、それっきり黙る。


 ほとんど何も考えずに返答した僕は自分の言葉に考え込んだ。前からぼんやりと考えてきた進路だったけど、今やそれが自分にとって大きなものになりつつある。


 というより、それ以外にどうしたら良いのかわからなかった。なりたいものなんて未だにないし、何ができるのかもはっきりしない。


 それならとりあえず受験勉強でもしてみようかなと思うようになった。さすがに今後一年間の時間をネット巡回だけで潰す気はない。


「まずは春の模擬試験で良い点数が取れるように頑張ろうと思う」


「父さんもそれで良いと思う」


「だったら勉強時間を増やすのよね?」


「うん、これからはジュニアハンターの活動を減らすから、その分勉強することになるよ」


 僕にしては結構踏み込んだことを言った。父さんと母さんもそう感じたようで目を丸くしている。もっと喜ぶかと思ったけど驚きの方が大きいらしい。


 言いたいことを言うと僕はうどんをまた食べ始めた。それほど長く話していたわけではないけれど、麺もつゆも少しぬるくなっている。


 ちらりと両親を窺うと、あちらも食事を再開した。父さんは若干機嫌が良くなったのに対して、母さんは半信半疑のようだ。


 それでも何も言ってこないということは、とりあえず僕の返答に満足したのだろう。


 では、普段の僕の生活はどのくらい変わったのかと言うと、実はそこまで劇的には変えていなかった。もちろん理由はある。


 最大の理由はいきなり多くの時間を勉強に振り替えても心が折れてしまうからだ。なので、少しずつ訓練と勉強を入れ替えていく。これにより割と順調に勉強時間は増やせた。


 ところが、ここで思わぬ落とし穴にはまってしまう。


「うーん、わかんないなぁ。ソムニ、これって、あ」


 勉強しているときについ声をかけてしまってから僕は気付いた。ソムニはもう僕の中にはいないんだ。


 目の前に表示している半透明の画面から顔を話して僕はため息をついた。何かあればすぐにソムニに頼ってしまう癖がまだ抜けていない。


 背伸びをしてから不明点を調べ始める僕だったけど、なかなか思うように調べられなかった。おまけに苦労して探し当てた結果が正しいのかも判断がつかない。


 思った以上に自分で何もできないことに僕は苦しんでいた。一年前はどうやって勉強していたのか不思議に思うくらいもどかしい。


「速くて正確に調べられるのって便利だったんだなぁ」


 少しわからないところが出てきては時間をかけて調べていたから、勉強の効率は随分と悪くなっていた。お腹の底にストレスが溜まっていくのがはっきりとわかる。


 今やジュニアハンターの訓練はこのストレス解消のためにやっている側面もあるくらいだ。別の意味で訓練をなくせなくなって僕は頭を抱える。


 更にソムニがいなくなって困ったことは他にもあった。生活管理という面だ。何をするにしてもソムニがお膳立てしてせき立ててくれていた。


 そのため、ソムニがいなくなって自分で自分の行動を律しようとすると、どうしても甘くなってしまう。


 特に予定や計画を組み立てるということになると結構大変だ。従来通りならともかく、変更するとなると何をどう変えたら良いのかわからない。


「みんなどうやって計画を立ててるんだろう?」


 僕の今の状態が世間一般では普通なんだろうけど、その普通がすっかりわからなくなっていた。


 ということを、自室でパソウェアの通話機能である日の夜に佳織とソムニに愚痴ったら笑われた。


 バストアップ表示された佳織が呆れる。


『確かにソムニはすっごく便利だけど、優太って本当に頼りっぱなしだったんだね』


「うん、僕もそれは痛感している」


”ふふん、アタシの有用性が今頃わかるなんてね~”


 半透明な佳織の隣でくるくると回る半透明な妖精がどや顔で言い返してきた。悔しいけど反論できない。


『でも、そんな状態で受験勉強ってちゃんとできてるの?』


「前には進んでる、はず。ちゃんとできてるのかどうかは自信がないけど」


”もー頼りないなー。せっかくだし現状を教えなさいよ。見てあげるわ”


 一人でも何とかなるのではという期待を粉々に打ち砕かれた僕は素直に今の状態を伝えた。すると、何がどう駄目でどう改善すれば良いのか教えてくれる。


 一通り聞いてメモも書き終えた僕はぐったりとした。


 そんな僕を見ていた佳織が声をかけてくる。


『ソムニ、優太ってこのままで大丈夫なの?』


”ま、最初はこんなものじゃない? 繰り返しやっているうちにどうにかなるわよ”


「うーん、厳しいなぁ。けど、早めに一人で何でもするようになったのは正解かも。後になるほどソムニから自立するのが難しくなってたかもしれないし」


”確かにいい機会じゃないかなっては思ってたのよ。佳織みたいにアタシと離れられないんならともかく、優太はそうじゃなかったから”


 受験で忙しくなる高校三年生になる手前でソムニから独立したのは、ある意味良かったのかもしれなかった。少なくとも受験三ヵ月前とかに独立するよりかはずっとましだ。


”何はともあれ、とりあえずは試行錯誤するしかないわね~”


「そうだね。しばらく頑張ってみるよ」


『困ったことがあったらまた連絡してくれたらいいわよ。いつでも相談に乗るから』


「ありがとう」


”評価ならいつでもしてあげるからね!”


 いくら嘆いたところで始まらないことは僕も理解していた。佳織もソムニも助けてくれると言っているんだから、当面は二人の力を借りて努力するしかない。


 大切な仲間の励ましを受けた僕は大きくうなずいた。

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