自由な未来を得て
地下二階から地下一階へと上がった僕達は、他の探索チームがいないか確認しながら慎重に進んだ。ここまで来てばれるなんて間抜けなことはしたくない。
どうにか未探索地域の奥にある出入り口にたどり着くと三人揃って外に出た。時刻は昼下がり。まだ日は高いものの、やっぱり外の方がずっと寒い。
百年ぶりに外気に触れた佳織が白い息を吐く。
「うわぁ、冷たい。でも、気持ちいいな」
”そう言ってられるのも今のうちよ。体が冷えたらそれどころじゃないんだから”
「もう! そんなことわかってるんだから、今だけでも浸らせてよ」
ソムニの現実的な突っ込みに佳織がむくれた。
その様子を見てから僕はミーニアさんに尋ねる。
「この後どうするんですか?」
「佳織にはここから少し離れた場所で隠れてもらいます。わたくしと優太は一旦本部に戻り、今晩わたくしが迎えに行きます」
「僕は何をするんです?」
「五日後に探索の契約が切れますから、そのとき佳織を一緒に迎えに行きましょう」
それまでは何もすることがないらしい。それに、ペアが一度に本部から抜け出すと何かあったときに困るから留守番が必要とのことだった。
ちなみに、どうして僕が迎えに行く役じゃない理由は、佳織の服など女性ならではの問題があるからだ。なるほど、それは僕じゃ気付けないし購入もしづらい。
隠れるのには適しているけど冷え込みがきつい場所を見つけると、佳織を残して僕とミーニアさんは立ち去ろうとする。
「じゃ、また後で。って言っても、僕は五日後か」
「あはは、それまではしばらく我慢だね」
「夜には迎えに来ます。ソムニ、それまでにわたくし名義で宿を探しておいてください」
”いいわよー! 前払いだった口座を使ってもいい?”
「仕方ありませんね」
一瞬微妙な表情をしたミーニアさんだったけど最後はソムニに許可を与えた。
こうして、純化計画の遺跡を巡る僕達の戦いは大体終わった。遺跡の探索という仕事はもう少し続けど、僕とミーニアさんにとってはもう重要じゃない。
それでも後始末のような作業はしばらく続く。
最初の難関は、探索範囲の少なさを指摘されたときの言い訳だった。何しろ佳織のことを話すわけにはいかない。地下二階に落ちて防衛機構をやり過ごすのに時間がかかったと説明した。
次の難問は、ミーニアさんが夜に抜け出したときの言い訳だ。遺跡探索外のときは原則として行動は自由だけど、何時間も戻って来ないというのはさすがに怪しまれた。最後は体調不良で休憩していたということで落ち着いたけど、これが一番大変だった。
他には、担当区域の探索が地味につらかった。怪しまれないように僕達の偽登録をソムニに削除してもらったんだけど、ソムニの支援なしで戦うのに慣れていなかったんだ。そのせいでミーニアさんに迷惑をかけてしまう。
そんな苦労をしつつ、残りの冬休みを遺跡探索に費やした。
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遺跡探索の最終日、僕はミーニアさんと一緒に自動車に乗った。行き先は都市郊外にあるファミリーレストランだ。
佳織は当初、二十四時間営業しているビジネスホテルで一泊した後、別のホテルへと移っていた。その場所は人気の少ないとある駅前近くで治安もそんなに悪くない。あまり人目に付かないところだったらしい。
パソウェアを持っていないため、ミーニアさんから予備のイヤリング型を借りた佳織はそこで数日を過ごしていた。その間にソムニが講師になって色々と現代について教えていたと後で聞いた。
待ち合わせ場所のファミリーレストランには夜に着いた。自動車を駐車場に止めてから二人揃って店に入る。ソムニの誘導で佳織の座っている席はすぐに見つけられた。
笑顔で手を振る佳織に僕は挨拶を返す。
「こんばんは。やっと着いたよ」
「大変だったね。こっちはずっとソムニの話を聞いていたわ」
”大体のことは教えたわよ。日常生活はなんとかなるんじゃない?”
「なんで疑問形なのよ」
風圧遮蔽機器が正常に稼働しているのでソムニとの会話もできた。三人とも注文を済ませると話を再開する。
「優太、遺跡の探索ってどうだったの?」
「地下二階までは探索したんだけど、そこで僕達が戦った跡が見つかってからは大変だった。自分達より先んじていたハンター達が死んでいたから」
お冷やをちびちびと飲みながら僕は佳織に説明を始めた。
地下一階をすべて探索した時点で、自分達よりも先に下へ向かった者がいるのはわかっていた。そして、遺跡のセキュリティーを何らかの形で突破していたこともわかっていたので、大蔵財閥の探索チームはその者達をかなり警戒していたんだ。
結局、自分達ではセキュリティーを解除できなかった探索チームは、僕達が崩落によって落ちた穴から地下二階へと下りていった。そして、そこで体堂と冷川の死体を発見したんだ。
もちろん、地下二階の防衛機構は生きていたからこれを排除しつつ探索したんだけど、地下三階へは下りられずに現在足踏みしている。
「問題は、この先んじた他の探索チームが地下三階に行ったのか、行ったなら何を手に入れたのかがわからなくて本部は頭を悩ましているところだよ」
「その成果物は、今優太の前にいるんだけどね」
苦笑いした佳織が言葉を返してきた。
注文の品が届くと、僕達はまず食べることを優先する。僕はハンバーグステーキ、ミーニアさんは海老ピラフに海藻サラダ、佳織はヒレカツ定食だ。
久しぶりに携帯食料以外を食べられた僕は笑顔になる。佳織も同じだ。ミーニアさんはいつも通りだった。
ある程度食べてお腹が満足すると僕は佳織に話しかける。
「ミーニアさんのところへ行って、その後はどうするつもりなの?」
「とりあえず生活を落ち着かせてから、戸籍を取ることになるって聞いてる」
「誰から?」
”アタシー! 戸籍がないと色々とやりづらいもんねー”
頭の中に元気な妖精の声が響いた。確かにあって当たり前のものがないと不便だろう。ただ、戸籍を取るのはそう簡単なことじゃないはずだ。
「どうやって戸籍を取るつもりなの?」
”偽造よー!”
「ソムニが偽造するのは最後の手段です。その前に、わたくしが戸籍を用意してくれる方を紹介しますので、その方に相談してください」
「それって真っ当なものなんですか?」
「わたくしが日本に密入国したときに使った手段です。費用はかかりますが、こちらですと本物を確実に手に入れられますから」
具体的にどんな方法なのかは怖くて聞けなかった。間違いなく僕は知らない方が良いことだろう。
”そのあとは、口座作ってパソウェア買って、他にも生活に必要な準備をするのよ!”
「だから、しばらく忙しくなりそうなの」
「へぇ」
生活の基盤を作るところから始めるってことなんだけど、佳織はとても楽しそうだ。聞けば純化計画の施設にいたときは外の世界に行ったことがないらしく、今は何を見ても新鮮らしい。
その姿を見ていると佳織を助けた甲斐があった。何年も前からひたすら助けを求めていた女の子がようやく自由を手に入れたんだ。その手伝いができたことを嬉しく思う。
最初は危なっかしいかもしれないけれど、内にソムニ、外にミーニアさんがいる以上は大丈夫だ。頼れるうちは頼って成長していけば良いだけだしね。僕もそうした。
佳織が現代に蘇った以上はもう僕もあの夢を見ることはない。寂しいと思う反面、やっと解放されたとも感じている。
目の前の笑顔を見ていると、僕は今まで生きていた中でも最高に気分が良かった。




