相性最悪の人質
ようやく佳織のこれからが決まった。次はどうやってここを出るかだ。佳織は僕達と一緒にこの遺跡から出られない。どこか別の出入り口を探す必要があった。
こういうときに役立つ妖精が自ら名乗り出る。
”ダウンロードした地図を見ると、アタシ達が最初に入ってきたところの裏側にも出入り口があるわよ。そこから出ましょう”
「でも、地下一階って今探索チームが調べてるところだよ。見つからないかな?」
”生きてる監視カメラや防衛機構のロボットの情報を総合すると、地下一階の七割くらいは探索済みか探索中ね。そして、アタシ達の向かう出入り口は、未探索地域の奥よ。だからまだ大丈夫”
「それなら良いけど、ここから出た後も問題だよね。次に僕達が迎えに行くまで近くで隠れてるんでしょ。真冬なのに」
”そこは気合いと努力と根性で”
「何とかなるわけないでしょう! 優太とミーニアさん、どっちか服と靴を貸してくれませんか?」
無茶なことを言いかけたソムニの言葉を佳織が断ち切った。要求としては妥当だと思う。僕は着替えを持って来ていないから渡せないのが問題だけど。
僕もミーニアさんを見るとうなずいて茶色い鞄を開ける。
「替えの服と靴がありますので、それを着てください」
「ありがとうございます!」
”ミーニア、随分と用意がいいじゃないの”
「仕事によっては、不快なくらい服が汚れることがありますから」
さすが年季が違うと僕は思ったけど口にはしなかった。
僕が後ろを向いている間に白い貫頭衣のような服からミーニアさんの服に佳織が着替える。振り向くとまったく同じ衣裳の二人が立っていた。
これで準備完了だ。ようやく出発する。
”当面は探索チームと鉢合わせにならないけど、時間の経過と共にその確率は高くなるわ。だから、寄り道はしないで一気に駆け抜けるわよ”
「どれくらい時間がかかるの?」
”三十分くらいかしら。何しろ地下一階と地下二階は広いもんね~”
ソムニの返答を聞いた僕はうなずいた。防衛機構に襲われないのが救いだ。
魔方陣のある地下四階から被験者が冷凍保管されている地下三階、そして体堂達と戦った地下二階へと進んで行く。最初は敵として戦った防衛機構のロボット達も今はすれ違うだけで襲いかかってこない。
地下一階の未探索地域へ直接上れる階段の前にたどり着いた。扉を開くにはセキュリティーの認証をパスしないといけない。これはソムニの役目だ。
”いよいよ地下一階よ。たぶんまだ探索チームは上の当たりにはいないと思うけど、監視カメラとかも歯抜けになってるから万全じゃないわ。気を付けて”
「佳織を送ったら自分達の担当区域に戻らないといけないけど、一旦地下二階に下りないといけなくなってるなぁ。これ、どうやってまた地下一階に上がればいいんだろう?」
「優太、それは後で考えましょう。今は佳織を送ることが優先です」
「二人ともごめんね」
「いいよ、佳織がいなくても同じことで悩ん」
”後ろ!”
のんびりと話をしていたときに突然ソムニが叫び声を上げた。その警告に僕とミーニアさんが反応してすぐに振り向く。
分岐路の一角から猛然と突進してくる冷川の姿を捉えた。
手にしていた小銃を構えた僕はすぐに撃とうとしたけど、冷川を囲む赤枠も銃口から延びる白い線も見えないことに気付く。そのせいで引き金を引く機会を逸した。
その隙を逃す冷川ではなく、ためらいを見せずにそのまま突き進む。見据えた先にいるのは佳織だ。戦闘訓練を受けていない佳織は反応できない。
ミーニアさんが放った岩槍を弾いた冷川は佳織を絡め取った。すぐさまその背後に回って、肘から先を半ばまで切断された右腕で佳織の首を絞める。
「動くな。動くとこの女を殺す」
左手で逆手持ちしたナイフを佳織の首元に突きつけた冷川が、無機質な表情のまま告げてきた。
完全に不意を突かれた僕とミーニアさんは振り向いて構えたまま固まる。首をしっかりと固定された佳織は苦しそうだ。
顔をゆがめる佳織に構うことなく冷川が要求を告げる。
「そこの男、武器を全部捨てろ。女の方は魔法を使うなよ。そぶりを見せたら刺す」
「その必要はないよ、優太」
どうしようか迷っていた僕に佳織が声をかけてきた。僕は訝しげな視線を返す。
一方、冷川は佳織の言葉に眉をひそめた。少し首を絞めて警告する。
「俺が殺さないとでも思っているのか? 確かにお前は重要な成果物として持ち帰る必要はあるが、別に生きて送り届ける必要はないんだぞ」
「違うよ。そうじゃない。あなたがどう考えているかじゃないの」
佳織は自分の首を絞める冷川の右腕の肘を右手で、切断された断面を左手で掴んでいた。
表情を険しくした冷川が佳織を問い詰める。
「一体何を言っている? お前に何ができるというんだ?」
「確かに私は何もできないよ。けどね、アタシはできちゃうんだなー」
言葉の後半のノリが佳織ではなくなったことに僕は気付いた。そう、これはあの半透明な妖精のしゃべり方だ。
「アンタ、冷川って言うんだっけ? ちょぉっと体を動かしてみてくれるかなー? 動かせればだけど」
「うっ!?」
佳織の体を使ってソムニがしゃべるようになってから冷川の様子に異変が現れた。体不自然に震えはするものの、それ以上動く様子がない。
何が起きているのかわからない僕とミーニアさんは見守るしかなかった。その目の前で佳織が冷川の右腕からすり抜けてこちらに戻って来る。
「怖かったぁ! ソムニがいてくれて助かったわ!」
「あいつに何したの?」
「私じゃなくてソムニよ」
”アイツ、手足をサイボーグ化してるじゃない。だからその神経線を伝って脳内のAIチップを支配したのよ。アイツはもう動けないわ”
「だからあんなあっさりと抜け出せたんだ」
”そーよ。まぁ知らなかったとはいえ、相手が悪かったわねー”
サイボーグ化するとこんな恐ろしいことになるんだと僕は震えた。今のところはその予定もないけど、こんなのを目の当たりにしたらサイボーグ化なんてしたいと思えない。
少し顔を引きつらせた僕の隣にいるミーニアさんが声をかけてくる。
「それで、あの冷川はどうするのですか?」
「どうするって言われても」
”殺しておくのが一番ね。あんまりいい考え方じゃないけれど、その方が後腐れもないし。それに、アタシと佳織の存在も知られちゃったしね”
「ああ、そっか」
これから身を潜める佳織はもちろん、存在を知られるとまずいソムニのことも漏らされるのはまずかった。
まさかこんな形で殺すとは思っていなかったので気まずいけど、佳織のこれからのためには仕方がない。僕は持っていた小銃で冷川の頭を撃った。
床に倒れる冷川を見ながら、僕は気になっていたことをソムニに尋ねてみる。
「ソムニ、冷川に対して赤枠が表示されていなかったし、銃口から白い線も延びていなかったんだ。これどうして?」
”ゴメン、言い忘れてたわね。アタシが佳織の体に移っちゃったから表示してなかったのよ”
「そうなんだ。ということは、これからもこのまま?」
”精霊の起点はアンタの中にあるままだから表示することはできるわよ。ただ、佳織の体から遠隔表示するから、精度がちょっと甘かったりタイムラグが発生するわね”
「そっか」
”これを機会に、アタシの直接支援なしでも動けるようになったらどう? どうせ最後はそこを目指してたんだし”
あまりにも突然の提案に僕は何も答えられなかった。けれど、その言い分は正しい。僕はその言葉にうなずいた。