佳織の処遇
悪い魔法使いは死んだ。けれど、当の佳織はまだ目覚めないままだ。気は逸るけど我慢しないといけない。
今、魔方陣の中で立っているのは僕とミーニアさんだけだ。
そのミーニアさんが僕に話しかけてくる。
「これで佳織の件は一段落しましたが、後始末が残っています。これをどうするか今から考えておかないといけません」
「どうやって地下一階まで戻るとかですか? 確かに困りましたね」
「それもあるのですが、最も大変なのが佳織の処遇です。優太はどうするつもりなのですか? このままですと本部、大蔵財閥に引き渡すことになりますが」
指摘されて僕は思い出した。そうだ、このままだと佳織の身柄は大蔵財閥に引き渡さないといけない。
立場上そうするべきとは理解している。けど、僕は大蔵財閥をもう一つ信用し切れていないでいた。個人というよりも組織を。
でも、それじゃ個人で引き受けられるのかというと無理だ。そもそも僕は高校生でまだ養われている身なんだから、他の人の面倒なんて見られない。
第三の方法としてこのまま人知れず逃がしてあげるという方法がある。これは一見すると悪くなさそうだ。けど、百年ぶりに目覚めた佳織にいきなり一人で生きていけというのは厳しすぎるだろう。
「思いつく案はいくつかあるんですけど、どれも良さそうに思えなくて。でも、このまま本部に引き渡すのはちょっと」
「なるほど、八方塞がりというわけですね。しかし、いつまでもここでじっとしているわけにもいきません。わたくし達もいずれは本部に戻らねばなりませんし」
「わかってます。わかってますけど」
ミーニアさんも責めているわけじゃないんだろうけど、僕は追い詰められているような気がして苦しかった。せめて大人だったら、もうちょっと何とかなりそうなのに。
そうやって悩んでいると足下から声が聞こえてくる。
「う~頭痛い」
「佳織!? 目が覚めたんだ!」
慌てて僕は片膝を着いて佳織に顔を近づけた。うっすらと目を開けた佳織は僕の声に反応して顔を向けてくる。
「ん? だれ?」
「えっ!? まさか記憶喪失!?」
「優太、落ち着いてください。蘇生したばかりで記憶が混乱しているかもしれません」
佳織を挟んで正面に片膝をついているミーニアさんに僕は冷静に諭された。そうだ、まだ決めつけるのは早い。
とりあえず一歩下がるように指示されて従う。次いでミーニアさんが佳織と簡単な会話を始めた。僕はじっとそれを見る。
何度か受け答えを繰り返しているうちに佳織の発言がしっかりとしてきた。そうしてミーニアさんがうなずく。
「もう良いでしょう」
「佳織」
「優太ね。眠っているときに見ていたまんまじゃない。ふふ、当たり前か」
「僕も佳織を初めて見たときは驚いたよ。一目見てすぐにわかったけどね」
「そりゃ頻繁に会ってたものね」
僕と佳織はお互いを見て笑った。こうやって実際に会って話をするのは初めてだけど、今まで眠っているときに散々会っていたから古い友人との再会のように思える。
ひとしきり笑った佳織は立ち上がろうとした。けれど、途中でふらついたのを見て僕が支える。さすがにまだ体をうまく使えないらしい。
支えられた佳織は何度かゆっくりと呼吸を繰り返してから顔を上げる。
「最初に言っておくと、今の私は佳織よ。ただし、ソムニの記憶も一緒に持ってるの」
「それじゃソムニは?」
「表現が正しいのかわからないけど、二重人格みたいな感じでもう一人の私として私の中にいるわ」
「ということは、ソムニと同居してるわけ?」
「あーその言い方の方が正しいわね。うん、同居。こっちの方がしっくりくるわ」
余程適切だったらしく、佳織は何度も頷きながら同居という言葉を繰り返した。
もしかしたらソムニは消えてしまったかもしれないと思っていただけに僕は安心する。
”こっちだとアタシの声が聞こえるかなー?”
「ソムニ!?」
”はいはーい、アタシよー! 自由に外へは出られなくなっちゃったけど、まぁ佳織の魂とくっついてるんだからしょーがないわよねー”
「人格は一つにならなかったんだ」
”まーねー。それはアタシも初めて知ったところよ。やっぱり優太の中にいたときみたいな感じね。こんな感じになるんだ、へー”
何がそんなに珍しいのか、ソムニはしきりに感心していた。佳織に目を向けると苦笑いしている。
「うん、まぁこんな感じになってるの。ソムニはこれからいつも一緒かな」
「結構大変だから気を付けてね」
”なんでよー!”
頭の中に抗議の声が響いたけれど僕は無視した。
そんな楽しい話をしていた僕達だったけど、ミーニアさんに話を中断させられる。
「楽しく話をしているところ申し訳ありませんが、佳織の処遇はどうするのですか?」
「あー、私の処遇かぁ」
難しい顔をした呻いた。何しろ長い間遺跡で眠っていて目覚めた、特殊な経緯を持つ人物だ。遺跡探索チームからするとある意味宝の塊と言えるだろう。
だからこそ、何をされるかわからないという怖さがあった。もちろん比企財閥より大蔵財閥がましだという可能性は高い。頂点に立つ人と会った感じではそうだ。
けれど、それはあくまでも僕が思っているだけでもある。僕が気付いていない佳織の重要性を財閥が認めた場合どうなるかなんてわからない。
僕が考えた今後のことを説明すると佳織が眉をひそめる。
「今すぐ決めないといけないのが困ったところよね。検討する時間がなさすぎるわ」
「僕もそう思うんだけど、今決めないといけないからね。どこか匿えるところがあると良いんだけど」
”うーん。そうだ、ミーニアのところで世話になるってのはどう?”
「わたくしのところですか?」
”そう。隠れ住んだり密入国や密出国したりしたことあるんでしょ? ということは、今の佳織が隠れるところにぴったりじゃない”
「あけすけに言ってくれますね」
あまりにもはっきりとした言い方にミーニアさんが苦笑いした。もっと言い方ってものがあるんじゃないかな。
ただ、案自体は良いと僕も思う。というより、これ以外にちょっと思いつかない。
僕と佳織がミーニアさんに顔を向けると、珍しく渋い顔をしている。
「誰か庇護者が必要なのは認めますし、佳織の特殊性を考えれば妥当だとは思いますが」
”が?”
何を考えてどんな葛藤をしているのか僕にはわからないけど、ミーニアさんはしばらく黙っていた。口を挟めない僕達は黙ってその顔を見続ける。
「条件を飲んでいただけるのでしたら、わたくしの元で匿っても構いません」
”ほほう、その条件とは?”
「生活の面倒はわたくしが見ます。そして、合法的な存在になるための手段も教えます。ただし、実際の手続きは自分で行ってください」
”そりゃまたどうして?”
「いずれわたくしの元を離れて独り立ちするのですから、今から何でも自分でできるようになってもらうためです。逆に自分でできないことは望まないようにしてください」
「なるほど、わかりました」
”他には?”
「わたくしはいずれこの世界を去りますが、その時期がいつになるかはわかりません。一ヵ月後かもしれませんし、十年後かもしれません。そして、その時期が来ればあなたの事情にかかわらず私は帰還します」
”妥当ね。それでいいわよ”
「なら、引き受けましょう」
「やった!」
交渉が成立して佳織が飛び跳ねた。こうしてみると普通の女の子に見える。かわいいと思ったのは内緒だ。
これで佳織のこれからが決まる。少しだけ明るい未来が見えて僕は嬉しく思った。