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魔方陣と被験者

 難敵二人を退けた僕達はハーミットという魔法使いを探して階下へ向かう。下の階に下りる手前でセキュリティー認証を求められたけど、ここはソムニの偽認証が役立った。


 半透明の小画面に表示された地下三階は上の階に比べてずっと小さい。ソムニによると被験者を冷凍保管しているそうだ。


 周囲を警戒しつつ僕とミーニアさんは先を急ぐ。


体堂(たいどう)冷川(ひやかわ)みたいな敵ってまだいるのかな?」


”どうもいないみたいね。アンタとミーニアを偽登録したときにデータベースの中を覗いたけど、最近ゲスト登録したのはあの二人だけだったから”


「ハーミットって魔法使いは?」


”それがアイツ、元々登録してあった上に上位権限持ってたのよ! 純化委員会の役員って中核メンバーで!”


「マジで!? いやそれより、元々登録してあったってどういうこと? まさか百年以上生きてるってこと?」


”その可能性はあるってことよ”


 にわかには信じられない話だった。色々と延命措置をしたら理論上は二百年ほど生きられるって聞いたことはあるけど、まさかそういう措置をした人なんだろうか。


 気になった僕はミーニアさんに尋ねてみる。


「ミーニアさん、魔法使って何百年も長生きできるものなんですか?」


「本人から話を聞かないと何とも言えませんね。ただ、本当に百年前に登録したハーミットと同一人物ならば、こちらの世界へ渡って来た魔法使いという可能性はあります」


「ミーニアさんと同じ異世界の人ってことですか」


「はい。あちらでは魔法で自分の命を延ばす魔法使いはいますから不可能ではありません。それにわたくしがこちらにやって来てから、地球人が魔法で百年以上延命したという話は聞いたことがありませんから」


 確実ではないけどミーニアさんは半ばそう確信しているらしかった。


 話を聞くほどハーミットという魔法使いが胡散臭く思えてくる。けど、とりあえず今そこは重要ではないので話題にするのを止める。


 そして、地下四階に下りる手前までやってきたとき、ソムニが驚きの声を上げた。何事かと思わず僕は足を止める。


”ウソ、ここに佳織(かおり)がいたの!?”


「なんだって!? ソムニ、どうしたの?」


”今この階に保管されている被験者を調べてたんだけど、そこに佳織の名前があったのよ! しかも、保管室から引き出されてる!”


「どこに行ったの!?」


”わかんない! 冷凍したまま搬出されたみたいだけど”


 予想外のことを聞いて僕は固まった。まさかすぐ近くに佳織の体があるとは思わなかったからだ。


 僕は同じく立ち止まったミーニアさんと顔を見合わせた。しばらく黙り合った後、ミーニアさんが口を開く。


「ハーミットという魔法使いがここにやって来て、なおかつ佳織の冷凍カプセルだけが搬出されたというのでしたら、恐らくは」


「ですよね」


「念のため、今ここで佳織に話しかけてはどうですか? 先程は会話できたのでしょう?」


「そうだ! 佳織、ちょっと話があるんだけど」


 しばらくの間話をしていなかった佳織に僕は話しかけた。けれど、返事がない。さっきまではすぐに声を返してくれたのに。猛烈に嫌な予感がする。


 何度か呼びかけたけど反応がなかったため、僕はミーニアさんを見て首を横に振った。その態度にミーニアさんは眉をひそめる。


「いけませんね。これは早急にハーミットを探し出さねば」


「そう、ですね。ソムニ、四階に続く階段のセキュリティー認証をしてくれる?」


”いいわよ。ドアの前に立って”


 逸る気を抑えながら僕はミーニアさんと一緒に扉へ立った。すぐに軽い電子音が鳴ってロックの外れる音がする。


 扉が横にスライドして開くと僕は躊躇うことなく奥へと進んだ。目の前にある階段を下りて行く。


 二度ほど折り返すと地下四階に着いた。扉を開けて中へ進むと、不可思議な光景に僕は足を止めて呆然とする。


 地下四階のその部屋は広かった。中央に直径五十メートルくらいの複雑な模様が描かれた円形魔方陣がある。それは今、天井まで届く淡い光に囲まれていた。


 その中央には、ダークグレーのフード付きローブをまとった老人が立っている。病的に細い体、ばさばさの白髪、骨張った顔、狂気を孕んだ目の年寄りだ。


 その魔法使いの前には、白い貫頭衣のようなものを身に付けている一人の女の子が横たわっている。ほっそりとした体つきに白い肌、腰まで伸びた黒髪、少しおっとりとした顔つきの女の子だ。


「佳織!」


 思わず僕は叫んだ。初めて現実の世界でその姿を見て頭に血が上る。


 魔方陣の中へ入ろうと駆け出しかけた僕の肩をミーニアさんが掴んだ。僕は驚いて振り向く。


「ミーニアさん!?」


「落ち着きなさい。あの魔方陣に触れて無事でいられる保証がありません。儀式を妨害されないために魔方陣の外壁に攻撃魔法を織り込むこともありますから」


 魔方陣にそんな効果があるかもしれないなんて思ってもいなかった僕は驚いた。


 もう一度魔方陣へと顔を向けると、淡いきれいな光の向こう側にいる魔法使いがこちらに目を向けてくる。


「いつぞやの魔窟(ダンジョン)で出会った以来じゃな」


「お前がハーミットか!」


「あの二人から名を聞いたか。いかにもその通り。察しの良い連れの女に感謝しておくがよい。その光に人が触れたら消し炭になるからの」


「ここで一体何をするつもりなんだ?」


「ワシは長く生きてきたが、成すべきことのためにはそれでも時間が足りん。そのため、より多くの時間を手に入れるためにこの世界へと渡って来た」


「不老不死ってやつですか」


「いかにも。百年前にあと一歩まで進めることができたが、かの大厄災で御破算になってしもうた。しかし、幸いにもその遺産がここに眠っておったんじゃ。この娘と魔方陣がな」


「佳織をどうするつもりなんだ!?」


「残念ながらこの体はもう限界でな。よって、ワシの魂をこの娘に移す。幽体離脱しやすいこの娘の体ならば、他者であるワシの魂もすんなりと受け入れてくれよう」


「それじゃ佳織は!」


「そもそもこの娘の魂は既にない。体だけの存在じゃからワシが使っても問題なかろう。本来ならば一足飛びに不老不死を手にしたいが、まだ不完全なのでやむを得ん」


「馬鹿な! 人の体を勝手に使って良いわけないだろう!」


「何を言う。元々被験者は純化計画を進めるために遺伝子に手を加えてまで生み出し育てた者達だぞ。その所有権は純化委員会にある」


 あまりにでたらめな考え方に僕は言葉を失った。そして、今までは漠然と捉えていた純化計画がおぞましいものに思えてくる。そもそも被験者を冷凍睡眠させて保管するなんてことに、どうして今まで嫌悪感を持たなかったんだ!


 反論しなくなった僕を見たハーミットは醜く顔を歪ませて笑う。


「理解せずとも良い。お前には関係のないことだからな。ここで新たな体を手に入れ、純化計画の遺産を手に更に研究を続ければ、不老不死に近づくであろう」


「そう都合良くいくでしょうか?」


「なに?」


 今まで黙っていたミーニアさんが僕の隣に立って口を開いた。これにはハーミットも眉を歪めて目を向ける。


「無理に無理を重ねても必ずどこかで破綻します。だからこそ、今まで望むような形で不老不死を得た者がいなかったのでしょう?」


「女、いや、ミーニアだったか? そなたが何を知っておるのだ?」


 それまで歪ながらも余裕の表情を浮かべていたハーミットの顔が真顔になった。何が魔法使いの大切な領域に触れたのか僕にはわからない。


 それでも二人の話は続く。僕はそれを見守るしかできなかった。

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