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迫る死期(ハーミット視点)

-時は大心地優太(おごろちゆうた)が地下二階に落ちる前まで遡る-


 旧研究施設に入ってからの移動は順調そのものじゃった。施設のシステムに味方と認識されておるため、妨害されることなく進める。しかも故障しておらねば自在に扱えた。


 地下一階、地下二階と下りて更に進む。各階ごとに厳重なセキュリティーが施されており、システムに登録しておらん者は何人たりとも通れぬ。そこを権限のあるワシは体堂(たいどう)冷川(ひやかわ)を連れて堂々と通り過ぎていった。


 地下三階は純化計画で使用した被験者を冷凍保管しておく場所じゃ。大半は廃棄処分待ちじゃが中には例外もある。


 ワシはこの階の管理室へと足を運んで端末を起動させた。


 意外だったのか体堂が口を挟んできよる。


「遺跡の端末を触れるのか。さすが元関係者。で、何を調べるんだ?」


「保管されておる被験者じゃよ。使えるものがどのくらいあるかを確認せんとな」


「死体漁りかよ!」


「生きておる者もおるぞ」


「なんだと? 用済みで保管してるんじゃなかったのかよ?」


「実験の進み具合によっては、途中で冷凍保存しておく方が好都合の場合もあるんじゃよ」


「ちっ」


 顔をしかめて目を逸らした体堂を無視して、ワシは画面の表示される被験者一覧表を眺めた。大半の項目が死亡と表示されておる。


 次いで生存者のみで絞り込んで再表示させた。数は八件と一気に少なくなる。この中で最も優れた者は誰かのう。


 詳細項目を順に見ていくと、一つ理想的な被験者がおった。分離成功者とな。


神谷佳織(かみやかおり)、ここに保管されておったのか」


「ハーミット、都合のいいヤツでも見つかったのかよ?」


「おお見つかったぞ。今すぐ取りに行こう」


「マジでいたのか」


 体堂がげんなりとした表情を浮かべるが、それには答えずに管理室から出た。少し歩いて目的の保管室へと入るとひんやりとした室内に出迎えられる。いつ来ても寒いわい。


 室内の右側には規則正しく円筒形の冷凍カプセルが並べられており、充分に冷やされておる。しかしその中の一つ、手前から五つ目の冷凍カプセルだけが台座の固定装置を外されておった。


 振り返ったワシは体堂と冷川に命じる。


「そこに専用の台車があるじゃろう。あれであの冷凍カプセルを運ぶんじゃ」


自動台車(オートキャリア)じゃねぇのかよ」


「百年以上前にそんな便利なものはなかったのでな」


「なるほど、やっぱ遺跡だな、ここは」


「これでいいのか?」


 無駄口を叩いている体堂とは違って、冷川は淡々と命じられたことをこなしてくれおった。台座まで専用台車を押してゆくとその場で待つ。


 渋い顔をしつつも体堂は台座を挟んで冷川の正面に立ちおった。そして、冷凍カプセルを専用台車へと滑らせる。


 専用台車は冷川が押すことになったようで、体堂は踵を返してワシのところまで戻ってきよった。


 被験者の冷凍カプセルが生きておるということは、その他の設備も通電しておる可能性が高い。ワシはそう予想して地下四階へと繋がっておるエレベーターを起動させた。


 エレベーターに乗り込んで地下四階に下りると大きな部屋が現れる。その中央には直径五十メートルほどもある複雑な模様の円形魔方陣が描かれておった。


 これにはさすがに面食らったらしい冷川が問いかけてきよる。


「ハーミット、この円は一体なんだ?」


「純化計画の設備の一つじゃよ」


「そういや、女が運勢占いとかをやってるときにこれを見たことあるぞ」


 この地球では魔法の類いは長らく否定されておったことはワシも知ってる。じゃから、体堂と冷川の態度もまぁやむを得んじゃろうな。しかし、不老不死を実現するにはこの魔方陣が必須なんじゃ。


「部屋の隅にある台座に冷凍カプセルを固定しておいてくれ。ワシは隣の管理室に向かう」


 二人の返事を待たずにワシは管理室へと向かった。中の構造は地下三階と変わらん。端末を起動させると側面の壁に備え付けられた薄型モニターが次々と(とも)る。


 そこには、今のワシに必要なものから不要なものまで様々な情報が示されておった。魔方陣の状態一覧表、各設備への電力の供給割合、各階の定点映像、その他じゃ。


「後はあの被験者を解凍し、魔方陣の中へと運び込めば準備は整う」


「台座に冷凍カプセルを固定したぞ」


 背後から冷川が声をかけてきおった。振り向くと体堂もおる。


 二人にワシはうなずいてやった。とりあえずこの者達の役目は終わったの。できればここから追い出してやりたいが、さてどういう理由にしようか。


 ワシが知恵を絞っておると、突然体堂が叫び出す。


「ありゃミーニアじゃねぇか!」


「ミーニアとな?」


「体堂が執着している女のことだ。それがあのモニターに映っている」


 興奮する体堂の隣に立っておる冷川がモニターの一つを指差しおった。その先をワシも追うと少年とエルフの女が通路に立っておる。


「あの二人は見たことがあるの。確か去年の末に魔窟(ダンジョン)で相手をしてやった者達ではないか」


「あんたが会ったのはその一回きりだったな」


「そうじゃな。で、ミーニアとはあのエルフの女のことを指すのか」


「エルフ? 人間じゃないのか?」


「美しい顔立ちに耳が尖っておるからエルフと思ったんじゃが」


「顔や耳の形なんぞ整形でいくらでも変えられるぞ」


「ややこしいのう」


 どうでも良いことじゃから冷川とこれ以上言い争いはせずにおくことにした。あの女が何であるかはどうでも良いことじゃしな。


 そんなワシと冷川に比べて体堂は先程からいきり立っておる。


「ハーミット、ちょっとあそこに行って来ていいか?」


「あの女のところへか? そんなに会いたいわけか」


「会いたいね。それにあいつら、地下二階にいやがる。どうやって地下一階から下りてきたか気にならねぇか?」


「なんじゃと? ふむ、セキュリティーを突破されたのなら厄介じゃのう」


「だろう? だからオレが行ってぶちのめしてきてやるよ」


 挑戦的な表情を浮かべた体堂がワシに許可を求めてきた。なるほど、これは使えそうじゃな。


 少し考えるふりをしてからワシはうなずく。


「よかろう。冷川と共に行ってあの二人を止めてこい」


「そうこなくちゃな!」


 珍しく嬉しそうにワシの命令を受け入れた体堂は冷川と共に管理室から去った。


「これで地下四階にはワシ一人となった。結構なことじゃな」


 地下三階のモニターの一つに体堂と冷川が表示されたのを見てワシはほくそ笑んだ。これで邪魔者は誰もいなくなった。


 思えば純化計画が崩壊してから苦労してばかりじゃったのう。最後に比企財閥とやらを利用したが、やはりあのような俗物どもとはそりが合わん。あの総帥とやらは何かしらの成果を期待しておるようじゃが、もはやあの男も用済みじゃ。


 上機嫌でおると、急に胸が苦しくなった。そして、猛烈な咳が出てくる。


「ゴホッゴホッゲホッ!」


 苦しい! ここ最近は抑えておったが、いよいよ死期が近いか。咳が止まらぬ。


「ゴホッ、もう少し、もう少しじゃというのに! ゴホッ!」


 口元を抑えていた手のひらを見ると赤黒い血が付いておった。ワシは震える体を引きずるように冷凍カプセルへと向ける。


「消耗するからと避けておったが時間がない。ゴホッ、強制的に蘇生させるか。すぐにでも儀式を始めんと、ゴホッ」


 まさかこの期に及んで時間との競争になるとはのう。好事魔多しとはこのことか。


 台座の起動は既に停止させてあり、冷凍カプセルの扉を機械に開けさせた。中には唯一の成功例である被験者の少女が横たわっておる。


 あと少しの辛抱と自分の体に言い聞かせながら、ワシは呪文を唱え始めた。

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