その執着心に決着を
収まりつつある煙幕を背に僕はミーニアさんが戦っている場所へと足を踏み入れた。そこは、体堂という嵐が吹き荒れる空間だ。
超人化した自分自身の身体能力の高さを遠慮なしにふるい、当を幸いに物を破壊していた。コンテナをへこませ、箱を吹き飛ばし、機材を粉砕させる。
「ははは! オラァ!」
当たれば死ぬ攻撃を体堂は何のためらいもなしにミーニアさんへと向けていた。自分のものだと言っていたのに殺そうとしている理由が僕にはわからない。
二人に近づきながら僕はソムニに尋ねる。
「前にあいつと戦ったときに分析できたって言ってたけど、大丈夫なんだよね?」
”劇的に戦闘スタイルを替えていない限りはね。前回の様子じゃ、前の分析結果がそのまま使えると思うわよ”
「よし、それなら!」
さっきの冷川との戦いでソムニの分析能力が信用できることはわかっていた。それなら迷うことはない。
尚もミーニアさんに拳を振るう体堂の側面を狙える位置について小銃を構える。そして、ミーニアさんが後退した瞬間引き金を引いた。銃弾は体堂の頭部を中心にばらまくように撃つ。弾倉が空になるまでだ。
恐らく僕の存在に気付いていたであろう体堂は、銃撃を加えた瞬間にバックステップで後退した。あんな急制動をかけられるのかと内心驚いていると、こちらに向かってくる。
「てめぇ、ジャマすんじゃねぇ!」
体堂の意識をミーニアさんから引き離すことに成功した。半透明の自分の姿が表示されたのでそれに沿って動き始める。
とても小銃を撃つ暇なんてないから手放した。体堂はあくまで殴り合いの距離を求めてくるので大型拳銃を使うことも難しい。
目の前に表示されている半透明の自分の姿を追うことは今のところできている。冷川との戦いで慣れたというのが大きい。けれど、その冷川戦で体力をかなり消耗したせいで体を動かすことがかなりつらかった。
そんな僕の様子を察したのか体堂が笑う。
「ちったぁやるようだが、やっぱりその程度だな! 今度は冷川とやり合ったことが言い訳にできる分だけましってか?」
「お、女の人を、喜んで、殴ろうとしてる、奴よりかは、ましだよ!」
「はっ! 息切れしてるくせに言うじゃねぇか!」
力が抜けそうになる体をどうにか動かして体堂の攻撃を避け続けた。
僕が殴りつけても大して効かないことは前回の戦いで判明している。だから武器を使わないといけないんだけど、その間合いをなかなか得られない。何しろ体堂は徹底して殴り合おうとするので距離が近すぎるんだ。
なかなか勝機が見出せない僕は歯を食いしばる。
”ソムニ、これずっとこのままってわけじゃないよね!?”
”そんなことないわよ。アイツだっていつまでもこんな状況を続けたいとは思わないでしょうから、かならず大きく動いてくるときがあるわ。そのときを狙うのよ”
言っていることはすごく良くわかるんだけど、実践する身としてはかなりつらかった。こういうときは相手も同じだと信じてひたすら我慢するしかない。
そうやって体堂の攻撃を躱し続けていると少しだけわかったことがある。その動きが随分と動物的なんだ。狙いは正確なんだけど機械的というよりかは直感的に攻めているように思えた。
これは冷川とは全然ちがうな。あいつはサイボーグ化していたということもあって狙いは正確に、そしてどこか精密機械みたいに動いていた。
ではどちらがやりやすいのかというと、今の僕にとっては冷川の方になる。体堂の動きは常に多少のずれがあるため、例えソムニのシミュレーション通りに動いても危ないときがあるからだ。
意外なことを知りながらも避け続けていると、いい加減しびれを切らした体堂が叫ぶ。
「てめぇ、いつまで逃げてんだよ! いい加減死にやがれ!」
「嫌だね!」
息が上がってしゃべる余裕はなかったけれど、このときばかりは言い返した。さすがに言われっぱなしというのは気分が悪いからね。
すると、僕の言葉に体堂が反応した。目を剥いて思い切り踏み込んできて右拳で殴りかかってくる。
”右脇の下を通り抜けて!”
ソムニの言葉を聞きながら僕は半透明の自分の姿を追いかけた。髪の毛に体堂の右拳の風圧を感じながら、飛び込むようにしてその背後に通り抜ける。続いて左肩から床に倒れ込んで一回転して立ち上がった。
右拳を振り抜いた体勢の体堂に対して、そのやや右背後で僕は対魔物用大型鉈を手にかける。目だけをこちらに向けている体堂に視線を合わせた。
一歩大きく踏み込んで対魔物用大型鉈を鞘走らせる。
”いけー!”
「やめっ!」
二人の言葉を聞きながら僕は対魔物用大型鉈を振り抜いた。身をよじって逃げようとする体堂のへその辺りで上半身と下半身を切断する。
切断された上半身が床に落ち、下半身が倒れた。体堂が呻く。
「はーっ、はぐ、いでぇ! くそっ、この、ヤロウ!」
「うわ、まだ動けるんだ」
”超人化処理してるから生命力が強いのよ。それでも無限じゃないから放っておくとそのうち死んじゃうけど”
両手で床を張って僕に向かって来る体堂を見て僕は顔を引きつらせた。サイボーグ化とはまた違う恐ろしさを垣間見た気がする。
しばらくその姿に戦いていた僕だったけど、疑問が一つ思い浮かんだから尋ねてみる。
「体堂、どうして僕達がここにいるって知ってたの?」
「かはっ。はは、なんも、知らねぇ、んだな」
「魔窟以来何度も襲ってきたけど、誰かに依頼された?」
「ふん、どうだったかな」
質問にはまともに答える気がないことを知って僕は黙った。
そんな僕の隣にミーニアさんが寄ってくる。まだ体堂を警戒しているようで慎重に距離を取っていた。
ミーニアさんを見た体堂が顔をゆがめる。
「ちくしょう、手に入れ損なったな」
「魔窟でわたくし達を襲ったときに老魔法使いがいましたが、あの者は何者ですか?」
「ハーミットのことか? はは、イカレた野郎さ。不老不死なんて、求めてやがる、んだからな。くくく、あいつ、この遺跡のシステムに、登録されてたから、オレ達も安全だった」
「登録されていた? そのハーミットという老魔法使いは、純化計画の元関係者なのですか?」
「はぁはぁ、知りたきゃ、下に行け。あいつは、何かしようと」
息も絶え絶えだった体堂は最後に苦しそうに呻くと動かなくなった。
事切れた体堂から目を離した僕とミーニアさんは顔を見合わせる。不老不死を求める魔法使いなんて穏やかじゃない。
そんな僕達に対してソムニが声をかけてくる。
”さっきダウンロードした地図を見ると、このひとつ下の地下三階が被験者を保存する倉庫で、もう一つ下の地下四階に魔方陣があるみたいよ”
「魔方陣? ここ、純化計画の遺跡なんだよね? そんなものがあるの?」
”純化計画だからこそあるんじゃない? 科学と魔法を使って不老不死を目指してたんだから、あってもおかしくないわ”
純化計画に詳しいわけじゃない僕はソムニの返答を聞いて黙った。納得できるようなできないような微妙な感情がわき上がってくる。
「わたくしはその魔方陣へ向かうべきだと思います。体堂が今際の際に下へ行くよう言い残した以上、ハーミットという魔法使いが何かしている可能性が高いですから」
「確かに。それは僕もそう思います」
魔法使いと魔方陣の二つの親和性が高いということもあるけど、その魔法使いが純化計画の元関係者というなら魔方陣のある場所で何かしている可能性は高い。
一度上に戻るつもりだった僕達は、急遽階下へと向かうことにした。