分かれた経緯
ずっと暗い通路を進んでいたせいか、明かりの点いている通路を歩くのはずっと楽に思えた。例え再び防衛機構に襲撃されたとしてもだ。
ミーニアさんのいう水気が薄れると、当たり前のように防衛機構のロボットや各種ギミックが僕達を迎え撃ってくる。ただし、出てくるロボットやギミックの種類こそ地下一階と同じだけど、数は単純に倍に増えていた。
物量という言葉が脳裏にちらつく中、僕とミーニアさんはこれらの防衛機構の装置をひたすら破壊して前に進む。
そんな中、ソムニは自立型警備ロボットが現れたときに、佳織の助言に従ってそのうちの一機をハッキングした。
もちろん僕は何をしているかなんてわからない。そもそも戦っている最中だったのでそれどころじゃなかった。
そして、目の前の戦いが終わったときには必要な情報は取得し終えていたと聞く。自立型警備ロボットを動けないようにしつつ壊さないというのは面倒だった。
対魔物用大型鉈を鞘にしまいながら僕はソムニに尋ねる。
「ソムニ、何がわかったの?」
”う~ん、結構重い話かなー”
珍しく歯切れの悪い言い方に僕はミーニアさんと顔を見合わせた。
しばらく黙っていたソムニだったけど、やがて話し始める。
”まず最初に軽い方の話からするね。この遺跡のシステムに入り込んで、ついさっき優太とミーニアに高めの権限を与えたわ。だから、これからどこに行っても防衛機構にもう攻撃はされないわよ”
「そりゃ良かった」
”あと、ここの地図も手に入れたわ。これでもう迷うことはないわよ。全部で四層あるのね、ここ”
「なるほど、どちらも今のわたくし達に必要なものですね」
”で、重い方の話なんだけど、ごく一部だけど純化計画の過程の記録が見つかったわ。神谷佳織に関してのね”
『私の?』
さすがに自分のことは気になったのか、佳織も口を挟んできた。
その声には応えずにソムニは話を続ける。
”とはいえ、データベースの劣化やデータの削除なんかでわかったことは少ないわ。その一部のデータによると、佳織はとても優秀な被験者だったみたいね”
『それは大人がたまに言っていたわ。でも、何が優秀だったのか結局わからなかったけど』
”佳織はね、魂と肉体が分離しやすかったの。幽体離脱って知ってるでしょ? あれよ”
『え?』
意外にオカルトな返答で佳織だけでなく、僕も驚いた。でも、ミーニアさんは驚いていない。もしかしたら魔法を使う人にとっては意外じゃないのかもしれない。
”純化計画は不老不死を達成するための計画なんだけど、それじゃどんな形が理想型なのかっていうと魂だけの存在になることなのよ”
「しかし、魂だけでは人はこの世に留まれません。ですから、この世に魂をつなぎ止めるための方法が必要なはずです」
”ミーニアさすがね。その通り。だから純化計画では精霊を利用しようとしたのよ。魂をこの世につなぎ止めるために精霊と掛け合わたの”
「あれ? でもソムニ、きみは僕を起点にしないと精霊ってこの世に留まれなかったよね? だとすると、魂は精霊でつなぎ止められても、精霊はどうするの?」
”全部で三つあった純化計画の最難関の一つがそこだったのよ。順番に説明すると、最初の難関が魂と肉体をきれいに分離できるかどうかだったわ。だからこれは、幽体離脱しやすい子を集めて対処した”
『それが私だったのね』
”そう、最終的には希望者は誰でも処置できるようにするつもりだったみたいだけど、とりあえずは第一段階をクリアしやすい人材で対処したの”
少し細かい話もソムニは続けてしてくれた。失敗した被験者は、死んだり植物状態になったりしたらしい。
黙り込んだ佳織をよそにソムニは尚も説明する。
”次の難関は人の魂と精霊を掛け合わせることだったわ。何しろ本来は別々の存在だから、とにかく反発ばかりして大変だったみたい”
「それはそうでしょう。精霊はそれ自体が完成した存在です。一体どのようにして掛け合わせたのですか? わたくしには想像できないのですが」
”困ったことにそこのデータは読み取れなかったのよねー。でも、この第二段階と呼べる部分は部分的に成功したみたいなのよ”
「部分的にですか?」
”そうなの。魂を精霊と掛け合わせることはできたみたいなんだけど、記憶までは引き継げなかったらしいわ”
僕とミーニアさんは顔を見合わせた。魂と精霊の掛け合わせに成功したけど記憶は駄目だったというのはどういう状況なんだろう。
”それってやる意味あるのってアタシも初めて知ったときは思ったわ。何しろせっかく不老不死になっても記憶喪失じゃ意味ないものね”
「僕もそう思った。でも、なんで記憶は引き継げなかったんだろう?」
”そこは研究中だったみたいよ。そもそも魂に記憶は刻まれているのかということも含めてね。何にせよ、第二段階は部分的な成功をした”
「最後は?」
”最初に言っていた魂と精霊をこの世につなぎ止めておく方法よ。どっちも放っておくとどっか行っちゃうしね。で、魂は精霊と掛け合わせることでどうにかしたんだけど、問題は精霊の方なのよね~”
「ソムニは僕を起点にしてるんでしょ? 同じようにしたら解決するんじゃないの?」
”そもそも精霊はそんなことしないのよ。原則としてみんな元の世界に戻りたがるものなの。それに、何かを起点にするってことはその何かに縛られるってことなのよ。これを純化計画の関係者は嫌った。だってそれじゃ、結局魂と肉体の関係と同じだから”
肉体の制限から解放されるために魂だけの存在となったのに、別のものに縛られては意味がないということらしい。不老不死が実現できたんならとりあえず満足しても良いように僕には思えるんだけどなぁ。
人間の欲深さに呆れながらも僕達はソムニの話を聞く。
”というように、課題はいくつも残ってたとはいえ、不完全ながらも魂と精霊の掛け合わせに成功したのよね。それで、当時はそこから更に研究するはずだったんだけど、大厄災で計画は崩壊しちゃったってわけ”
「魂と精霊を結びつけた件はわかりました。しかしそれでもまだ大きな問題が残っていますよね。魂も精霊も非物理的な存在ですから、物には触れられません。特に研究者などが不老不死を望む場合、この点は解決すべきことになるとわたくしは思うのですが」
”ミーニア冴えてるわねぇ。そう、だからこの魂と精霊がコンピューターを扱えるように教育したのよ”
「教育、ですか?」
”そうよ。でも実はこれ、割とあっさり解決したわ。精霊が魔法を扱うように魂の方にコンピューターを扱わせたの。人間のときの感覚が残っているのを利用したのよ”
「そのようなことができるのですか?」
”できちゃったってのが本当のところみたい。あんまりにもあっさりできて当時の研究者も驚いたくらいよ。しかも、下手なコンピューターよりも処理能力が良かったものだからみんな大喜び!”
なんだか半分やけくそみたいな言い方でソムニはミーニアさんの質問に答えていた。不思議に思っていた僕だったけど、次のミーニアさんへの返答でその理由を知る。
「では、その成功例である魂と精霊の融合体は今どうなっているのですか?」
”それ、実はアタシなのよ。だから、今ここにいるってのが回答ね”
聞いていた僕達は黙った。けど、話の途中から僕はそんな気がしていたからあんまり驚いていない。それよりも、もっと嫌な可能性のことを考えていたからだ。
僕は急速に胸がむかついてくることを自覚した。