三度目の落下
女の子を助け出した後のことで悩んでいた僕達だったけど、今いる遺跡はそんなことをいつまでも許してくれる場所じゃなかった。通路の前後から自立型警備ロボットと機関銃多足歩行機がやって来る。
「うわ、まずい!」
”最初に機関銃多足歩行機を叩くわよ! 後ろに自立型警備ロボットがいるうちは撃てないでしょうからね!”
ソムニの言葉を信じて僕達はまず後方からやって来た機関銃多足歩行機に近づいた。こいつらは敵味方の識別ができるようだから、それを利用しようというわけだ。
思惑通り機関銃多足歩行機は僕達を射線上に捕捉しても撃ってこない。これ幸いに一機ずつ壊していった。
今度は返す刀で自立型警備ロボットに向かったけど、もう奥から次の防衛機構のロボットがやって来ている。
「この奥って何かあるのかな?」
「少し前よりも攻撃される頻度が高くなりましたね。行って調べるのも仕事のうちですので前に進みましょう」
わからないのはミーニアさんも同じだったから返答は予想通りのものだった。
小銃を撃ち対魔物用大型鉈を振り回しながら僕は前進する。銃弾は弾かれることが多いけど、対魔物用大型鉈は一振りできれいに斬れた。これが普通の金属製だったら絶対こうはいかなかっただろうな。
前に進むにつれていつしか足音に水の音が混じるようになっていた。ごくわずか、ちょっと強い雨が降った後みたいな感じだ。通路の壁や天井に這っているひびは湿っている。
滑らないよう足下に気を付けながら足を進めて防衛機構のロボットを倒していくと、前に機関銃多足歩行機みたいなロボットが二機現れた。六脚という点は同じなんだけど、運搬台には口径の大きい筒が一つ据えられている。
のっしのっしと歩いてやって来るそれを一瞬呆けて見た。けど、すぐに我に返ってソムニに尋ねる。
「ソムニ、何あれ!?」
”機関銃多足歩行機の二十ミリ機関砲版ね。当たったら消し飛ぶわよ!”
「後ろにロボットは、いない!?」
”走ってアイツの脇を駆け抜けて! もたついてると死ぬわよ!”
言葉で鞭打たれた僕は全力で走り出した。隣のミーニアさんも同じく駆ける。
一瞬遅れて敵のロボットは二十ミリ機関砲を撃ち始めた。途切れない発砲音と共に弾丸が脇を逸れていく。通路の左側を僕、右側をミーニアさんが全力で走った。
敵のロボットはそれぞれが僕達に向かって機関砲を撃ちながら後退していく。少しでも攻撃時間を延ばそうという魂胆か。随分と頭が良いじゃないか!
床には薄い水が張っていた。足の裏で叩いた水が周囲に跳ねる。二十ミリ機関砲の火線から抜けた。対魔物用大型鉈を水平に構えてロボットの右足三脚を一気に斬る。
駆け抜けた直後、派手な飛沫が飛び散ったミーニアさんの安否を確認するためと残る一機も擱座させるために僕は急停止して振り向いた。
その瞬間、足下がいきなり崩れ落ちる。
「え?」
何が起きたのか理解できなかった僕は呆然としたままだった。足下を支える床が消えたせいでどこにも掴まるものがない僕も下に落ちる。
この感覚は知っていた。去年の春に体験したものとまったく同じだ!
「うわ」
”ちょっと体を借りるわよ!”
頭の中にソムニの声が響いたかと思うと落下する感覚が消えた。いや、正確には僕の感覚が体から切り離されたんだ。
まるで主人公視点で映像を見ているような感覚でその後の様子を眺める。自分の体なのにまったく動かせないというのは不快だけど、こんなどうにもならない状況だと逆に恐怖感があまりなくて助かった。
床の下は本当に真っ暗で何も見えない。上から差し込む光は弱すぎて穴の周囲しか見通せなかった。僕だったら絶対にまともな判断もできずに落ちるがままだったろう。
ソムニに操られた僕の体はしばらく宙を落下し、数秒後には瓦礫の上に着地する。僕自身は暗闇のせいで周囲の様子は一切わからないけど、ソムニは迷わず僕の体を動かした。
ヘッドライトが付いた。目の前の暗闇をいくらか後退させただけで相変わらず真っ黒だ。それでもソムニが僕の体を歩かせると、まだ動いてるけど脚が壊れて動けない先程のロボットが蠢いていた。対魔物用大型鉈を持った僕の体は的確にその急所を突いて停止させる。
周囲を見回すと、少し離れたところに淡い光の球を浮かべているミーニアさんを見かけた。そこで、体の自由が利くようになる。
「うわっ!」
「優太、無事ですか?」
「はい、何とか」
声をかけてくれたミーニアさんに近づこうとした僕だったけれど、周囲が暗すぎてほとんど何も見えなかった。
どうしたものかと考えていると、視界全体に白い線画が現れる。
”優太、白い線で描いた周りの様子はちゃんと認識できてる?”
「できてるけど、これなに?」
”白い線で描いた風景よ。今の状況だとヘッドライトを点けたところで周りなんてほとんど見えないでしょ? だから描いてあげたの。何も見えない寄りかはマシのはず”
説明を聞きながらもう一度周囲を見てソムニの話の意味を理解した。検知できないところは描画できていないようだけど、近場に関してはとりあえずこれで動き回れる。
そうして今度こそミーニアさんへと近寄った。その表情はいつも通りのように見える。
「ミーニアさん、怪我とかはないんですか?」
「はい。落ちたと気付いてすぐに風の魔法で浮きましたから」
「相変わらず便利ですねぇ。いいなぁ」
「ふふ、わたくしよりも優太の方が大したものですよ。何しろあの急な落下から無傷で着地したかと思うと、あの二機を倒したのですから」
「落ちた瞬間にソムニが僕の体を動かしてくれたからですよ。自分だとあんな風にはとてもできません」
”いや~驚いたわよねぇ。まさか床が抜けるなんて思わなかったもの”
「最初は落とし穴かと思ったんだけど違ったね」
落下中の感覚はないけれど、あんなどうにもならない状況からよく無傷で切り抜けられたと思った。落ちたのはこれが最初ではないけれど、もう体験したいとは思わない。
とりあえず気分が落ち着いた僕は改めてソムニへと尋ねてみる。
「ところで、ここってどこなの?」
”ん~、地図を見るに二階なんだろうけど、正規じゃないルートで下りたからどの辺なのかはわかんないのよね”
「これ上に戻れないかな?」
”今の装備じゃ無理でしょ。ミーニア一人なら戻れるけど”
「さすがにそれは」
”動いて!”
話を振られたミーニアさんが口を開いたとき、ソムニが叫んだ。
何が何だかわからなかったけれど、とにかく緊急事態だということはわかったので僕とミーニアさんはその場から飛び退いた。直後、元いた場所が銃撃される。
上を見ると、地下一階の通路から防衛機構のロボット達が銃撃を加えていた。数が少なくて散発的なおかげで当たる気がしないのが救いだ。
顔を上に向けたままのミーニアさんが独りごちる。
「これでは上がれませんね。この地下二階から上に続く階段を探さないと」
「ソムニ、階段がどこにあるか、って今の場所もわからないんだったよね」
”そうよ。だからしばらく歩き回ってもらうしかないわ”
「上の階であんなだったのに下の階の防衛機構ってなると、はぁ」
「遺跡内部では本部との通話もできませんし、わたくし達は追い込まれてしまいましたね」
珍しく厳しい表情のミーニアさんの意見に僕はうなずいた。予備は多めに持ってきているとはいえ、銃弾の数にも限りはある。早めに何とかしないといけない。
このままじっとしていても仕方ないので僕達はこの場を離れた。




