かつての権限(ハーミット視点)
魔法使いという人種の多くは、際限のない知識欲というものを持ち合わせておる。そのため、何かしらの追求するべき命題というものを抱えておるのが常じゃ。
しかし、人の命とは限りあるもの。その命題を追求し終えてから死ぬ者などまずおらん。大抵は弟子に事後を託して世を去ることになる。
人としての理に沿うのならばそのような形になるじゃろう。じゃが、あくまで自分で追求したいと願う者もわずかながらにおる。ワシのように。
多少寿命を延ばす程度で済むのなら良いが、大抵はその程度で満足できん。研究に必要な時間に対して寿命が圧倒的に足りんのじゃ。故に、自らの延命をひたすら追い求めることになる。その行き着く先が不老不死じゃ。
大蔵財閥の探索チームが拠点を置いておる場所から山一つ分隔てたここに、ワシは配下の二人と共に立っておる。目の前には朽ち果てつつある建造物の入口が口を開けておった。
それを見ながら体堂はワシに不審のこもった言葉を投げかけてきよる。
「本当にここでいいのかよ?」
「構わんとも。地図にも載っておろう」
「百年以上前の地図だろ? どんだけ当てになるんだか」
若干ワシも同じ気持ちじゃが、さりとてここで引き返すわけにもいかん。大蔵財閥の者達は既に施設へと入り始めておると聞く。もはや猶予はない。
二人には見えんようにワシは右手でみぞおちの辺りを押さえた。
元の世界で延命を図り三百年弱、こちらの世界でも既に百年以上が過ぎておる。延命の手段はあってもこの体がもはや耐えられぬ。
単純に生きるだけならばサイボーグ化という方法もあるが、あれをすると魔法が極端に使いにくくなることが実験でわかっておる。故にあの手段はワシには使えん。それに、元の世界に戻った後に整備できねば早晩朽ち果ててしまう。
何ともままならぬことにワシは小さくため息をついた。
そんなワシの思いなど知らぬ冷川も尋ねてきよる。
「遺跡の防衛機構をどうにかできるとのことだが、当てにしていいのか?」
「半々といったところじゃな。仕組みが生きており、なおかつ正しく動いておる必要があるしのう」
「あまり期待するなということか」
相変わらず表情を変えずに会話をするやつじゃな。言葉だけなら落胆しておるように思えるが、実際のところはどうなのやら。
ただ、ワシとしても科学によって築かれた仕組みについてはわからんので、この二人同様祈るほかない。
かつて純化計画に参加しておったワシには、当時の施設に出入りするための権限を与えられておった。委員会の一員じゃったワシの権限はかなり高く、すべての施設に出入りできるはずじゃ。
よって、この施設の防衛機構はワシを関係者と認識して手出しはしてこぬはず。そして、それを知るためには中に入らねばならん。正常に動いておることを期待するしかあるまい。
毅然とした態度でワシは二人に向かって話す。
「ワシが先頭に立って入る。かつての権限が生きておれば何も起こらんじゃろう。しかし、正常に動いておらなんだ場合は、そちらに露払いを任せる」
「正常に動いてくれていてほしいもんだな」
「その点は俺も同感だな」
ワシの顔を見返してきた二人の表情には不信感が半分表れておった。まぁよい。
身を翻したワシは朽ち果てつつある建造物の入口から中に入って行った。
呪文を唱えて小さな光の球を出すと周囲の闇がいくらか払われる。土砂まみれの床を踏んで先に進むと、引き戸式の扉が閉まっておった。
すぐに振り向くとワシは二人に任せる。
「電気とやらが通っておらんみたいじゃな。この扉を開けてくれ」
「ご自慢の権限も電気が通ってなけりゃ使えねぇってか。大変だねぇ」
「中に入ってからの活躍に期待しよう」
数歩下がるワシと入れ替わるように、二人が前に出て扉に取り付いた。そして、タイミングを合わせて引きちぎるように扉を横にずらす。さすがに体を改造しておるだけあって、あの二人にかかればこの扉も要をなさんかった。
鉄の悲鳴が耳に残る不快さに眉をひそめながら扉の奥を見ると、通路がやや暗いが明かりに照らされておるのが見える。どうやら仕組みは生きておるらしい。
二人が目を向けてくる中、ワシは何事もないかのように廊下へと入った。明かりが照らす風景は荒んだ様子じゃが、この辺りはまだ誰も通ってはおらぬらしいことがわかる。
「ふむ、ここに防衛機構とやらはないのかの?」
「ハーミット、どうなんだ?」
「まだわからん。この近くには何もなさそうなのでな」
通路に入ったワシの様子を見ておった体堂に返答してやった。一瞬渋井表情をしたが、やつも通路に入ってくる。続いて冷川もじゃ。
とりあえず、防衛機構に出会さねば何とも言えん。ワシは当初の予定に従って進むことにした。通路の右側へと進む。
当たりの様子を窺いながら体堂が問いかけてくる。
「こんな堂々と進んでいいのかよ?」
「それを確認するために堂々と進んでおるんじゃよ。早いとこ防衛機構に会わねばならん」
「ふん、会わずにそのまま行けりゃ問題な」
途中で言葉を句切って体堂が身構えると同時に、前方の分岐路から自立型警備ロボットが現れおった。施設を警備しているロボットで、上半身は人体で下半身は六脚という異形の機械じゃな。
そやつが三体、ワシらに近づいてきよる。冷川も体堂に倣って小銃を構えたまま動かん。
三体ともがワシらの前で止まると、先頭の一体が声をかけてくる。
「オ名前トゴ登録IDヲ照会サセテクダサイ」
「名はハーミット、IDはA045UK39BD」
「照会ガ完了シマシタ。ヨウコソ、純化委員会役員ハーミット様。次イデ、後ロノ方モ照会サセテクダサイ」
「この二人はワシの配下じゃ。ゲスト登録してくれんか」
「承知シマシタ。ゲスト登録中。オ名前ヲ教エテクダサイ」
自立型警備ロボットの対応に満足したワシはゆっくりと振り向いた。体堂と冷川の二人は面食らった顔をしておったが面白い。
「体堂剛だ」
「冷川敏」
「ゲスト登録ガ完了シマシタ。権限ハ一時滞在者デスノデ、高位権限ガ必要ナ区域ニハ入レマセン。ゴ注意クダサイ」
用が済んだ自立型警備ロボットはワシらの前から去っていきおった。体堂も冷川も半ば呆気にとられておる。
「どうやらこの施設の仕組みはまだ正常に動いておるようじゃの」
「マジかよ」
「ということは、ここの防衛機構に妨害されることなく行動できるということか」
「そうじゃな。あちらと違って堂々と動けるわけじゃ」
正直なところ半ば賭けではあったがこうもうまくいくとはのう。ワシらはかなり楽ができそうじゃな。
上機嫌でうなずいておると、体堂が話しかけてきよる。
「この分だと地図の方も期待できそうだな」
「形を保っておるのなら信じて構わんじゃろう」
とは言うておるが、実際のところはワシはほぼ地図通りじゃと考えておった。施設全体の仕組みが動いておるのなら施設そのものも大して傷んではおらぬはず。
「それでは参るとしようか。少し歩かねばならんがの」
「乗り物みたいなのはねぇのかよ?」
「あればとうの昔に出迎えてくれるはずなんじゃが」
「そこはきっちり壊れてんのか。使えねぇ」
「歩くだけで済むのなら悪くないと思うが」
「けっ、真面目だねぇ、てめぇは」
横から口を挟まれた体堂は肩をすくめおった。しかし、煽られた冷川は無反応じゃ。それを見た体堂は面白くなさそうに前を向く。
幸先の良いことに機嫌を良くしてワシも二人と同じく歩き始めた。これで誰よりも先んじられそうじゃ。