偽物のために
格上の相手と戦うことの苦しさを思い知りつつも僕は体堂と戦い続けた。たまに拳を受け流したときに強烈な衝撃を腕に受けて、一撃でも当たれば大抵致命傷になりそうなことを実感する。
戦いは今や、ソムニの解析が早いか体堂の一撃を受けるのが先かという話になっていた。一瞬だって気が抜けない。
「大して反撃してこねぇなぁ! やっぱこんなもんか!」
「くっそ!」
強化外骨格を装備しているというのに腕が痺れてきた。超人化するということがどういうことなのか今初めて知る。サイボーグ化することとはまた違った恐ろしさだ。
いくら強力な支援があるとはいっても戦う僕の体力には限りがある。何ヵ月も鍛えていたから春の頃よりもかなり成長していたとしてもだ。もういつミスをしてもおかしくない。
そんな状態まで追い込まれた僕だったけど、ついにソムニから待望の言葉を聞く。
”よっし、わかった! 反撃するわよ!”
「うん! って、あれ?」
ようやく希望を見出せた僕がやる気を奮い起こしたとき、突然体堂が僕から離れた。何が起きたのかと注意深く見ていると、渋い顔をしながらつぶやいている。
「ちっ、いいとこなのによ。ああ、わーってる。しょうがねぇなぁ。おい、てめぇ、今日のところはこのくらいにしておいてやる。次会ったら絶対ぶっ殺してやるからな!」
「逃げる?」
「ばーか、ちげーよ! 目的は達成したから引き上げるだけだ! 大体お前、今までオレにボコられてたじゃねーか! 今度は最後までやってやるからな!」
まるで相手にしていないという様子の体堂は踵を返して去って行った。勝負を中断した理由がわからない。
僕が呆然としていると荒神さんから通話要求があった。我に返った僕は通話機能を立ち上げる。
『大心地、こっちの敵は退却していく。そっちはどうだ?』
「体堂も今引き上げていきました。目的は達成したって言ってましたけど」
『だろうな。輸送車両ごと魔法の道具は全部灰になっちまったし』
戦闘音が聞こえなくなった周辺を僕は見回した。穴だらけの随伴車両に破壊された輸送車両、地面には死傷者が横たわっている。
一通り見た後、僕は何となく輸送車両に近づいた。今の時代は化石燃料を使っていないから燃えることはないけど、輸送車両の荷台の部分はひどい有様になっている。
白い円に囲まれた黒い五芒星が描かれた箱も砕けたりひしゃげたりしていた。当然中の物も粉砕されて周囲に散らばっている。元がどんな形だったのかすらわからない。
道路上に散らばっている魔法の道具の破片を僕は一つ拾い上げた。薄茶色の陶器みたいなものだ。僕にはそれが何かさっぱりわらない。
けれど、また元に戻そうと腰をかがめたときにソムニが声をかけてくる。
”おかしいわね。それ本当に魔法の道具?”
”そうなんじゃないの? なんかそれっぽい紋様か文字みたいなのも描いてあるし”
”そんな雑な判断で決めつけたらダメじゃない”
”じゃ、これが魔法の道具じゃないってどうして思ったの?”
”だって魔力が全然通らないんだもん”
”え? どういうこと?”
”魔法の道具っていう以上は、絶対どこかの部分が魔力を通すようにできているものなの。この場合、陶器みたいな本体か、その紋様みたいなところがね。けど、今アタシが試してみたところ、まったく魔力が通らなかったわ”
”なんで?”
”魔法の道具じゃないからでしょ”
”もしかして、間違えて積み込んじゃったとか?”
”それはないでしょ。だって箱からして他の物とは区別しやすいようになってるし、その魔法の道具用の箱に入ってたやつの破片でしょ、それ”
ソムニの話を聞いた僕はもう一度手にした破片に目を向けた。僕にはどうやっても見分けがつかない。
もしこの輸送車両で運んでいた物が偽物ならば、遊撃者はまんまと一杯食わされたことになる。体堂の言葉からすると目的を達成したと勘違いしているんだから、むしろ破壊させて良かったと言えるくらいだ。
けど、そうだとしたら僕達も騙されていたことになる。本物と信じてみんな戦い、死んだ人もいるんだ。それを思うと素直に喜べない。
どう考えたら良いのか僕にはわからなかった。荒神さんに相談するとすっきりとするかもしれないけど、ソムニの存在を知らないからそれはできない。
もやもやとしている僕のところに荒神さんが近づいて来る。
「災難だったな。本部に連絡はしてあるそうだから、もうすぐしたら救助が来るそうだ」
「そうですか」
「元気ねぇな。魔法の道具を守れなかったのは残念だが、生きていただけでも良としなきゃな」
「死んだ人は報われませんよね」
「あん? どうした?」
「いえ、なんでもないです」
返事をしながら僕は破片を元の場所に戻した。
それからしばらくしてから救助に来てくれたハンターや警察が到着する。死傷者は救急車で運ばれ、軽傷者や無傷の人は現場検証に付き合うことになった。まさか一日に二回も事情聴取をされることになるとは予想外だ。
すっかり日が暮れてから解放された僕達は倉庫へと戻る。最初に責任者である佐伯さんに報告してからその日は解散となった。
体を洗ってさっぱりとしてから与えられた部屋に戻り、携帯食料を囓る。あまり食欲がないから夕飯はこれで済ませるつもりだ。
もそもそとチョコ味の塊を食べているとソムニが声をかけてくる。
”こっちに戻ってからずっと敷地内の様子を見てたんだけど、やっぱりあの箱に入ってたヤツって偽物みたいね”
「また違法行為してるんだ。それで、なんで偽物ってわかったの?」
”あの勝利ってヤツが、本社の怜香と話をしていたときにはっきり言ってたからよ”
「なんでそんなことを」
”昨晩ここの倉庫が襲撃されたでしょ。あれの手際が良すぎるから、内通者の存在を疑っていたみたい。ただ、その内通者は見つからずじまいだけど”
あんなことをする理由がわかって僕はようやく納得できた。それでももやもやしたものは残るけど。
”で、表向きは本物の魔法の道具が壊されたことにしておくんだって。だから、このことが公表されるのは、遺跡探索が始まるときなんでしょ”
「襲撃者を油断させるためだよね、それ」
”そうよ。これで次の襲撃がなくなるんなら悪くないって考えよ”
「これみんなが知ったらどう思うんだろう」
”案外平気なんじゃない? 企業関係の仕事でこういうことは珍しくないみたいだし”
「えぇ」
知りたくなかった事実を教えられて僕はげんなりとした。ということは、僕だけが不満に思っているということか。なんか納得いかないなぁ。
口を尖らせる僕にソムニが慰めの言葉をかけてくる。
”あの魔法の道具が本物であれ偽物であれ、どうせやることは変わらなかったんだしいいんじゃない?”
「そ、それはそうなんだけど」
”仮に最初から教えてもらっていたとして、アンタ周りの人に最後まで隠し通せる自信ある?”
「うっ、そう言われると」
”いい気がしないのはみんな一緒よ。でも、何でもかんでも本当のことを知ればいいってわけじゃないんだから、ここは我慢した方がいいんじゃない?”
穏やかに諭されているうちに僕はそんな気になってきていた。不満に思うことが許されるのならば諦めることもできるかもしれない。
でも、遺跡探索のときに同じことをされたらどうなるんだろうと僕はふと思った。具体的に何か思いつくわけじゃない。けれど、何となく不安を感じてしまう。
食べ終わった携帯食料の空箱に目をやる。しばらくして、僕はそれをごみ箱へと捨てた。