あのとき見た男
増援がやって来た。でもソムニの言う通り、やって来た味方のハンター達はまず倉庫へと向かう。すると、明らかに防衛側が優勢となった。
押され始めた襲撃者達はじりじりと後退していく。それはつまり僕の近くに敵が近づいてくるということだ。
放っておくと挟み撃ちに遭いかねないので、僕は倉庫から後退してくる敵を一旦やり過ごすことにした。一人ではいくら何でも無理だ。
周囲の様子を観察しているソムニが僕に声をかけてくる。
”もう倉庫は襲えないから敵は退却するみたいね”
”一人だと返り討ちに遭いかねないから、放っておいても良いかな?”
”味方がもうそこまで来てるわよ。あとはアイツらに任せて、アンタは荒神と合流すべきね”
その選択肢があることを思い出した僕は素直にうなずいて行動に移った。
何度か出会した襲撃者を倒しながら進むと、敵と戦っている荒神さんを発見する。しかし、様子が少し変だ。
「一人の敵と互角に戦ってる?」
”みたいね。他は門のところへ引き上げているわ”
荒神さんと戦っている敵は退却する味方を援護しているらしかった。随分と勇敢だなと感心する。赤枠で囲まれたその顔は角刈りに厳つい風貌だとかろうじてわかった。
ともかく、このままでは引き上げる敵を逃がしてしまう。僕は奮戦している敵に銃口を向けて引き金を引いた。乾いた音と共に銃弾が発射され、相手の元へと一瞬で飛んでいく。
「えっ!?」
”腕で弾いた!?”
銃口から白い線に沿って銃弾が飛んでいくので外れるとは思っていなかった。けど、まさか命中寸前に腕で振り払われるとは予想外だ。
何が起きたのかわからなかった僕にソムニが伝えてくる。
”アイツ、腕をサイボーグ化してるのよ! だから弾けたんだわ!”
「盾を持ってるとかじゃなくて?」
”そんなもの見当たらないわ。厄介ね。どこが生身の体なんでしょ”
捲し立てるように主張するソムニに僕は困惑した。確かに体をサイボーグ化しているハンターは珍しくない。けど、今まで魔物中心に仕事をしていた僕にはそんな相手と戦った経験がほぼないから、どうするべきかわからなかった。
そんなときに荒神さんから通話が入る。
『今あのサイボーグ野郎に攻撃したのはお前か!?』
「荒神さん? 一人で戦っている敵のことでしたらそうですけど」
『よし、二人で押さえ込むぞ! って、あいつ!』
倉庫から退却してきた襲撃者と追撃してきた防衛側との戦いで白い鉄製の門近辺が騒がしくなると、サイボーグ化した男が煙幕を焚き始めた。たちまち前方一帯が見えなくなる。同時に防衛側ハンターの前にも煙幕弾が撃ち込まれたらしく、煙がいくつも上がった。
けれど、僕の目の前には相変わらず赤枠が表示されたままだ。門の奥へと引き上げた敵は壁向こうで来た道に沿って逃げようとしている。
「荒神さん、手榴弾って持ってます!?」
『あるぞ! どうすんだ?』
「あの壁の向こうに敵がいますから適当に投げてください! できれば東側に向かって!」
『よっしゃ!』
意図を察してくれたらしい荒神さんがすぐさま壁の向こうへと手榴弾を投げつけた。一つは門の裏手、もう一つは壁の奥の東側に。
赤枠は次々に門の奥へと移っていき、そこから東側へと素早く動いていく。例外なく走っているからあまり敵を巻き込めそうにない。それでも二回の爆発で四人が倒れた。
そこからの追撃は増援でやって来たハンター達に任せる。さすがに疲れたからね。
煙幕が徐々に晴れていく中、荒神さんが近づいてくる。
「よう、お疲れ。まさかこんなに本格的な襲撃をされるとは思わなかったな」
「そうですね。普通こんな大々的に仕掛けるものなんですか?」
「いや聞かねぇな。かなり珍しい」
僕に尋ねられた荒神さんが首をひねっていた。日々のニュースでもそんな話は聞いたことがないから、本当にそうそうないことなんだろう。
聞こえている銃声は徐々に遠くなっていた。どのくらいの敵が逃げ切れるのかわからないけど、とりあえず僕達の戦いはこれで終わりだ。
そこへソムニが声をかけてくる。
”監視カメラのハッキングが解除されたわね。連中は外に逃げおおせたみたい”
”主犯格を捕まえられたら良いんだけどなぁ”
”どうかしらね。あのサイボーグ化したヤツだとしたら、ちょっと難しいんじゃない?”
ソムニの主張に僕は首を盾には振れなかった。確かに強かったけど、それだけで主犯格と判断するのは早すぎると思う。
難しい顔をして黙った僕の横で、荒神さんが壁を睨みながら独りごちる。
「にしてもあいつ、まさかこんなところで会うなんてな」
「誰ですか?」
「さっきのサイボーグ野郎のことだよ。あいつ、魔窟で俺達を襲ってきたときの一人だ」
「マジですか!?」
指摘されて僕は目を見開いた。もう少し詳しく聞くと魔窟のときは荒神さんと戦っていたらしい。僕が魔法使いの老人と戦っていたときだ。
思わず僕がつぶやく。
「となると、魔窟での襲撃と今回の襲撃は関係があるってことですか」
「そうなるな。おーお、だんだんときな臭くなってきたじゃねぇか」
「前回はハンターっていう人員を減らすため、今回は機材を壊すため、そんなに遺跡の探索をしてほしくないってことなんだ」
「ここまで派手にするとはねぇ」
大きなため息をついた荒神さんが首を横に振った。
この夜の襲撃はこれで終わったんだけど、後始末はこれから始まった。まず、警備に関しては全員で朝方まで実施することになり、その後敵味方の負傷者の治療と死体の回収をする。その間に現場検証と事情聴取も同時並行だ。
襲撃者の倉庫の侵入は阻止できたから機材はすべて無事だ。敵が重火器を持ってきて倉庫へと撃ったら危なかったけど、幸いそんなことにはならなかった。
翌朝になると警察がやって来たこともあって、僕達ハンターの警戒態勢は緩められる。一部のハンターが倉庫に残る以外は警備任務を一旦解かれた。
僕と荒神さんも倉庫から離れて与えられた部屋に戻る。離れにある簡易シャワー室で体を洗ってさっぱりして、外に出てから冬の寒さに凍えたりしていた。
とりあえずわずかでも体を横にして疲れを取り、空腹を覚え始めた昼近くにそのメッセージが届けられたことに気付く。
「佐伯さんからの呼び出し?」
”何かしらね?”
事情聴取は夜のうちに済ませておいたはずなのにと思いつつも、僕は事務所へと向かった。事務所前にたどり着くと、僕以外にも何人ものハンターが集まっている。
その前に佐伯さんが立っていた。僕を見ると口を開ける。
「突然呼び出してすまない。昨晩のことで本社と相談した結果、機材を別の場所に移すことになった」
「え?」
てっきり機材はここに最後まで置いておくと思っていた僕は、佐伯さんの発言に半ば呆然とした。それは周囲のハンター達も同様で困惑している。
みんなの前に立っている佐伯さんはその様子を見てもまったく動じていなかった。そして更に言葉を続ける。
「無闇に動かすことの方がかえって危険だということは承知している。しかし、すぐには警備担当者の数を増やせない以上、何度も襲撃されてはいずれ機材を破壊されてしまう。そこで、急遽やむなくより安全な場所に機材を移すことになった」
ならば仕方ないと僕は思えた。確か年末までここに人を寄こせなかったんだよね。そんな状態で襲撃を繰り返されるといずれ守りを突破される可能性はある。
そうして、急いで輸送集団が編成された。大半のハンターが組み込まれる。出発したのは昼過ぎだった。




