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ご老体の様子(ハーミット視点)

 比企財閥本社というご大層な建物の一室でワシは椅子に腰掛けておる。会議室と呼ばれるこの部屋には他にまだ誰も来ておらん。


 今回も比企孝史(ひきたかし)に呼びつけられて命を帯びた。気に食わんが今は仕方ない。つい先程引き受けた。


 とは言っても、ワシ自ら事を進める気はない。このような雑用は配下の者に任せておくのが一番じゃ。幸い、今のワシにも一応おるしのう。


 壁に掛かった丸い時計へ目を向ける。約束の(とき)まであとわずかじゃな。さっさと終わらせて養生せねばならん。


 気を落ち着けて座っておると、会議室の扉が開いた。目を向けると冷川(ひやかわ)が入ってきおった。相変わらず無表情じゃ。ワシへの挨拶もなしに最も離れた場所に腰を下ろす。


 しばらく間を置いて体堂(たいどう)が入ってきおった。こちらは随分と気だるそうにしておる。あやつもワシらと最も離れた場所に腰を下ろした。


 これで全員揃った。無言の会議室でワシは立ち上がると口を開く。


「先日の襲撃はご苦労であった。魔窟(ダンジョン)内で敵の手駒を減らしたことは、比企の総帥も評価しておるそうじゃ。大打撃とはいかんが、相手にとっては結構な損失と聞いておる」


「金一封でも出るのかよ?」


「いや、何も聞いておらんな」


「けっ」


 投げやりな問いかけをしてきた体堂に返答してやると、面白くなさそうに顔を背けおった。そのような不満をぶつけられてもワシには何もしてやれんのう。


 体堂とて子供ではない。ここで言い争っても益はないことくらい承知しておろう。ワシはやつを無視して話を進める。


「ワシらのおかげで手痛い打撃を受けた連中じゃが、それでも例の遺跡を探索する予定は変わっておらんらしい。今も探索の準備を進めておるとのことじゃ。そこで、比企の総帥から新たな指示が下った」


「その準備をぶっ潰せってことか」


「察しが良いの」


 褒めてやると体堂は鼻を鳴らした。しかし、今度は何も言うてこぬ。


 その間にワシは比企の総帥から与えられた資料をパソウェアのメッセージ機能で二人に送った。それに気付いた二人が届いた資料に目を向ける。


「大蔵財閥は今回、遺跡の探索に必要な機材を自分達の倉庫に集めておる。場所は資料にあるとおり、遺跡からそう遠くない」


「山の裾野にあるのか。結構広いな」


「普段から何かしらの資材置き場にしておるようじゃが、その一角に機材を保管しておるそうじゃ」


 今まで無言じゃった冷川の独りごちに合わせてワシが話を続けた。


 資料を見る限り、周辺に人の営みはほとんどない。どのような形で襲うにしろ、警察が介入しにくい場所じゃからやりようはいくらでもあるはずじゃ。


「さて、ここが肝心なところなんじゃが、機材を潰してほしいのはもちろんじゃが、特に魔法の道具については必ず破壊してもらいたい」


「遺跡の探索に魔法の道具だぁ? なんでそんなもんが必要になるんだよ?」


「純化計画が不老不死を目指した計画というのは以前話したと思うが、それを実現するために科学だけではなく魔法も使っておったんじゃ。そのために、探索するためには魔法を探知する機材が必要になるんじゃよ」


「うさんくせぇ話だな。ああそうか。だからお前がこのチームを仕切ってんのか」


「その通り。科学だけならワシの出る幕はないが、純化計画では魔法が重要な要素じゃからな」


「どうりで魔法使いを集めてこいって言われたわけだ」


 ワシとの対話で体堂は何かに思い至ったらしいが、どうやら過ぎ去ったことのようじゃな。放っておいて構わんじゃろう。


「魔法の道具についてじゃが、正確な情報は手に入らんかったらしく不明じゃ。しかし、道具が収められておる入れ物は大蔵財閥で共通規格というものがあるらしく、入れ物のどこかにこのような印があるらしい」


 半透明の画面を拡大してそこへ資料の一部を表示すると、白い円に囲まれた黒い五芒星が現れた。なぜこのような記しにしたのかはわからんが、目印があるのならわかりやすい。


 興味なさそうな様子の体堂がつぶやきおる。


「そんなわかりやすいマークがあるってんなら、どうにかなりそうだな」


「魔法の道具は一度失うと手に入れるのが難しいものも多い。そこで、今回他の機材と共に破壊してしまうことで、大蔵財閥の遺跡探索を遅らせてしまうという打算じゃ」


「その間にこっちが準備を進めておくってわけか」


「その通りじゃ」


 半透明の画面を消すとワシはうなずいた。これで今回の任務の概要は二人とも理解したじゃろう。


「それで、今回は体堂と冷川、そなたら二人に任せる」


「ああ? なんでお前は出ないんだ?」


魔窟(ダンジョン)で戦って以来、体調が思わしくなくての。大事を取って控えることにしたんじゃ」


「マジかよ。そんなんで本番の遺跡探索に行けんのか?」


「その本命の仕事を引き受けるためにワシは呼ばれたからの。そのときまでに体調と整えておく必要があるんじゃ」


「ちっ、大丈夫なんだろうな」


 不機嫌そのものといった表情の体堂がワシを睨みおった。あやつからしたら面白くないじゃろうが、正直なところ構っておる余裕がない。何しろ、体調が悪いのは事実じゃからな。


 ただし、体調の悪い原因は魔窟(ダンジョン)の疲労ではない。もっと根源的なもの、端的に言えば寿命じゃ。今までだましだましこの体を使っておったがいよいよ危ない。


 今まで方々を探し回っておったが、ここであの実験に成功した被験者の体を発見できねばワシの命運が尽きてしまう。あれから百年、準備は整えられた。後は触媒だけじゃ。


 そんなワシの思惑など知らぬ冷川が問いかけてくる。


「あんたが出てこないのはわかったが、そうなると現場での指揮はどちらが執ることになるんだ?」


「それは体堂に任せる。こやつは会社の社長をしておったし、ハンター時代もチームリーダーを務めておったと聞いておる。ならば任せてもよかろう」


「襲撃する人員はそちらで用意するのか? それともこちらで集めるのか?」


「資金は比企の総帥から与えられておる。それを使ってそちらで人は集めよ」


 受け答えの後、冷川はちらりと体堂へ目を向けた。その表情は相変わらず何の感情も浮かべておらん。


 一方、体堂は先程まで不機嫌じゃったのにだいぶ機嫌が良くなっておる。正直、どちらが指揮を執るなどどちらでも良いと思っておったが、案外これが正解じゃったか。


 冷川が口を閉じると、今度は体堂が問いかけてくる。


「へぇ、指揮権はオレにあんのか。それじゃ、現場の裁量範囲内で好きにしていいんだよな?」


「それはもちろんじゃ。ワシは参加せぬ以上、細かいところは口出しできぬ」


「確かにそりゃ違いねぇ。だったら好きにさせてもらうさ」


「構わんとも。だたし、万が一捕まってもこちらは一切関与しておらんと白を切ることになる。そこは承知しておくように」


「はっ、わーったよ」


 挑戦的な笑みを浮かべた体堂が立ち上がった。そうして挨拶もなしに会議室を出て行く。


 続いて半透明の画面を閉じた冷川が立ち上がった。こちらを一瞥してから同じく出て行く。


 再び会議室でワシは一人になった。それから椅子に腰掛ける。今までの疲労がじんわりと体内に広がっていくのが感じ取れた。


 さて、これで比企の総帥から与えられた命はとりあえず下せた。ワシはこの後待つのみじゃ。


「体を無理に動かせるようになる魔法もそう何度もかけると寿命を縮めてしまう。ままならぬのう」


 いくら魔法を使ったところで体が耐えられねば意味がない。これをもう少し早く知っておれば。


 ため息をついたあと、ワシは椅子からゆっくりと腰を上げた。

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