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感度良好の理由

 今晩もまた夢を見ている。いや、これはもう夢じゃなく、どこかの誰かと精神感応(テレパシー)みたいなので話をしているんだっけ。


 いつも会う女の子の名前は相変わらずわからない。何度か教えてもらったけど、まるでそこだけ切り取られたかのように聞こえなかったんだ。他にも重要そうなところは同じように聞こえない。


 だから、重要そうな情報は何も手に入れられなかった。聞けば何でも答えてくれそうな人が目の前にいるのに聞けないのは何とももどかしい。


 それじゃいっそのこと会わなきゃ良いと思ってもそうはいかないのが困ったところだ。女の子と会うかどうかは僕が決められることじゃないからね。


 最近はもう開き直って雑談をしている。だって女の子を見つけるための情報収集ができないんだから仕方ない。会ってずっと黙ったままというのも気まずいし。


「きみもやっぱり服とかアクセサリーとかに興味あるの?」


「あるよ。ただ、起きていたときは施設から出られなかったから、そういうの買ったことないけどね」


「それじゃ学校とかはどうしてたの? 行かなきゃ駄目でしょ」


「勉強も全部施設の中よ。少人数だったけど他の被験者の子と一緒に受けてたわ。施設内にも学校があることになっていて、私達はそこの通っていることになっていたらしいの」


 雑談では、僕は今の世界がどうなっているのか教えて、女の子には当時の施設での生活がどんなものか話してもらっていた。たまに引っかかるキーワードがあるくらいで、どうでも良い話は普通に話せるようなんだよね。


 強制的に面会する相手との暇潰しの側面が強い雑談だけど、僕はこれを悪くないと思っている。個人的にお互いのことを知るのは良いことだと思うからだ。


 一時期とは違って何か情報を得なきゃと意気込まなくなったこともあって、僕は肩の力を抜いて女の子と会えるようになっていた。頻繁に会うだけにこの気楽さは助かる。


「外の世界で何か知りたいことってない? 起きている間に調べられるものなら調べておくよ」


「うーんそうねぇ。あ、前に一度大きいパフェを食べたことがあるの。他にもどんなものがあるのか知りたいな」


「大きいパフェ。あー、名物にしているところがたまにあるから、それを調べたら良いかな」


「お願い!」


 残念ながら僕が延々と話題を提供できないから、近頃は僕が知りたいことを女の子に聞いていた。毎日ネットを巡回するついでに調べておくんだ。


 女の子の方も知りたいことがたくさんあるらしく、よく質問してくる。全部には答えられないけど、可能な限り何かしら返せるように努力していた。


 こうやって会っていると次第に話すことが楽しくなってくる。いつの間にか僕はこの状態を当たり前のように受け入れていた。


 でも、そんな逢瀬はいつまでも続かない。彼女だけでなく周囲の風景もぼんやりとしてきた。同時に上へと引き上げられる感覚が徐々に強くなっていく。この感覚は目が覚めるものだ。


 話の途中でも容赦なく覚醒していくことに不満を覚えるけど仕方ない。急いで挨拶をすると僕は意識を取り戻していった。


-----


 目が覚めると、そこは自動車(レンタカー)の運転席だった。シートを押し倒して横になっていたことを思い出す。


「うー、痛い、だるい」


”おはよー。朝から辛気くさい声だしてるわねー。外に出て頭をすっきりとさせたら?”


「車の中で寝泊まりしてるんだからしょうがないじゃないか」


”それも今日で終わるんだから我慢しなさいよ。もうちょっとじゃない”


 頭の中に響くソムニの声は憎たらしいくらいに元気だ。羨ましく思う反面、鬱陶しい。


 ただ、言っていることは真っ当なので素直に従った。扉を開けて外に出ると冷蔵庫の中に入ったかのように空気が冷たい。しばらくの間はその冷え込みが気持ち良かった。


 簡単な体操をして体を(ほぐ)すと僕はまた自動車(レンタカー)の中に戻る。そして、携帯食料と水という朝ご飯を食べ始めた。


 そんな僕にソムニが声をかける。


”今日はみんなで魔窟(ダンジョン)内を見回ってお終いね。駆除作業は昨日で終わってるから今日は楽なもんよ”


「結局、あれ以来襲撃はなかったね。もう一回くらいあるかなって思ってたけど」


”さすがに対策してからは手出しできなかったんじゃない? それ以前に、最初から襲撃は一回だけって考えてたのかもしれないし”


「今日も何事もなく終わってくれたら嬉しいんだけどなぁ」


”最後まで油断しないようにね。ところで、これが終わったら終業式の後は冬休みだけど何するの?”


「まだ何も考えていないよ。年内にもう一回依頼をこなしたいって目的は達成できちゃったし」


”もう一回何かしておきたいわね”


「うーん、でもそんなに都合良くあるかな。ああでも、調べ物くらいはできるか」


”何よそれ?”


「昨晩夢の中であの女の子に会って、大きいパフェとかどんなのがあるか教えてほしいって頼まれたんだ」


”もう普通にしゃべってるだけね、それ”


 日常会話ばかりしている僕にソムニが呆れた。でも、大切なことは聞き取れないんだから仕方ないじゃないか。


 ああでも、一つ気になることがあるな。それはソムニに聞いておいた方が良いかもしれない。


「そうだ。最近、ここで寝泊まりするようになってからあの女の子と話しやすくなったんだけど、理由は何かわかる?」


”話しやすくなったって、どんな風に?”


「しゃべってる言葉がはっきりと聞こえるようになったんだ。ちょうど今ソムニと話をしているみたいに。それまでは音が反響する廊下とかで話をしているような感じだったんだ」


”わかんないわねぇ。アタシも意識してアンタ達の会話を中継してるわけじゃないし。でも、もしかしたら感度が上がったのかもしれないわね”


「感度?」


”そ。無線とかで感度がいいと声が聞き取りやすくて、悪いと雑音がひどくて聞き取れないってあるでしょ。あれよ”


「ということは、この近くに何かあるのかな?」


”本人が近いのか、それとも別の中継機器みたいなのがあるのか。もしかしたら、純化計画の遺跡ならどこでも感度が良くなるかもしれないわよ”


「あーその可能性もあるかぁ」


 一瞬期待した僕は肩を落とした。もしかしたらこの近くの遺跡に何かあるかもと思ったけど、そうとは限らないんだ。別のまだ見つかっていない遺跡という可能性もある。


”とりあえず、家に戻ってからその女の子と話をしてからまた考えるしかないわね。どこで寝ても感度がいいならアタシとアンタの何かが変わってるかもしれないし”


「うっ、それは地味に嫌だな。できれば遺跡が近いからっていう理由の方が嬉しい」


”なんでよ?”


「だって知らない間に体を改造されているみたいで怖いじゃないか。ソムニだって初めて気付いたときに気持ち悪いって言ってたでしょ」


”まーそうね。気分のいいものじゃないわ。でもこれ、結局なんなのかしらねぇ”


「それがわかっていたら僕だって苦労してないよ」


 最後の携帯食料のかけらを口に入れた僕はかみ砕いた。


 女の子との話は最近楽しいと思えるようになってきたけど、会話ができる理由がわからないのは正直気持ち悪い。これだけでもわかったら安心できるんだけどなぁ。


 心の中で嘆いた僕だったけど、そんなことでは謎は解けてくれない。もっとも、ソムニでさえわからないことが僕にわかるはずないんだけどさ。


 ふと気になったから時計を表示してみると結構話をしていたようだ。もうそろそろ準備をしないといけない。


 僕は自動車(レンタカー)から下りて後部座席の扉を開けて装備を身に付け始めた。

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