とりあえず生還はしたけれど
魔窟から出てきたとき、外はもう夕方だった。冬は日没時間が早いのと山間部だから暗くなるのが早いからだ。
朱い日差しと冷気を受けながら僕達が本部にたどり着くと大騒ぎになっていて驚く。
「どうやら被害者が出た後だったみたいだな」
周囲の話し声を拾い集めた荒神さんが舌打ちした。
本部のテント近くには死体袋がいくつか並んでいて、その側では仲間らしいハンターの人達が呆然としたり泣いたりしている。
また、少し離れた場所に朝にはなかったテントが組み立てられていた。そのシートの一角に仮設病院とマジックで書かれた紙が貼ってある。
想像以上の事態になっているのを知って僕は呆然とした。
しばらく黙っていた荒神さんが僕とミーニアさんに顔を向ける。
「ちょっと本部に報告してくる。車で休んでてくれ。終わったら連絡するからよ」
「はい、お願いします」
「わかりました」
何もできない僕達は荒神さんの言葉に従った。
自動車に戻ると僕は装備一式を取り外す。そのまま後部座席に放り込むと僕は運転席へと入った。シートに深く身を沈めて大きく息を吐き出す。
「とりあえず終わったけど、なんか嫌な感じだなぁ」
”最後が最後だもんねー。形としては撃退したことになるんだけど、内容は完全に押されていたし”
「そうなんだよなぁ。あのまま続けてたらどうなってたんだろう」
”結構まずいことになってたかもしれないわね。ま、引き下がってくれて助かったわ”
ソムニののんきさに僕は呆れつつも実際その通りだと思った。魔法使いと戦った僕もそうだけど、帰路の途中で聞いたミーニアさんと荒神さんの戦いもかなり厳しかったらしい。
だから、途中で引き上げた相手の意図がわからなかった。あのまま戦っていたら相手が勝っていた可能性があるだけに不思議に思う。
そんなことを考えていると、突然大きな音が僕のお腹から鳴り響いた。そういえば朝から何も食べていない。助手席に置いてあるナップサックから携帯食料を取り出した。
もそもそと昼夜兼用のご飯を食べていると、ソムニが声をかけてくる。
”ちょっと本部を覗いたけど、死者七名に重傷者十三名って結構被害が出てるわ。証言者の話を照合すると、どのチームもアタシ達を襲った連中と同一チームに襲われたみたい”
「いくら何でもやられすぎじゃないかな? 僕達が相手にした敵と同じなら三人しかいないはずだよね」
”いずれも突然背後から襲われたらしいわよ。それでほとんど反撃できないままやられたって。中には途中まで姿が見えなかったっていう話もあるから隠蔽的な道具か魔法を使ってたようね”
「そういえば、僕達のときも途中まで見えなかったよなぁ。ソムニはよく見つけたよね」
”ふふん、あんな光学的に隠れてるだけなんて、アタシにとっちゃ隠れてるうちに入らないわ。丸見えよ!”
褒められたソムニは嬉しそうな声を返してきた。当時を振り返ってみると、ソムニがいなかったら僕達も他のチームと同じようにやられていただろうから威張るのも納得だ。
機嫌の良いソムニの自慢話をそれから僕はじっと聞く。いい加減うんざんりとしてきたから遮ろうとしたんだけど、その前に半透明の小画面が目の前に表示された。荒神さんだ。
パソウェアの通話機能を立ち上げて荒神さんにかけるとすぐに繋がる。
「荒神さん、報告は終わったんですね」
『ああ。ミーニアも繋がったな。後で本部からも連絡があるが、先に聞いたことを伝えておく。明日の駆除作業はいったん中止になった』
何となく予想していた僕に驚きはなかった。それはミーニアさんも同じらしく、バストアップ表示された立体映像の表情に変化はない。
僕達二人の様子を見た荒神さんはそのまま話を続ける。
『で、明後日駆除作業を再開するんだが、ここで大心地に確認しておきたい。明後日は平日なんだが学校は大丈夫なのか?』
「補講期間ですから大丈夫です。金曜日の終業式は出席しないと駄目ですけど」
『たぶんそこまではかからんだろう。ともかく、月曜日からまたあの魔窟に入るわけだが、今までと少しやり方が変わる。今度は二チーム単位で行動する』
四人前後のチームが次々とやられたため、本部は相互に警戒できる方法を採用したらしかった。見える範囲である程度離れて行動し、一方が襲われてももう一方が反撃できるようにということだ。
チーム数はかなり減ってしまったけど、魔窟で探索するべき分岐路はもう多くない。だから、残りをこの方法でやってしまおうということだった。
説明を聞いた僕に疑問は特にない。卒業式までに魔物駆除が終わるのならば言うことはなかった。
一方、ミーニアさんの方は僕と違って荒神さんに質問を始める。
『襲撃者の中にわたくしを狙う体堂という男がいました。相手の目的が何かはわかりませんが、この男だけは別行動をとる可能性があります』
『狙われてるミーニアからしたら気が気でないわな。暴走する可能性があるのか?』
『あるなしで言えばあるでしょう。なければ先程もわたくしに襲いかかってこなかったでしょうから』
『まいったね、こりゃ。何とかしてやりたいが何も思いつかねぇ』
何も思いつかないのは僕も同じだった。今のままだと高い確率で再び僕達が襲われる。何しろミーニアさんは僕のペアだから避けられない。
これからのことを考えて僕が眉をひそめていると、荒神さんが何かを思い出したらしく少し明るい調子で話題を変えてくる。
『そうだ、俺達は魔窟の一番奥まで行っただろう? あれは本部も評価していたぞ。俺達の通った経路はこれで安全が確保できたってな』
「褒められるのは嬉しいですけど、どうせまたそのうち魔物が湧いてくるんですよね」
『そりゃ承知の上だ。今回の目的は遺跡探索中に魔物に襲われないようにすることだからだ。ずっと魔窟内をきれいにし続けることじゃない』
「ということは、明後日駆除作業したらお終いってことですか」
『そうなる。あとは遺跡の探索が終わるまで定期巡回するだけだ』
「ハンターに結構な被害が出ているように見えましたけど、魔窟内の魔物駆除はできてたんだ」
『どうもそうらしい。襲撃者がどこまで狙ったのかはわからんが、本部としては不幸中の幸いってとこだな』
素直に喜べない状況ではあったけど、やったことが評価されたことは素直に嬉しかった。
それからは荒神さんが本部の状況を教えてくれる。ソムニが教えてくれたことと被っていることはあったけれど、データにないところの話は新鮮だった。
話を聞きながら僕は残りの携帯食料を口にする。主にしゃべっているのは荒神さんでたまにミーニアさんが質問していた。
やがて最後のひとかけらを飲み込んで口の中をペットボトルの水で雪ぐ。とりあえずお腹は膨れた。そして、一つ気になることを思いつく。
「荒神さん、この駆除作業って何日かかりそうですか? 僕、二日分しか着替えを持って来ていないんですけど」
『うーん、結構チーム数が減ったからなぁ。週の半ばまではあるんじゃないか?』
「ううっ、そうですか」
困ったな。仕事が順調に進む前提で考えていたから下着の数が足りないぞ。荒神さんもミーニアさんも平然としているけど大丈夫なんだろうか。
幸い今は冬だからあんまり気にならないけど、いや、動き回って汗をかくんだからそうも言っていられない。一度気になり出すといくらでも頭に思い浮かんでしまう。
最悪街に買い出しに行った方が良い。そんなことを考えながら僕は二人の話を聞いていた。