目に見えない魔法
仲間から引き離されていたことに気付いた僕は合流しようとするが思うようにいかない。目の前の魔法使いが付かず離れずの距離で足止めしてくるからだ。でも、ならばと反撃しても魔法使いはすぐに離れてしまう。実にいやらしい戦い方だ。
それでも僕はどうにか仲間の方へと進むことができた。ソムニの巧みな誘導のおかげだ。的確に相手の思惑を逸らしてくれる。
”このままみんなと合流して交代してもらおう!”
”それならミーニアが一番妥当ね。というより、あっちはあっちで追い詰められつつあるから危ないわ”
”マジで!? そんな敵相手にできるかな”
”魔法が通じない上に接近戦に持ち込まれそうになって苦労してるみたいだから、アンタの方がまだましでしょうね”
”接近戦ができる分だけ?”
”そうよ。ミーニアによると超人化の処置をしているそうだから厄介らしいわ”
”超人化すると魔法の攻撃が効かなくなるんだ。知らなかった”
”アタシも初めて知ったわ。これが終わったら話を聞きましょう”
ある程度パターン化できたこともあって僕はソムニと話をする余裕ができた。この調子なら多少時間がかかっても仲間のところへと戻ることができると自信を深める。
「ふむ、さすがに慣れてきたか。ならば次は」
魔法使いが何かしゃべったようだが僕には聞こえなかった。それよりも少しでも後退しないといけない。
相手の様子を窺いながら動いていると、魔法の攻撃が止んだ。突然のことだから理由はわからないけれど、この隙に大きく後退するべきだと判断する。
僕は魔法使いに背を向けて走り出した。魔法攻撃が再開されたらソムニが知らせてくれるだろう。ならば、今の間に距離を稼いでおくべきだと考えたんだ。
ところが、突然体の動きが鈍くなった。別に止まるつもりなんてない。僕自身は必死に走ろうとしているのに体がいうこときかなくなってきたんだ。
焦った僕はソムニに尋ねる。
”ソムニ、僕の体を動かそうとしてる?”
”してない! これ、アイツの魔法よ! ふん、こんな地味な魔法も使えるなんてね。けど残念、優太の体を好きに動かしていいのはアタシだけなんだから!”
”いや僕そんなこと認めてないよ!?”
”アンタは走ることに集中する!”
僕の体の所有権についての話し合いをばっさりと拒否したソムニはが何かした。次の瞬間、僕は自分の体を再び思うように動かせるようになる。何が何だかわからない。
一方、魔法使いの方も何が起きたのかわからなかったらしく、初めてうろたえる姿を見せる。
「なに? ワシの魔法をはね除けたじゃと? いや、断ち切ったと言うべきか」
”ふふん! この程度で好き勝手できると思ったら大間違いよ!”
「魔法を使えるとは聞いておらなんだが、その素質はあったということか? それとも魔法の道具でも身に付けておったか」
”へっへーん、はっずれー! アタシの仕業だもんねー!”
ソムニがいちいち反応しているけど、もちろん相手にその声は届いていなかった。どうやら癪に障ったらしく魔法使いを馬鹿にしている。
一方、余程自分の魔法に自信があったらしい魔法使いは眉をひそめていた。僕がいることを忘れてしまったのかと思えるくらい考え事に没頭している。
反撃できそうかなと一瞬思ったけど、今はみんなと合流する方が先だと思って走り続けた。そうしてようやく分岐路まで戻ってくる。
そのとき、周囲に突然霧が立ちこめてきた。どこから湧き出たんだというくらい足下から急速に広がっていく。
「ああ!? ちくしょう、いいところだってのによぉ!」
声のする方へと顔を向けると、ミーニアさんと戦っている浅黒くて体格の良い男が戦闘を中断してこちらへと向かってきた。いや、もう一人の角刈りで厳つい風貌の男もだ。
「え、なんで!?」
”いいから迎撃する! 挟まれたら終わるわよ!”
背後に魔法使いがいることを思い出した僕は慌てて銃を構えた。赤枠とともに大きくなる敵二人の姿が視界を占める。
最初に銃口を向けたのは角刈りで厳つい風貌の男へだった。もう霧のせいでほとんど姿は見えなかったけど、赤枠ははっきりと表示されていたから迷わず発砲する。
けれど、驚いたことにその男は銃撃されても走る速度を落とさなかった。命中しているのになぜという疑問が湧く。
”伏せて!”
突然のソムニ指示に僕は何も考えずに従った。地面に這いつくばると銃撃音と共に頭上で何かが通過する。
そのすぐ後にこちらへと向かって走っていた敵二人が僕の脇を通過した。そして、通路の奥へと走り去って行く。
しばらくすると霧は急速に晴れていった。分岐路近辺には、伏せている僕の他にミーニアさんと荒神さんが立ち尽くしている。敵の姿は見えなかった。
じっとしている僕にソムニが声をかけてくる。
”もういいわ。あの三人は奥に逃げていったから”
戦いが終わったことを知った僕はのろのろと立ち上がった。そうして、ミーニアさんと荒神さんへと近づく。
「二人とも怪我はありませんか?」
「俺はないな。かなりヤバかったが」
「わたくしも無傷です。まさか体堂に襲われるとは思いませんでした」
「体堂? あのレッドサラマンダーのですか?」
ミーニアさんから思わぬ名前が出て僕は驚いた。荒神さんと顔を見合わせる。
眉をひそめた僕がミーニアさんに尋ねる。
「もしかして、今回って逆恨みで襲われたんですか?」
「わかりません。ただ、去り際の言葉を聞くに誰かの指示に従っていたようですから、別の思惑があるのかもしれません」
「おいおい勘弁してくれよ。レッドサラマンダー絡みの件がまだ終わってないってのか」
「わたくし達は終わったつもりでも、体堂にとってはまだ終わっていないのでしょう」
二人の戦いのあらましをその後簡単に聞いたけど、体堂という人はまだミーニアさんを諦めていないらしかった。その話を聞いて僕はうんざりとする。今後も襲われる可能性があるからだ。
そんな僕を尻目に荒神さんは首をひねる。
「しかし、なんで俺達が襲われたんだろうな」
「え、だからそれってミーニアさんを狙ったからじゃないんですか?」
「だとしたら、なんでこの魔窟内なんだ? 別に街中とかもっと襲いやすいところがあるだろう。一人のときに狙った方が確実だぜ?」
「荒神の言う通りです。それに、魔窟のどの通路を通るかなどわたくし達にもわからなかったことですから、この中でわたくし達を待ち伏せして狙うというのは非現実的でしょう」
二人から指摘された僕は黙った。言われてみると確かにその通りだ。それじゃ、どうして僕達はあの三人に狙われたんだろう。
荒神さんは更に疑問を口にする。
「それに、あの三人はどういう関係なのかも気になるな。体堂が指揮してるなら魔法使いとハンターっぽい奴は雇われた可能性が高いが、そうじゃなさそうだったもんな」
「そうなりますと、わたくし達を狙ったのではなく、偶然襲うことになったという可能性がありますね」
「ダメだ。襲われた理由が全然わかんねぇ。とりあえず本部に戻って報告しよう。もしかしたら、他のチームも危ないかもしれん」
ため息をついた荒神さんを見て、僕もまた大きく息を吐き出した。理由も不明なまま襲われて今後も襲ってくる可能性が高い敵がいる。何とも嫌な話だ。
それでも逃げ出すわけにはいかない。どのみち相手の一人はミーニアさんがいる限り何度でも襲ってくるだろうからね。
僕達三人はその場に手がかりがないことを確認してから、出入り口に向かって足早に歩き始めた。




