魔窟内での襲撃
一チームとしての責務はとりあえず果たせたので、僕達三人は一度本部へ戻ることにした。吸血根のことも報告する必要があるからだ。
帰路は楽になるはずだった。何しろ既に魔物は倒せているし、分岐路の多くは他のチームが魔物を駆除しているはずだからね。背後から奇襲される心配はほとんどない。
そんな理由で僕は気楽だった。今は荒神さんを先頭に一列縦隊で進んでいる。
分岐路を一つ通過した。僕達がまだ進んでいない左側の通路の床には矢印がない。
それを見て僕は一つ疑問が湧いた。気になったので荒神さんに尋ねてみる。
「荒神さん、本部に帰って一休みしたらまたここに入るんですよね。次も右側の通路から順に進んで行くんですか?」
「今度は左側の通路から順にだな。でないと未探索の通路がそのままになっちまうだろう?」
「やっぱりそうですよね。さっきの分岐路にまだ矢印がなかったんで、どうなるんだろうって思っちゃって」
「さすがにその辺りは本部もうまく考えているさ。取りこぼしがあって困るのは自分達だしな」
先頭を歩く荒神さんが後ろを振り向いて肩をすくめた。
緊迫感のないやりとりをしつつも僕達は出入り口に向かって進む。いくつかの分岐路を通過した。どの分岐路にも矢印が描かれているようになる。
そして、とある分岐路を通過した直後、荒神さんが立ち止まった。床に片膝を着いて何かを見始める。不思議に思った僕とミーニアさんは近づいた。
それは小さな赤黒い染みだ。もしかしたら血なのかもしれない。
気になった僕は荒神さんに尋ねてみる。
「それは何ですか?」
「血痕だな。まだ新しい」
「ということは、ちょっと前にここで戦闘があったってことですか」
「そんなはずはないんだがな。あっちにある分岐路二つの床にはどちらにも矢印が描いてある。右側の矢印は俺が描いたやつだ。左側はその後やって来た奴だろう。俺達がここに来たときは戦わずにそのまま右へ行ったのを覚えているよな」
「それじゃ、左に行った人達が戦ったんじゃ、あれ?」
何かおかしいと僕は思った。僕達が通った後に魔物と戦った可能性はあると思う。それならここに何がないとおかしい? 何か抜けている。
もどかしい思いをしている僕を尻目にミーニアさんが荒神さんに顔を向けた。そして、その抜けているものを指摘する。
「魔物と戦ったのならその痕跡があるべきですよね。魔物の死体かあるいはハンターのものが」
「だよな。そうなると、ここで血を流した奴は何と戦ったんだ?」
答えを聞いた僕は目を見開いた。そうだ、今まで魔窟内で魔物を倒したら死体はそのままにしていたんだっけ。もしここで魔物と誰かが戦って勝ったのなら魔物の死体があるべきだし、負けたのならハンターの死体がないとおかしい。
三人で顔を見合わせたそのとき、ソムニが僕に叫ぶ。
”優太、左の通路から敵が三人!”
すぐに振り向いた僕は左側の通路に向けて小銃を構えた。けれど、一瞬目を疑う。確かに赤枠は表示されているけど敵の姿が見えない。
理由はわからなかったけど、僕はとりあえず赤枠へと順番に銃撃を加えていった。すると、その赤枠が銃撃を避けるために激しく動くとともに敵の姿が現れる。
「人間!?」
「くそ、敵がいたのか!」
僕の叫び声に重ねるように荒神さんが叫んだ。同時に一番左側にいる角刈りの厳つい風貌の男と銃撃戦を始める。
流れ弾が飛んで来そうで僕は慌てて右側の通路へ逃げようとした。ところが、浅黒くて体格の良い男が突っ込んでくる。
「邪魔だガキ!」
「うわ!?」
一見すると強化外骨格を装備していなさそうなのに、僕はその男のタックルで吹き飛ばされた。後頭部と背中を壁に叩き付けられて一瞬前後不覚になっちゃうけど追撃は来ない。振り向くと、その男はミーニアさんへと襲いかかろうとしていた。
せっかく奇襲を見破ったというのに無様な姿を僕は曝してしまう。焦った僕はミーニアさんを助けるべく近づこうとした。けど、またしてもソムニに警告される。
”後ろ! 魔法使いの攻撃!”
「あーもう!」
「惜しいのう」
まるで楽しむかのような声と共に火球が僕めがけて飛んで来た。間一髪床を転がって避ける。
僕に魔法攻撃をしてきた人物を見ると、ダークグレーのフード付きローブを被った年寄りだった。病的に細く、ばさばさの白髪、骨張った顔、そして何より目つきが異様だ。
ちらりと周囲を見た。荒神さんは軍人っぽいハンターと銃で撃ち合っている。ミーニアさんは僕にタックルをした人に接近戦を挑まれていた。荒神さんの方は互角っぽいけど、ミーニアさんの方はかなり危ないように見える。
でも、僕は僕で魔法使いらしき人と対峙していて助けに行けない。まずは目の前の老人を倒す必要があるようだ。
未練を断ち切って魔法使いと向き直る。そして、間髪入れずに引き金を引いた。銃声が三度響く。当たれば魔法使いは死ぬはずだ。
ところが、相手の魔法使いの正面に氷の板が三枚現れて銃弾を元の軌道から逸らした。同時にその氷の板は砕け散る。
「良い腕をしておるが、ワシに当てることはできん」
「あんなのあり!?」
”熟練の魔法使いね。こりゃ面倒だわ。遠距離は諦めて接近戦に切り替えましょ。直接斬ってやれば痛いはずよ”
嘆く僕はソムニに叱咤されつつも次の行動に移った。銃撃で牽制しながら近づいてゆく。
一方、魔法使いは僕の意図を察したのか、さっきの氷の板で銃弾を逸らしながら距離を取ろうとしていた。なのでなかなか近づけない。
「激しい運動は苦手でのう。近づかれてはかなわん」
「やっぱりこっちの作戦を見抜かれてる!」
”そりゃそうでしょう。常套手段なんですもの。それより、近づけないってのが問題ね”
僕が小銃で撃つのと同じように、魔法使いも反撃してきた。火球だけでなく、氷刃や岩槍なんていう魔法攻撃をしてくる。僕はその度に避けては魔法使いに間を確保されていた。
こうやって何度も意図を挫かれていると苛立ってくる。けど同時に疑問も湧いてきた。僕はソムニにそれをぶつけてみる。
”なんであの魔法使いは僕の動きに対応できるんだろう? こっちは強化外骨格を装備してるのに”
”あっちもローブの下に装備してるか、魔法で体を強化しているかでしょうね”
”ミーニアさんがやってるやつか!”
仲間のミーニアさんがやる分には頼もしい限りだけど、敵にされるとこんなに厄介だなんて知らなかった。
一向に近づけない僕は妙な感心をしつつも更にソムニへ尋ねる。
”これ、相手に近づく方法ってある?”
”ちょっと手詰まり感があるわね。それに、ミーニア達と離れすぎだわ。一旦戻りましょう”
”こいつ放っておいて良いの?”
”どうせ追いかけてきて足止めしようとするわよ。アイツさっきからこっちを倒す気がなさそうだもん”
魔法使いの目的はわからないままだったけど意図はソムニが推測してくれた。なので、仲間と合流すべく魔法使いを追うのを止めて引き返す。
「ワシの相手は飽きたか? じゃがもう少し付き合ってもらわんとのう」
僕の動きに合わせて魔法使いは追いかけてきた。魔法で攻撃して足を止めようとする。ソムニの予想通りだ。
けれど、僕はそれを躱しながら後退し続ける。微妙に嫌な場所に魔法攻撃が飛んでくるのが鬱陶しい。
銃声が聞こえるから荒神さんは生きていそうだし、ミーニアさんの安否はソムニが直接確認した。まだ絶望的な状態にはなっていないようだ。
それでも僕は一刻も早く二人のところへ戻ろうとした。




