魔窟内の魔物駆除
魔窟の通路の奥から現れたそれを僕達は最初熊だと思った。生き物ならば銃で倒せると僕と荒神さんは小銃を構える。
「ウガアァァ!」
けれど、突進してきたそれが響かせる足音を耳にして違和感を覚えた。どうしてやたらと堅い物同士がぶつかる音がしているんだ?
疑問を覚えた僕だったけど巨体が迫ってくるのを見てその問いを後回しにする。荒神さんに続いて引き金を引いた。
銃口から赤枠内の体まで続く白い線に沿って銃弾が次々と発射される。それは大きな的にしっかりと当たった。ところが、その端から弾き飛ばされてしまう。
「え!?」
”岩熊ね! 避けて!”
ソムニの言葉を聞いた直後、僕は横に飛び跳ねた。荒神さんとミーニアさんも続いて避ける。僕達のその脇を体長二メートル以上の巨体が通り過ぎて行った。体毛も含めた全身が岩でできた魔物だから自動車とぶつかるのと大差ない。
岩熊は動きは熊よりは鈍いものの、非常に硬いのが厄介だ。小銃を受け付けないとなると僕達の攻撃手段は限られる。
減速する岩熊のお尻を見ながら僕と荒神さんが前に出た。いつもなら絶好の機会なので背後から銃撃するけど、効果がないので何もできない。
どうしたものかと僕が考えているとミーニアさんが声をかけてくる。
「優太、あなたの剣で斬ってください」
「あれってこれで斬れるんですか?」
「岩程度なら神鉄鋼でも斬れます」
「大心地、お前そんなもん持ってんのか。よく手に入ったな」
「荒神、話は後です。わたくしとあなたで優太を支援しますよ」
「わかった!」
僕の意見は聞かれることなくミーニアさんと荒神さんが後ろに下がった。実際、一番有効なのが神鉄鋼製の対魔物用鉈なんだから仕方ない。
覚悟を決めた僕は肩紐付きの小銃を手放して、対魔物用大型鉈を鞘から抜いた。やや黒っぽい銀色の刀身が淡く白く輝く。
”アタシが刀身に魔力を流してあげたわよ! これでサクッと切っちゃいましょう!”
「うん」
旋回してこちらに向き直る岩熊を見ながら僕はうなずいた。
こちらがじっと構えていると岩熊は焦れたのか再び突進を始める。硬質な物同士ぶつかる音と伝わってくる地響きが僕の恐怖心を煽ってきた。
最初に動いたのは荒神さんだ。僕の左背後から銃撃する。もちろん岩熊には効果がない。けれど、意識がそちらに向いたのか進路がやや左にずれる。
次いで右背後のミーニアさんが魔法を唱えた。どんな魔法を使ったのかわからないけど、岩熊の動きが若干鈍くなる。
岩熊の巨体が迫ってきたのを見計らって、僕は体を右にずらしつつ体をやや沈めて対魔物用大型鉈を横倒しにした。
視界いっぱいに広がった赤枠が左側を通り過ぎようとした瞬間、両腕に大きな負荷がかかるのを感じる。それが少しの間続くと再び軽くなった。
直後に地響きが鳴り、すぐに静かになる。振り向くと、額から臀部まで縦に輪切られた岩熊が床に横たわっていた。
それを見た荒神さんが半ば呆然とする。
「すげぇなぁ。あいつをそんなあっさりと斬るなんて。さすが神鉄鋼だな。モノが違う」
「下手をすると吹き飛ばされるんじゃないかって思ってましたけど、意外にあっさりでしたね。こんな簡単に斬れちゃうんだ」
「いいなぁ。俺もほしいぜ」
「荒神、あなたも魔窟で集めれば良いのではないですか?」
「お前さんみたいに魔法でどうこうできねぇから、そんな簡単にはいかねぇんだ」
当たり前のように提案してきたミーニアさんに荒神さんが渋い顔で返答した。確かに神鉄鋼の鉱石を簡単に集められるのはミーニアさんならではだと思う。
一休みをしてから僕達三人は再び奥へと進み始めた。その後も通路は枝分かれし、その度に右側の通路を進み、魔物を倒していく。
そうして更に最奥部へ向かっていると、非常に不思議な光景に出会した。通路の天井、壁、床の多くが木の根で覆われているんだ。
特に疑うことなく僕は目の前の様子を見てつぶやく。
「へぇ、こんなところにまで木の根が下りてきてるんだ」
「そいつはおかしいな。もう結構奥まで進んでるんだから、地表からはかなり離れてるはずだ。この辺りにまで根を届かせるなんて無理だろう」
「それじゃ、これは一体何なんですか?」
「ミーニア、わかるか?」
「恐らく魔物化した木の一部でしょう。吸血根だと思います。範囲内に獲物が入ってくると、鞭のようにしならせて獲物に絡みつき血を吸います」
「うへぇ」
説明を聞いた荒神さんが呻いた。気持ちは僕もわかる。
改めて通路の奥を見ると、ずっと奥まで木の根が貼り付いていた。この中を銃と鉈で切り開くのは無理がある。
困惑した表情を浮かべた僕は荒神さんに尋ねる。
「これ、もう進めないんじゃないですか? 僕達の武器じゃ無理ですよね」
「だよなぁ。あとはミーニアの魔法でどうにかなるかだが」
「火の魔法で焼き払うのが一番ですが、魔窟内で使うと酸欠になる可能性がありますから危険ですね。単に通るだけなら凍らせた後に進むという方法がありますが」
「今回は魔窟の制覇じゃなくて、魔物の駆除が目的だからなぁ」
打つ手なしという様子で二人が沈黙した。
そのとき、ソムニが僕に声をかけてくる。
”毒で根を枯らせる方法はないの? 魔物と言っても木の根でしょ。だったら農薬か何かを混ぜた水を撒いてやればいいんだと思うけど”
”なるほど、毒か。提案してみよう”
良い案に思えた僕は小さくうなずいた。そして、荒神さんに対して声をかける。
「木の根を枯らせる毒ってあります? あったらそれを水に混ぜてあの木の根に撒いたらどうですか?」
「農薬みたいなもんでか。悪くない案だな。問題は手元にその手の毒がないってことなんだが。ミーニア、植物を枯らせられる毒って魔法で作れるか?」
「無理です。あらかじめ作って持ってくる必要がありますね。もっとも、こちらの世界ですと農薬なんて便利なものがあるのですから、それを使えば良いと思います。水でしたらわたくしが魔法で用意しますから」
「だよな。ということは、この通路は一旦棚上げだな。別の通路を進もう」
あっさりと決断した荒神さんに僕は少し驚いた。てっきり何が何でも駆除すると思ったからだ。
そんな僕の様子を察した荒神さんが笑いながら話してくれる。
「駆除が難しいやつはとりあえず後回しだ。それに、魔窟の外へ魔物が出てこないようにするのが目的だから、こいつは強いて駆除する必要がない」
「ここから動くことはありませんしね」
ミーニアさんの補足説明もあって僕は納得した。
となると、ここにはもう用がない。僕達は一つ前の分岐路まで一旦引き返す。そして、床に『設置型魔物のため通行不能』と描いて左側の通路を進んだ。
こちらは通れなくなるほどの魔物はいなくて、ある意味いつも通りの魔物が襲ってくる。数はそんなにいなかったのは助かったけど、牛頭人と岩熊の組み合わせは面倒だった。
そうしてついに魔窟の最奥部へとたどり着いた。ついにとは言っても八王子のときに比べると全然楽だったけど。
一番奥の部分は程度の差はあれどこも似たようなものだった。大きな割れ目から風と一緒に魔力が流れてきている。
割れ目のある空間にはいくつかの通路が繋がっているけど、今のところ誰も到達していない。どうやら一番乗りのようだ。これは単純にうれしい。
そうは言っても、あまり強い魔力を浴び続けるのは良くなかった。特に荒神さんが一番危ない。なので、見学もそこそこに僕達は来た道を引き返す。
とりあえず、最低限の目的は果たせた。