妨害指示(ハーミット、冷川敏視点)
比企という一族が支配しておる比企財閥の本拠地にワシは呼ばれ、執務室で総帥である比企孝史と対峙しておる。
本来ならこんな小僧の声など無視するところじゃが、今のワシではそうもいかん。不老不死を手に入れるためこの『地球』という世界にやって来てもう百年以上になるが、最近は急がねばならぬようになったしのう。
以前参加していた純化計画ではあと一歩というところじゃったのに、大厄災のせいで台無しになってしもうた。あと一年もあれば完成したとうのに!
今回、比企の連中が探索するという施設はかつて保管庫と呼ばれておった場所と聞く。この辺りで目的のものを見つけられればいいんじゃが。
黒縁眼鏡の陰気な男が執務机の向こうからワシに声をかけてきよる。
「ハーミット、遺跡探索を実施する前にやるべきことができた」
「ワシに雑用をさせる気かの?」
「まぁ聞け。探索する予定の遺跡だが、問題が発生してしばらく実施することができない。しかも、その間に別の調査隊が遺跡を探索する可能性が高まったのだ」
「その調査隊を潰せということか。それなら、そなたの配下のハンターとやらにさせればよかろう」
「その調査隊が既に出向いているのならばお前の言うようにやっている。しかし、実際にはまだだ」
「では何をさせたい?」
「事前調査の結果、その遺跡の近くに魔窟があることがわかった。割と強力な魔力が吹き出ているらしい。そして奴らは、まずその魔窟内の魔物を駆除する気でいる」
「なるほど、それを邪魔しろというわけじゃな。しかし、やはりそなたの配下にさせればよかろう」
「その魔窟は吹き出る魔力が強いため、まったく魔法に素質がない者かお前のように魔力の影響を抑えられる者でないと魔窟に長くいられないのだ」
なるほどのう。魔力濃度が高いわけか。そうなると確かにハンターとやらを迂闊に近づけさせられんの。それでもワシが出向く理由としてはまだ弱いと思うが。
まだワシが首を縦に振らぬところをみた比企は更に話し続ける。
「不満に思う気持ちはわかる。しかし、これは単なる敵対勢力への妨害というだけではないのだ」
「なんじゃ、他に何か目的があるのか」
「目的というよりも確認してもらいたいことがある。それは、お前達三人の連携だ」
「はて、三人の連携とは一体?」
「冷川と体堂をお前に付けたろう? さすがに会ってすぐチーム行動がとれるとは私にも思わん。そしてこれは、お互いのことを理解する良い機会になるはずだ」
あの二人の名前を聞かされてようやく思い出した。一人は無表情で一人は反抗的な男じゃったな。
ワシは首をかしげながら答えてやる。
「そのようなことをせんでも、ワシが命じてあやつらが動けば良いだけであろう。連携など、わざわざ大げさな」
「遺跡に入ってからうまくいきませんでした、では困るのだがな」
「ワシが失敗するとでも? それは見くびりすぎというものじゃろう」
「あの二人がどの程度使えるか確認する必要もないということか? 本番が始まる前に自分が扱うものを把握しておく必要はあると思うが」
「あの二人を試すというわけか。なるほど、そういうことならばまだ理解できる」
連携などと言うものじゃからてっきりワシを試すのじゃと思ったが、そうではなかったか。いや、そういう思惑もあるやもしれんが本筋ではないと。
確かに、あの二人がどの程度の者達かは未知数じゃな。こやつが寄越してくる以上は無能ではないのかもしれんが、果たして。
そうなると確かに一度試してみる必要はあるやもしれん。施設の隣にある魔窟内の魔物駆除をする敵対勢力の妨害を兼ねてか。
しばらく黙ったワシは考え込んでおったが、何度か小さくうなずく。
「全容を理解すると悪くないように思えるな。あの二人を試す必要はありそうじゃ」
「理解してもらえて何よりだ。詳細に関してはデータで資料を送る。質問があれば担当者に聞いてくれ」
「承知した」
「それと、冷川と体堂には連絡しておくように。あの二人を使うのはお前だからな」
まるで小間使いのように扱われているようで一瞬不快となったが、あの二人は今ワシの配下じゃ。やむを得んじゃろう。
一つ大きくうなずくとワシは執務室を出た。
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今度一緒に仕事をすることになる体堂と俺は十人が入室できる会議室で座っていた。入室直後にちらりと見ただけで後は離れた場所に陣取って前を見据えている。
その正面にあの胡散臭いハーミットという魔法使いが立って今回の仕事の内容を説明していた。人に説明するのはあまりうまくないらしく、独りよがりな感じが強い。
幸い与えられた資料はきちんとしていたからそれを追いかけながら、作戦内容を頭の中に描いた。
人工皮膚で覆われた手足はサイボーグ化され、胴体は若干肉体強化し、頭蓋の奥にAIチップを埋め込んでいる俺は戦闘に特化したハンターだ。引き受ける仕事も当然その類いばかりで、今回の内容も得意分野と言える。
ハーミットの説明が終わると、若干面倒そうに体堂が口を開く。
「魔窟内の魔物を駆除する敵をオレ達が駆除すればいいんだよな?」
「その通りじゃ」
「やることは難しくねぇのは結構なんだがよ、相手は複数のチームでこっちはオレ達三人だけってのはどういうことなんだ? もっと数がいるだろう」
「順番に片付けていけば良いじゃろう」
「マジかよ。いくら何でも楽観的すぎるだろ。魔物にも気を付けねぇといけないんだぜ?」
「それは敵も同じじゃ。それに、こちらは奇襲を仕掛ければ優位に立てよう」
二人の質疑応答を聞いていると、この作戦には他に目的があるのではと思えてきた。もちろん敵対勢力の力を削ぐのも目的としてあるのだろうが、俺達を試すような何かがあるように感じられる。
黙って考え込んでいると、体堂が俺に声をかけてきた。その声色には呆れが混じっている。
「冷川、お前も何か言ってやれよ」
「この作戦を拒否することはできるのか?」
「認められん。そのような勝手を許せば誰も動かんではないか」
「作戦への参加人数を増やしてもらうことは?」
「ワシも進言したが却下された」
「作戦の立案の自由は俺達にあると考えていいのか?」
「その点は何も言われなかったからの。あるじゃろう」
大筋ではどうにもならないが、実際の作戦については自由にして良いということか。つまり、現状の手持ちの駒だけで何とかするしかないということになる。
「そうなると、あんたが言ったように一チームずつ奇襲していくしかないな」
「ちっ、マジかよ」
「敵が魔物と戦っているときを狙うのが一番だろうな。そうすると相手は魔物と俺達を同時に相手にすることになる」
「悪くない案じゃな」
「危なくなれば引き上げるべきだが、敵は最低どのくらいまで減らせばいいんだ?」
「できるだけ減らすようにとのことじゃ」
平静にハーミットが答えた。
それを聞いた俺はますますこの作戦が敵の数を減らすだけではないように思えてくる。ハーミットが何か隠しているのか、それともハーミットさえも何も知らないのか。
ともかく、作戦に拒否権がない以上は参加するしかない。そして、できるだけ効率良く戦い、己の生存率を高くする。報酬分は戦うがそれ以上のことは何もする気はない。
俺が黙ると体堂が苛立たしげにこちらを一瞬睨んでから、またハーミットと言い合う。ご期待に添えなかったようだが俺の知ったことではない。
半透明の画面に表示された資料を見ながら、俺は頭の中で作戦内容について考えた。