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進路希望調査票

 今日の僕は学校からとあるメッセージが届いているのに気付いて、何をするにも気分が乗らなかった。それは学校にいる間中はもちろん、帰宅直後の今も変わらない。


 自室のベッドに転がり込んだ僕はため息をつく。


「あ~こんなの見たくなかったのになぁ」


「どうせ避けられないんだから愚痴ったってしょーがないでしょーに。さっさと書いて提出したらいいじゃない」


「何かいたら良いのかわかんないから困ってるんじゃないかぁ」


 随分と間延びした声で僕は真上に漂うソムニに返答した。


 これだけ嫌がっているもの正体は進路希望調査票だ。昼休みに一斉配信されて教室内のあちこちで呻く声が聞こえてた。もちろんその呻いた一人に僕も入っている。


 高校二年の十二月に進路希望を聞くなんて早くないかと僕は思うんだけど、三年になってからもう一度提出しないといけないらしい。それじゃこれは何のために書くんだ。


 のんきな様子でふわふわと浮いているソムニが気軽に言ってくれる。


「ま、来年いきなり提出しろなんて言われても、はいそうですかってすぐに書けるわけじゃないからね。今から少しずつ考えておけってことでしょ」


「なんて余計なことをしてくれるんだ」


「現に今、何を書いたらいいかわからないって言いながら転がってるじゃない」


 ぐうの音も出ない正論で殴りつけられた僕はうつ伏せになった。おのれ進路指導部め。


 けど、百歩譲ってこれを提出するのは良としよう。問題は他にもう一つある。むしろそっちの方が厄介だ。その問題とは、このお知らせは両親にも届いているということだ!


 絶対色々と言われる。二年になってから成績が上がってたおかげでほとんど何も言われなかったけど、これは間違いなく口を出されるに違いない。何を言うのかわかっているのも憂鬱だ。


 どうしたものか考えていたけれど、結局何も思いつかないまま夕飯になった。


 台所に向かうと父さんは既に食べ始めていて母さんは今からだ。夕飯の内容は、豚の角煮、ひじきと豆腐の和え物、粕汁で、僕の分も用意してある。


 自分でご飯をよそって席に着くと、まずは豚の角煮を囓った。油でてかった豚肉は柔らかく、口に含むと濃い味が広がる。何度か噛んでからご飯を口に入れた。飲み込んでからは更に粕汁を口に含んでさっぱりとさせる。最後は和え物を少し摘まんだ。


 夕飯の内容に満足していると、父さんが声をかけてくる。


「優太、今日学校から進路希望調査票についてのメッセージが届いたんだ」


「うん、知ってる」


 ついに来たと僕は内心思った。若干上目遣いで父さんを伺うと表情はいつも通りだ。母さんは今のところ様子見らしい。普通にご飯を食べている。


「何を書くかはもう決めたのかい?」


「まだだよ。そんないきなり言われても思いつかないし」


「自分のやりたいことがあるんなら、それを書いてみたらいいんじゃないか?」


 父さんの提案を聞いて僕は少し眉をひそめた。それがないから困っているんじゃないか。あったら進路希望調査票に書いてるし、なんなら父さん達にも話してるよ。


 それとも、今やっていることを書いても良いんだろうか。今はジュニアハンターだから高校卒業後はハンターになるけど、春のときはどちらも反対していたよね。


 いっそのこと言ってやろうかとも思ったけどやめた。実のところ、自分でも将来ハンターになりたいのかと言われると首をかしげてしまうからだ。でも、だからといって他にやりたいことがあるわけでもない。


 食べるのをやめていた僕はため息をつく。


「あーあ、ネットを見て回るだけの仕事があったらなぁ」


 漏れ出した僕の本音を聞いた父さんは呆れた。母さんも少し眉をひそめる。いやわかっているよ、僕だってさすがにそれはないことくらいは。


「何もないっていうのなら、とりあえず大学進学と書いていたらどうなんだ?」


「そうだね。けどその場合、どこの大学の学部に行くのかまで書かないといけないんだ。さすがに学部まですぐには出てこないよ」


「学力的にはどの当たりまで狙えそうなんだい?」


「学校の成績だけじゃわからないよ。進学校ならまだしも」


「だったら一度模擬試験を受けておいた方が良いな」


「えぇ? 模擬試験なんて来年の春までないよ」


 思わず露骨に顔をしかめてしまった。藪をつついて蛇を出した気分だ。そもそも大学に行くなんてまだ一言も言っていないのに、どうしてそんな話になるのさ。


 とにかくこの話は早く切り替えないといけない。


「とりあえず、適当な大学と学部でも書いておこうかな」


「どこの大学にするんだい?」


「これから考えるところだから、今はまだどこだかなんて言えないよ。中堅って言われているところにしようかなって思ってるけど」


「母さん、もっと上の大学を狙えるんじゃないかしらって思ってるんだけど」


 話に入ってきた母さんへ僕は父さんと一緒に顔を向けた。まいったな、仮の話が確定になりつつある。


「僕の成績だとそんなに上は狙えないよ」


「でも、この一年間で結構上がったじゃない。これからもっと勉強すれば、良い大学に行けると思うわ」


「来年にもう一回提出するんだから、今そこまで真剣に考えなくても良いと思うんだ。どうせ書く内容は変わってるだろうし」


 これは本音であり事実だ。何も思いつかない今、いくら考えたって次の提出のときにはがらりと変わっている可能性が高い。


 そして、あの女の子の捜索の進み具合が影響するのも確実だ。何も進展がなくて諦める可能性もあれば、居場所を突きとめて助け出す可能性だってある。


 けど、助け出して僕は一体どうしたいんだろう。未だ名前もわからないけれど、あまりにも頻繁に会っているため最早他人とは思えなくなってしまっている。


 確実に影響するのにそれを考慮することは誰にも言えないというのはなんとももどかしい。いっそ何もかもぶちまけてやりたい気分になる。


 突然黙った僕を見ていた父さんと母さんは困惑していた。母さんの方が声をかけてくる。


「優太、どうしたの?」


「あ、いや、これからどうしようかなって」


「母さんは、今からでも勉強に専念してほしいわ」


「今は期末テストが目前だから勉強してるけどね。本格的に勉強を始めるのは来年の春になってからって考えてる」


「どうして今からじゃ駄目なの? ジュニアハンターの活動がそんなに楽しいの?」


 そうだもう一つ思い出した。ミーニアさんとの約束だ。あの人との約束を果たさない限りジュニアハンターは辞められない。いや、どうしてもと謝ったら許してくれるのかもしれないけど、それはやりたくない。


 夢の中の女の子の方は僕個人のことだからまだしも、ミーニアさんの方は勝手に放棄はできないよね。


 困ったな。これも父さんと母さんには言えそうにないや。どうしたものかな。


 思ったよりも言えないことがあって僕は戸惑った。自分の進路を考えている場合じゃないように思える。


「うん、楽しいっていえば楽しいんだけどね。僕にだって色々あるんだ」


「もうそんなこと言って」


「母さん、とりあえず今は良いんじゃないかな。成績も下がっているわけじゃないんだし」


 ここまでと思ったのか、父さんが話を打ち切ってくれた。母さんは不満そうだけど反論しにくかったのか黙る。


 このままだと喧嘩になりそうだと思い始めていた僕は安心した。けど、何かしら考えておかないといけないことに気付けたのは良かったな。


 その後、また三人で夕飯を再開する。雰囲気は多少重くなったけど、今の僕には悪くなかった。

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