怒りの矛先(比企孝史、体堂剛視点)
なぜ、計画の準備段階で躓いているのかが私にはわからない。ただの人集めだろうに。心底不思議に思う。
体堂の部下が起こしたという事件について私が報告を聞いたのは、それが世間に知れ渡る直前だ。実行犯は警察に逮捕され、マスコミからの発表は秒読みだったので手が回りきらなかった。
なぜもっと早く報告をしなかったのかと最初に体堂を叱責したものの、体堂も気付いたタイミングがほぼ同じではどうしようもない。
しかし、そんなことは大した慰めにはならなかった。ハンター派遣会社が一つ営業停止となり、遺跡発掘の日程が遅れ、しかも我が財閥にも暗い影を落としている。
ここは財閥本社ビルの執務室だ。座り慣れた本革張りの椅子に私は身を沈め、落ち着いた執務机の向こうに立っている体堂剛をじっと眺める。
「私は遺跡を発掘するための人材を集めるようお前に命じたはずだが、何をどうやったら会社が一つ傾くんだ?」
「申し訳ありません」
「マスコミの報道をお前も見ているだろうがレッドサラマンダーは営業停止だ。そして、再開する目処はない」
「それじゃ、オレは?」
「倒産の処理はこちらでしておく。お前は適当なところで辞職だな」
「そんな! あの会社はオレのですよ!?」
「しかし、営業を再開したところで仕事などできんぞ。偽の依頼書を発行し、引き受けたハンターを殺そうとした会社など、誰が使うんだ?」
「あれは部下が勝手にやったことで」
「実際のところがどうなのかは重要じゃない。世間はそう見ていないんだ」
体堂の言葉を遮って私は断言した。
限りなく黒に近い灰色と見られている体堂は今、非常に微妙な立場にある。これ以上下手なことをして我が財閥の対面に傷を付けられてはたまらない。
幸い、直接的な証拠はなく死人に口はないのだ。ここはさっさと身を退かせるべきだろう。こんなつまらないことで比企財閥を全国規模に押し上げる計画を遅らせるわけにはいかない。
不満と憤怒を耐えているのか、体堂は顔をしかめて拳を握りしめている。状況を理解できても納得できないのだろう。
「ともかくこれは決定事項だ、諦めろ。その代わり、汚名を雪ぐ機会を与えてやる」
「機会、ですか?」
「そうだ。お前とて寝耳に水のアクシデントで社長の座を追われて終わり、というのは悔しかろう。そこでだ、お前の元ハンターというその経歴を活かしてみないか?」
「具体的には何をすればいいんです?」
「今度行う遺跡の探索にハンターとして参加するんだ」
「一介のハンターからやり直せってわけですか。それは」
「少し違うな。確かに一介のハンターとしてやり直すわけだが、お前には少し特別なことをしてもらう。この任務を成功させたら、お前が次に立ち上げる会社の支援をしてやってもいい」
思った通り体堂の目の色が変わった。単純だが効果的な方法だからな。
言葉を切って私が黙ると、体堂が返事をする。
「わかりました、やりますよ。で、その特別なことってのは何ですか?」
「純化計画の遺跡を発掘するチームに入ってもらうのだが、そこにある魔法使いも参加する。魔法関連の諸問題に対応するためな。お前はこの魔法使いの護衛をするんだ」
「科学と魔法の力を使って不老不死を求めていたんでしたっけ? 本当にそんなことができるんだかねぇ」
「実際のところは私も半信半疑だ。が、行われた実験の結果とそれに付随する知見には利用価値があると私は考えている。それを手に入れるためにも、その魔法使いは必要なのだよ」
「なるほど、理解しました。護衛任務ってやつですね。で、一つ質問なんですが、オレの仕事は護衛のみなんですよね? 魔法使いさえ守り切れば仕事は達成っと」
「さすがにその辺りはめざといな。まぁいいだろう。ただ、ある程度はその魔法使いに使われることは受け入れてもらうぞ」
「雑用係ですか。しょうがないですね。あんまり無茶なことはしないですよ」
「それは魔法使いに言ってくれ」
一瞬微妙な表情をした体堂だったが、私の言葉に何も言い返してこなかった。
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散々警察に絞られた後に総帥のところへ戻ってきたら、オレは社長をクビだと言われた。正直ふざけんなと思ったけど言ってることは正しい。
そして今度はハンターに戻って魔法使いの護衛をしろときたもんだ。オレと並行して探していたことはムカツクが、今は黙ってることにする。
それよりも、護衛の仕事を務めたらまた会社を興せる約束を取り付けたことが大きい。ハンターの仕事一つで援助してもらえるんなら悪くないぜ。
オレが護衛の仕事を引き受けたことで総帥は執務室に人を呼びつけた。中に入ってきたのは二人だ。
一人は年寄りでダークグレーのフード付きローブを着ている。身長はやや高めで病的に細い。更にばさばさの白髪、クスリでもキメたかのような目、骨張った顔、どれを取ってもまともにゃ見えねぇ。こいつが魔法使いだろう。
もう一人は軍服らしきものを着ている。横流し品か? 体格は良くて角刈りに厳つい風貌だ。ハンターか軍人崩れか。
「紹介しよう。そちらのご老人がハーミット。お前の護衛対象だ。もう一人は同じ護衛担当の冷川敏だ。二人とも、ここにいるのが体堂剛だ」
「そなたがもう一人の配下か」
「冷川だ」
総帥がお互いのことを紹介すると、相手二人がしゃべった。ハーミットの声はしわがれていてある意味その風貌に合ったものだ。冷川の方は感情が欠落したかのように冷たく感じる。
職場としての雰囲気は最悪だが今のオレにはあまり関係がない。どうせこんな連中となれ合う気なんざねぇんだ。最低限のことだけやってさっさと終わらせてやる。
「体堂だ。あんたがハーミットか。総帥の話だと、オレはあんたの護衛をすることになっている。あんまりうろちょろしないでくれよ」
「護衛の仕事も含まれておることはワシも聞いておる。まぁ何もなければ、ワシの近くで突っ立っておるだけじゃて」
お互いの認識が違うことに気付いたオレは総帥へと振り向いた。こちらも感情が読めない無表情だ。
少ししてから返事がある。
「ある程度はその魔法使いに使われることは受け入れてもらう、と言ったはずだぞ」
「マジかよ」
仕事で認識の違いがあるなんてザラだが、このジジイとそんな状態で仕事すんのかよ。
ちらりと冷川の方を見る。軍人のように直立不動のままだ。あいつはこの状態に納得してんのか。
「チッ、しょうがねぇな。しかしな、オレは総帥から護衛の仕事を引き受けたんだ。そこはしっかり覚えておいてくれよ」
「よかろう」
とりあえず納得させられたようだ。あんまし余計な仕事を押しつけられても面倒なだけだしな。氷川の方はどうか知らんが、オレはこれである程度仕事の範囲を決められたぜ。
「よし、それでは決まったな。後のことは探索チームのリーダーとそこのハーミットと打ち合わせた上で行動しろ」
「了解」
「それと、今後はこの仕事が終わるまで私に直接報告は必要ない。すべてハーミットにするように」
面白くねぇ話だが、確かにいちいち総帥に話すことじゃねぇよな。オレだって下っ端の話なんぞ必要がなけりゃ聞かなかったし。しゃぁねぇ、ここは納得しておくか。
それにしても、とんだことになっちまった。苦労して築き上げた会社が一瞬でパアになった上に、こんなクソみたいな仕事を押しつけられるなんてよ。それもこれも、みんなあのミーニアとガキのせいだ!
これが終わったら、きっちりとお礼をしてやるからな。待ってろよ、二人とも!