第19話 閑話休題
こんな話を知ってるか?
この世界に全体の地図がないのは、計ろうとする奴がいないからでも、広すぎて把握できないからでもない、
世界は動いているからだって。
今来た道は過ぎたらもうないし、昨日出発してきた町ももうそこにはない。
歩いていけば必ず次の町に行き当たり、その町は辿り着くまでそこに存在していなかった。
世界は、歩む者に合わせて常に造られ移動している。
しかし故郷に帰れないわけではない。
帰路の旅路にもまた、創造と移動が生じるからだ。
それらは、何の矛盾もなく在る。
歩みそのものが、そのまま冒険の書となる。
町と町とが繋がっておらず、間に道を挟むのはそういう事情らしい。
各々の存在が各々自身の内に、各々の世界を持っている。
全ての始まりであり終わりを含む、源であり絶対の味方にも生涯の敵にもなり得る。
常にそこに在るが、在ると感じることのできないもの。
自身を含め誰とも分かち合えないもの。
それを古代から人々は畏怖を込めてこう呼ぶ。
『クオリアー』
それは、いかなる言語にも信号にも置き換えられない。
この世界の支配者とも、諸悪の根元とも言われる。
ここではない世界なら、そのものは神という名がつくこともあるかもしれない。
クオリアーを探し出せた者はいない。
それが何者であるのか、証明はできない。
する必要もない。
それは今この時も、お前と共に在る。




