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ぼつ  作者: 電柱刻冥
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1話 一つの人生の終わり

 今日、結婚と言うものした。

 特に式を挙げたとかは無く、妻の高校卒業と同時に役所に書類を一枚2人で提出しただけの関係だが、今日、私と『真由美』は夫婦になった。

 この世に作られ、あの研究施設から逃げ出してから数年、生まれて初めて人として他人を狂おうしい程に求め、愛おしいと思えた女性。天涯孤独の暗闇の人生のまま何時生涯を終てもいいと思っていた私の隣に寄り添い歩き、光をくれる女性ひと

 私は独りでは無くなった。

 

 結婚して半年、娘が生まれた。

 元気に泣く娘とガッツポーズ決める妻を見て。自然に笑みがこぼれ、気が付けば私は泣いていた。

 『真夢まむ』と名付けた。私にとっては夢のような、真由美にとっては長年の夢だった愛する人との子供、私達夫婦の真の夢。

 二人が病室に移り面会に行くと真由美が「さわってあげて。」と私に微笑んだ。私が恐る恐るまだ猿のように見える娘に手を近づけると不意に真夢が私の指を握ってきた。まだ小さいその手は、私の小指の先を包むのが精一杯だが、それでも私の指を握り笑う。真由美が嬉しそうにその光景を見て「お父さんっ」と笑いかけた。その一言で私は初めて家族を持ったのだと感じ、喜びが込み上げ真由美に口づけをした。



 幸せと思える日々は、あっという間に5年の歳月が過ぎ、真夢ももうすぐ新1年生。その間、真由美と色々頑張ってみたものの真夢に妹弟を作ってやれず、少し寂しい気はするが、日々成長して行く真夢の愛らしさに夫婦共に夢中である。

 ランドセル選びに義母との衝突、「将来はパパのお嫁さんになる。」の真夢宣言に真由美との板挟み、夜のプロレスへごっこへの真夢の乱入事件。川の字就寝の真夢決壊頻発問題、「お父さんの娘だから真夢は、きっと将来天才になるぞっ!」愛娘を抱き上げて親バカする私。呆れながらも「そうですね」微笑んでくれる妻。

 そんな、怒ったり困ったり笑ったり、かけがえのない家族の日々が過ぎていった。



 結婚してもうすぐ6度目の桜も散りが初夏が訪れようとする頃、体調に異常を感じるようになってきた。

 元々、身体は貧弱に出来ていてはいたが今回は少し様子がおかしい。

 発熱が続き吐き気や間接痛が日に日に酷くなって行く。始めは「季節はずれのインフルエンザさ」と家族には誤魔化していたがそれも限界の様だ。

 今まで出来る限り医療機関への接触は避けて来たが、涙目になって懇願する真由美に負け隣町の市民病院で検査を受ける事にした。


 検査入院をして3日目、検査の結果が出ると真由美と義母の珠子さんの2人も診察室に呼ばれ「検査の結果ご主人の病気は急性骨髄性白血病でした。」と初老の医者がゆっくりそう告げた。

「へっ?」

真由美が放心した様に医者に聞き返す。

「はっけつびょう?」

何かの間違いでしょうと言う様に少し引きつった顔で真由美は繰り返し聞き直した。

「急性骨髄性白血病。検査の結果間違い無いでしょう。」

初老の医者は淡々とそう私達に言い、真由美の方を少し向き

「大丈夫ですよ奥さん。今は『赤い疑〇』の時代と違って白血病は、不治の病では無いのですよ。」

そう真由美を力付けようと言葉を続けた。義母珠子さんが「20代の娘にそのネタは分からないでしょう。」と言うようなツッコミを堪えた様な顔で初老の医者をみる。

 「化学療法や抗癌剤での長期治療になり、少し大変になるでしょうが、大丈夫。治りますよ。」

初老の医者は、微笑みながら3人に話した。


 治療入院がひと月ほど過ぎた。

 真由美の献身な介護が治療の副作用に苦しむ私の心を支えてくれていた。

「あなた、して欲しい事があったら何でも言ってね。」

ベットで真由美が私の身体を濡れたタオルで拭きながら言う

「ああ、ありがとう真由美とっても気持ちいいよ。」

私が少しふざけた様に返すと

「もう、病院で出来る範囲ですからね」

少し顔を赤らめながら真由美の身体を拭く手が下に移る

「早く元気になって下さいね。」

濡れたタオルが気持ちいい

「それは、どちらの意味だい」

からかう様に私が答える。

「もちろん、両方ですっ」

そう言うと、真由美はほっぺを少し膨らませ、身体を拭く手を強く激しくした。

「分かっているよ、早く元気になっていえに帰ろう。」

そう笑って返し、身体を真由美にあずけた。

 しかし、私は薄々解っていた。多分これはただの白血病では無いのだろうと言う事を。


「先生っ、これを診てください。」

信じられないモノを見たような顔で一人の若い医者が初老の医者に治療経過のカルテを渡した。

「何だねこれはっ、治療前より悪化しているではないかっ。」

初老の医者がカルテに目を通し若い医者に驚いようにカルテを突き返した。

「ちゃんと治療をしていてどうしてこんな数値になるんだっ。」

今度は怒ってカルテをデスクに叩きつける。

「ありえないんです。あの患者、通常の3倍のスピードで症状が進行しています。」

若い医者が少し委縮しながらもそう報告をした。

「馬鹿な、『赤い〇星』だとでも言いたいのかね君はっ、あの患者は白血病だぞ!」

初老の医者は取り乱し訳の分からない事を言い出し立ち上がった。

「・・・・・とにかく、」

数秒後、冷静になろうと初老の医者は天井を見上げ深呼吸をしてから若い医者に話し出した

「投薬量をギリギリまで増やし、化学療法のピッチも上げるしか今のところ打つ手が無いだろう。」

そう告げられた若い医者が

「それでは患者の負担が、副作用に耐えられない恐れもあります。」

若い医者が反論した。

「ではどうすると言うのかねっ」

分っているっ、と言う様に初老の医者が睨みつける。

「患者と話しましょう。 ご家族とも」

若い医者が静かに答えた。


 後日、介護していた真由美と私を個室に移し初老の医者は、病の現状をありのままを申し訳なさげに話してくれた。病が3倍のスピードで進行がしている事、投薬等を増やしても体への負担が大きすぎて耐えられないかもしれない事、治療を止めればひと月ともたないだろうと言う事を。

「先生、治るって言ってくれましたよね。」

真由美が両手を前に蕭白な顔でゾンビの様に初老の医者に迫りだした。

「誠に申し訳有りませんが、現状の医学では…」

初老の医者は謝るように下を向き小さな声で答えた。

 私が危惧していた通りだった様だ。本当はそうでなければいいと思っていたのだが。

「先生、妻と2人だけで話をさせて下さい。」

迫りくる真由美に壁際まで追い詰められた初老の医者に私はお願いした。

 

 二人だけになった病室に真由美の小さくすすり泣く声だけがが聞こえていた。

「真由美に話しておく事が有るんだ。」

私は静かに話し始めた。

 今まで黙っていた私の出生、私が違法なゲノム操作で作られた知能特化型のデザイナーズチャイルドである事。私を作った研究機関が何者からに潰された時、そこから逃げ出して隠れ住んでいて時に真由美に出会った事、この病気が初めから遺伝子にデザインされたモノであろう事。そして多分、何をしても私が助からないであろう事も全て話して聞かせた。

 真由美は信じられない様な顔を見せてはいるが、何処か納得した様な顔で私の話を聞いてくれた。

「こっちに来てくれないか。」

ベットで起き上がりながら両腕を広げ妻に微笑む

「あなたっ 」

泣き崩れるように真由美が私の胸にうずくまる。

「真由美と出会えて本当に幸せだった。君は暗闇に住んでいた私の人生に光をくれた。ありがとう」

そっと真由美を抱きしめると

「いやよっ、ホントは悪い冗談なんでしょ?まだ何とかなるんでしょ? 天才だって言うんだものなんだ何だって出来るんじゃないの?」

そう言って真由美私は泣きじゃくる妻の頭を撫でながら、どうしたらこの涙を少しでも拭う事が出来るだろうと思いを巡らせ

「じょあ、こう言うのはどうだろう?」

生涯最初で最後の真由美への嘘をつく

「約束しよう。この体が死んでも直ぐに生まれ変わって、必ず君に会いに行く。」

「本当に?」

真由美が涙目で私を見る。

「本当さ、さっき話しただろ、私は世紀の大天才なんだぞ。」

嘘である。どんな天才でもそんなことは限りなく不可能に近い。だがこの嘘でほんの少しでも真由美の心を救えるならそれでいいと思った。

「じゃあ、わたし待ってる。」

真由美が強く言う。

「いつまででも待っているから早く会いに来てね。」

真っ直ぐに私を見つめる真由美に

「ああ、それまで真夢のことを頼んだぞ。」

そう答え妻を闘病で衰え切った腕で力の限り抱きしめながら、『本当は死にたくない』生まれて初めてこんなにも私は『生』を渇望していた。


 それから数日、平成19年6月16日 享年29歳 私は家族に見守られながら息を引き取った。



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