彼女のひみつ、僕の秘密
毎日のように走る河原のサイクリングコース。
僕の荒い息が響く。
僕と同じ練習用のウェアを身につけた北里さんがまた振り返って僕に心配そうな視線をむける。
北里さんは僕の様子がおかしいことに気づいているんだろう。でも、それが何かまでは分かっていないはずだ。そう、おねがいだ。気づかないで。
僕は、おもらしをしてしまっている。
アンダーと一体型のランニングパンツの中に、ウンチをしてしまっている。
我慢したんだ。
あの時みたいに、いっぱい我慢したんだ。
でも、がまん、できなくて、しちゃったんだ。もらしちゃったんだ。
おしりがきもちわるい。
うまく走れない。
それから、
まだ、でちゃいそうなんだ。
どうしよう。
たすけて、北里さん。
僕の通う高校は、一学年一クラスしかない。
三学年の生徒数は何年も前から百人を下回っていて、他校との統合の話もでているらしい。
広い敷地と今となっては無駄に大きな校舎で毎日過ごしていると、自分もゆっくりと朽ちていく気がする。それは少し寂しくはあるものの、やたらと人が多い郊外都市から引っ越してきた僕には安らぎを感じさせた。
環境がそうさせるのか、この地域がそうであるのか、学校はやたらとのんびりとしている。
部活も人数がいないので団体競技をするのが難しく、僕が所属する陸上部は男女合わせて八人しか部員がいないけれど、この学校では普通のことだ。その中でも長距離グループは僕と北里有紀という僕と同じ二年生の女子だけだった。
北里さんは同じ学年なので同じクラスということになる。
北里さんは背が小さい。肩ぐらいまでの髪をおさげにしているのでますます幼い見た目に映る。おとななしい性格だけど、長距離を走るのは速かった。彼女が本気で走ると、僕はついていけない。でも北里さんは陸上にうちこんでいる、という感じでもない。練習で二人で走るとき、僕のペースに合わせてくれる。もったいないと思うけど、北里さんは「誰かと一緒に走る方がいい」と言う。北里さんは、僕といるとき、いつもより喋る気がする。
僕と北里さんは、クラスでも仲がいい。ほとんど毎日、二人で昼ご飯を食べる。付き合ってもいないのに仲良くしている男女はこの学校では珍しくない。幼い頃から一緒にいて家族みたいな感覚の間柄が多いそうだ。だから、みんなお互いのことをよく分かっていて、多少のことではぶつかりあったりしない。だいたいのことは中学までで済んでしまっていて、予想外などということはめったにないのだ。
どういうわけか、僕はそこにとけこんでいて、高校入学時から突如出現した存在にも関わらず、目立つことはなかった。
それは北里さんのおかげなのかもしれない。
高校で同じ陸上部に入ってから、陸上経験者の北里さんが僕に走り方を教えることになったことが、仲良くなったきっかけだった。そのうちに教室にいるときもよく喋るようになり、家の方向が同じこともあって一緒に登下校もするようになった。
おとなしい北里さんと仲良くしているので、僕も無害な人間なのだろうと認識されたのだと思う。おかげでクラスでは男子とも、女子とも、うまくやれていると思う。
北里さんは、クラスではやたらと子ども扱いされている。背が小さくて幼い見た目をしているからという以外にも、彼女の小中学生時代の振る舞いが、彼女の印象をそうさせているようだ。高校入学前の北里さんの様子は多くのクラスメイトから聞くことになった。忘れ物が多かったとか、小さなことで泣いてしまったとか、服装が幼かったとか、エピソードは様々だったけれど、最も彼女の幼さを決定付けてしまったことは「おもらし」だった。
北里さん自身も「おしっこが我慢できない体質だったんだよ」と言う。小学校低学年の時は毎年のように、五年生になっても学芸会で、中学一年生の時も授業中におもらしをした北里さん。
中学生にわたってまで失敗を繰り返してしまったことで、「おもらしをする幼い子」というイメージができあがってしまったのだろう。
「おねしょはね、中学二年までしちゃってた…」
「ひみつだよ」と北里さんが教えてくれたことも、どうやらみんな知っているようだ。
北里さんが中学一年生の時におもらしをした、ということを聞いた時、僕はどきっとした。
僕には秘密がある。
北里さんにも言っていないけれど、僕も中学一年生の時に、学校でおもらしをしたことがある。
それも大きい方を。
それまでは、学校でウンチをしたくなったことはほとんどなかったし、普段は朝に家でしてしまうし、もし学校でしたくなっても我慢するか、こっそりと他の生徒の目に付かないトイレで済ましてしまうことができたので、僕にとって学校でウンチをしたくなるということは、特に大きな問題ではなかった。
それが一変してしまったのが、中学一年生の九月のはじめだった。
その日の朝には、なぜかウンチがでず、そのまま学校に行った僕は、一時間目から我慢を続けていた。休み時間にトイレには行くものの、同級生でいっぱいのトイレで個室に入ることができなかった。僕は、昼休みになったら職員室横の先生用のトイレか、あまり人が来ない特別教室棟のトイレに行こうと考えて、午前中は我慢をすることにした。
しかし午前中最後の授業が始まってすぐ、我慢が限界に達した僕は、教室で座ったままパンツの中にウンチをしてしまった。
周囲に充満するにおいでおもらしはすぐにばれ、教室は大騒ぎになった。
僕は先生に連れられて保健室へ行った。体操服に着替えて学校を早退した。
それから僕は、朝にウンチが出にくくなり、学校でウンチを我慢しなければならなくなっていった。
朝、ウンチをしないとと思えば思うほどウンチがでない。なのに家を出て簡単にトイレに行けない状況になるとウンチをしたくなってしまう。ウンチをしたいと思うと、またおもらしをしたらどうしようという不安がそうさせるのか、ますますウンチの我慢ができなくなってしまうのだ。
学校でウンチを我慢はできても、家へ帰る途中で漏らしてしまうということが中学生の間に何度かあった。そういう時は、パンツの中にウンチを漏らしたまま、家まで歩かなくてはいけない。誰かに見られないように早く帰りたいのに、パンツからウンチがはみ出さないように、お尻を押さえながらゆっくりと歩かなければいけない。
家に帰った時、母に失敗を伝えなければならない。最初に帰り道で漏らした時、もらしたウンチで家の廊下を汚してしまってから、漏らしてしまった時は玄関前でインターホンを押して待つように、僕は言われていた。
「ただいま。あの、ウンチ、もらした、ごめん」
家の前でインターホンごしに母に漏らしたことを伝えるのは恥ずかしかった。母は玄関から風呂場まで新聞紙を引いてから僕を家に入れ、その上で僕に服を脱がせ、お尻についたウンチを拭いてから、風呂でシャワーを浴びるように言った。
インターホンを押して高校生の姉が出てしまう時があって、その時は姉にウンチを漏らしてしまったことを告げなければならない。
母がいたとしても、玄関で服を脱いでいる時やお尻を拭いている時に、姉が帰ってきてしまう時があり、お漏らしを知られ、下半身を見られてしまう。
とても、恥ずかしい。
おもらしをして家にたどりついても、母も姉も家に戻っていない、ということがあった。そういう時、パンツの中にウンチを漏らしたまま、僕は家の前で待ち続けた。
僕が引っ越して、親戚の家からこの高校に通うことにしたのは、学校にしろ家にしろ、中学生の僕のおもらしを知っている人間がいないところに行きたいと思ったからだ。
高校に入学してから、失敗はしていなかった。
クラスで、部活で日々を過ごすうち、そういう失敗をしたことすら忘れていった。
なのに。
なのに、今日。
学校からは何キロも離れていて、しかも遮るものがない土手の上のサイクリングコースに、僕たちはいる。走っている途中にしたくなってしまったウンチを我慢しながら走り続けたものの、北里さんに言い出すことができず、走りながらアンダーと一体型のランニングパンツの中に漏らしてしまった。
僕はどうすることもできず、ウンチを漏らしたまま、北里さんと走り続けている。
僕の様子がおかしいことに気づいたのか、北里さんは走りながら「だいじょうぶ?」と僕に問いかけた。僕は「うん」と言ったものの、お尻にウンチがあるせいでまともに走ることはできない。
僕が立ち止まると北里さんもペースをおとして僕のところまで引き返し、「少し休む?」と僕の顔をのぞきこんだ。その時に、北里さんはにおいに気づいたのだと思う。少しの沈黙のあと、「ねえ、安田くん」と言った。
「もしかして、でちゃった?」
僕は黙ってうなずいた。
「あ、やっぱり。大きい方…だよね」
僕は北里さんの顔を見ることができず、下を向いてうなずいた。
「もー、何で言わないかなあ。トイレ行きたいって。」
北里さんは軽く、明るい調子で行った。
「どっかで、なんとかしないとね。」
そう言って北里さんは僕の背中に軽く手を当てて、学校への帰り道を促した。
僕は北里さんと歩き出したけれど、ウンチは全部出きっていなくて、まだ出てしまいそうだった。人目につかない場所まではまだ距離がある。
歩く度に我慢がつらくなり、僕はたまらず「あのっ」と言った。
「どうしたの?」
「あっ、えっと、まだ…したい…」
「えっ?ウンチ?」
僕はうなずいた。
「まだしたいの?出ちゃいそう?」
僕がうなずくと、北里さんは「急がなきゃね」と言って僕の手をとって走り出した。「がんばって。もう少し、いくと、トイレ、あるから」北里さんは走りながら言った。
「ごめんね、気づいて、あげられ、なくて。」
公衆トイレが見えるところまでたどりつき、「あとちょっと。安田くんがんばって!」と北里さんに声をかけられた直後、大きな排泄音とともに、僕の我慢は再び限界を向かえた。
お尻いっぱいにやわらかいウンチが広がり、股の下から前の方にも押し出されてきた。ランニングパンツのお尻の横の部分からウンチがあふれ出してしまい、僕の足の内側をべっとりと汚した。ほどなく、地面にもべちゃっと音を立ててウンチが落ちてちらばった。
「あっちゃー、間に合わなかったか」
北里さんは先程と同じように明るい声で言い、僕の頭をなでながら
「いっぱい我慢したね。つらかったね」と言った。
北里さんは僕の手を引いて、多目的用の大きい個室に入った。
僕を目の前に立たせると、北里さんはかがんで、僕の靴と、靴下を脱がせた。どちらも、ウンチがついてしまっていた。それからランニングパンツを、ウンチがこぼれないようにゆっくりとおろした。それでも、北里さんの手に少し付いてしまった。
トイレの中には、ウンチのにおいがひろがった。北里さんはトイレットペーパーで僕の下半身を時間をかけて拭いた。北里さんの手は何ヶ所もウンチがべったりとついていたが、黙々と僕の下半身を拭き続けた。
「うち、小さい弟がいるからさ、おもらしのあとしまつ、よくやるんだ」
それが終わると、北里さんは水道で僕のランニングパンツと靴下と靴を洗った。下半身をさらしたまま立ちすくむ僕の横で、北里さんは僕のウンチまみれのランニングパンツを手で洗った。
「慣れてるでしょ」
北里さんはそう言って笑った。
僕は北里さんが洗ったランニングパンツをはいて、学校まで北里さんと歩いて戻った。洗い立てのランニングパンツはつめたかった。
北里さんは帰り道、ずっとしゃべっていた。
「私もね、大きい方、おもらししたことあるんだ。小学校の三年生のとき、運動会の練習でね」「安田くんと同じように、走りながらしちゃったんだ」「そのあとおもらししたまま、練習したんだけど、途中で座らなくちゃいけなくなって、体育座りする時に、ウンチ…がね、お尻の下でつぶれちゃってね」「それで…ブルマから出てきちゃって、べちゃって」
学校まで戻ると、北里さんは他の部員が練習をしているはずの校庭ではなく、校舎横の部室棟に僕を連れて行った。
「安田くんのランパンまだ濡れてるからさ、取り替えよ」
北里さんは周りを確認しながら陸上部の女子が更衣室として使っている部屋に僕をひっぱりこむ。
「ぬいで、これ履いて」
何が何だか分からない僕の前で、北里さんは自分のランニングパンツを脱ぎ、僕に渡す。北里さんの股間に、薄く毛が生えているのがちらっと見えた。
「はやく。私チビだけど安田くんおしり小さいからそんなにサイズ違わないはずだから」
北里さんは僕にランニングパンツを手渡すと、自分の荷物から下着と体育用のブルマーを引っ張り出して履いた。
僕はまだわけがわからないまま、濡れたランニングパンツを脱いで北里さんから渡されたものに履き替えた。
なるべく股間を隠して履き替えたら北里さんに「さっきあれだけ丸出しにしてたのに」と笑われた。
校庭で待つ他の部員の所へ戻ると、北里さんは「遅くなってすみません」と言った。みんなが北里さんのブルマー姿に不審な視線を投げかける。
「ちょっとちびっちゃって、着替えてきました」
と北里さんは言う。
その時、僕はやっと彼女の行動の意図を理解した。
「ちびったって、有紀、あんたまた漏らしたの?」
北里さんと同じ中学出身の女子が吹き出しながら聞いた。
「うん…おねがい、陸上部だけのひみつにしてね」
北里さんがブルマーの裾をいじりながら言う。
「ついに高校でもやっちゃったか」「北里先輩、変な格好」
上級生からも下級生からもからかわれて、北里さんの顔が赤くなっていく中、彼女の視線が僕に向く。
「ひみつだよ」
もう一回言った北里さんは、ちょっと困ったような、いたずらっぽいような、うれしそうな顔をしていた。