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ワールド・メイク

死者はただ見守りて……

作者: 石山 カイリ

 ここは時空のどこかにある牢獄。


 私の住み処だ。


 ここには何もなく、ただ、広くて白い空間が広がるのみで私しか存在しない場所。

 その空間で、世界を見るのが私が与えられている余生を優雅に過ごせる唯一の楽しみ――


 ――だった。

 私はどうやら無意識の内に、魂のみをこの牢獄に(いざな)ってしまうようで、様々な世界から予期せぬ来訪者、が時おり、来るのである。


 その大多数はすぐ帰って行く。しかし、中にはこの何もない空間に入り浸る、変人も少なからずいるのだ。

 そうこうしているうちに、また、私は誘ってしまったようだ。


「……むっ……! こ、ここは? 」

 どこからともなく現れた、眼光が鋭い男が周囲を訝しげに見渡す。

 その男の髪は光さえも飲み込む、ブラックホールをも連想させる短髪。

 それを視認したと同時に、私の背後から気さくな男の声が飛ぶ。


「ここは、死者が現世(うつしよ)を視るために集う場所よ! 」


 ……違う、ここは私の住み処だ。


 何の迷いもなく、言い放った男は、最古参でここに千年ほど前から不法占拠されている。

 この男の名はポセイドン。チキュウで言う所の人魚の王である。

 そのポセイドンの発言を訂正すべく、ポセイドンとほぼ同時期にここへと舞い込んだヒミコが口を開く。

「その言い方は如何なるものか。生き霊もこよう? 」

「ああ、そうだったな! ハハハッ……! 」


 ……違う、何度も言うが、ここは私の住み処だ。


 ポセイドンの笑いが収まる頃合いを見計らって、ヒミコが状況が飲み込めず呆然と立ち竦んでいる男に向けて問いかける。

「して? そちはどちらだ? もし生き霊ならば長居は無用だぞ? 即刻帰るが良い」

 ヒミコが言い終えたあとも、男は眉をぴくりたりとも動かさなかった。

 無理もない。

 いきなり下半身が魚の男と、半ば神に近しい存在になった、老婆がいきなり話しかけてきたのだ。


 言うなれば、それは、ある豆を焼いた後に擂り潰し、それを煎じて出きる、怪しい黒い汁を飲んでいる人達を目の当たりにした時と同等の驚きだろう。

 そんな男が正気を取り戻したのは、この牢獄に第四の声が響き渡ってから、しばらく立ってからのことである。

「我もここへ来た当所は驚いたものだ」


 その声の主である、ここ十年そこそこ入り浸っている、ポールがいつの間にか立ち竦んでいる男の後ろに立っていた。

 ポールは笑いながら反応のない男の背中をテンポよく叩き続ける。

 その行為が十回に及ぼうとしたその時。

 男はすばやく横にスライドさせ、背中を無遠慮に叩いている手を空振りさせる。

 同時に戸惑いこそあるも、しっかりと芯の通った声を辺りに響かせる。


「わ、わたしの名はスピカ。オリンピュアの王……だったものだ。暗殺された身であるから生き霊ではない」

 スピカと名乗ったその男は呆然としていたものの、意識ははっきりしていたようで、数分前のヒミコの問いに見事答えて見せた。

 間髪を入れずにヒミコが無邪気な子供めいた口調を飛ばす。

「ほう……。暗殺とな? それはまた、物騒じゃの……。して、そちはこれから、どうする? 」


 スピカは、首を傾げながら、短く問い返す。

「どうするとは? 」


 いや、聞くことなく即座に返答したまえ。

 一番の古株である――と、言っても私を除けば、だが――ポセイドンがスピカの疑問に答える。


「そんなことは決まっている。この場に残り我々と一瞬に世界の行く末を見守るか――」


 いやいや、ちょっと待ちたまえ。我々と言っても君達はここを不法占拠しているだけじゃないか。


「――このまま、あの世(かくりよ)に向かうか、どうするんだ? 」


 もちろん、決まっているだろう。

 おとなしくあの世に行きたまえ。


「この世の行く末等は正直どうでもいい――」


 うんうん。そうだろう、そうだろう。それに、世界の行く末を見守るものなんて私一人で十分だからね。

 さ、立ち去りたまえ。……ま、ここは、出て行くことは簡単だが、来ることが難しい場所なので出て行ったら二度と来れないがね。


 心の声が聞こえたのか、スピカは私の思いとは真逆の言葉を発したのである。

「――が、わたしには手塩にかけ育てた肉親同然の娘が一人いるんだ。おそらく、その()は、これから多大な苦労が振り掛かることだろう。わたしは一人の親として、娘が死にあの世へ行った時によく頑張ったと、言ってやりたい。そんな不埒な理由でも構わないだろうか? 」


 いや……。いやいやいや。何を言い出すんだね。君……。

 そんなことダメに決まってるじゃないか。

 ここは世界の行く末を見守る所なんだよ。それを私利私欲のために使っては……。


 そんな私の思いを汲み取るなく、スピカの後ろに立つポールが肩を強く引き寄せる。

 同時に微笑。

「ハハハ……。そんな事は気にするな! 我だってそうだぞ? それにここはその為にあるもんだって聞いてるしな。そうだろ? 」


 いや、言ってない。

 一言たりとも言ってない。


 私が心の中で全力否定を行っていると、背後から二つの笑い声が聞こえてきた。

「ハハハッ……! ああ、そうだぞ、ここはそう言う奴らのためにあるのだ! 」


 いや、私がいつそう言ったのかな……。


「ククク……。ああ、そうだとも。ちょうど一気に人が減って、ちと寂しかったところであるからな。こちとて、大歓迎だとも」


 こらこら、君たち何勝手に決めてるんだい。


 スピカは最後の一音まで聴き終えると同時に深々と頭を下げる。

「ありがとうございます! 」


 ちょっと待ちなさい君、この牢獄の主たる私は認めてないからね。

 なのに、なに話しがとんとん拍子に進めているのかな……。


 これだから王たちは……。

 こうして、私の有無を問わず、この空間に新たに入り浸るものがまた増えたのである。


 では、改めて説明するしよう。


 ――ここは時空のどこかにある死者が入り浸る牢獄。


 私の住み処だ。


 古くから不法占拠している二人の王の手によって、私の無意識が誘ってしまう魂来訪者をしばしば不法占拠者が増える場所だ。


 もしかしたら君の事を心配してる人も来てるかもしれない。


 やれやれ。いつになった私の安寧の日々は帰ってくるのやら……。


 私は何万回目のため息を漏らす。


 どうやら、また新たな来訪者が来てしまったようだ――


「…………こ、ここ、は……? 」

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