4-1.踊れ、祝祭の勇士たち
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【緑の里】の中央に位置する、一番おおきな神殿【汎神殿】。
そこでおれたちは、【オリンピアの祭典】競技の開戦儀式を終えた。
この神殿を一歩出たら、もうどこから競技参加者からの奇襲があっても文句は言えない。
この祭りのルールでは、二十四時間どこでも相手への攻撃が許可されている。
参加者は「神器」を用いて力を争い、相手を屈服させたら勝利となる。
今年の参加者は全員が高校生(一年ごとに小学生、中学生、高校生、成年、と参加資格を得られる年齢が交代するのだという)。
十二名とも、みんな同じ高校の学友たちだ。女子も男子も入り混じり、毅然とした表情をして儀式に臨んでいた。それぞれが、自分の神器に自信をもっているのだろう。
始終おどおどしていたおれとは正反対だ。
この中で、最後まで勝利を重ねた人間が、この祭典の勝者となる――。
開戦儀式の直後。【神域】と呼ばれる、神殿の庭園にて。
「停戦条約を結びましょう」
と言い出したのは一輝だった。
「いずれ戦うことになるにせよ……いきなり身内同士で潰しあうのは、あまり面白いと言えませんからね。どうでしょう?」
いつものさわやかスマイルで、ごくごく平和的な提案を打ちだしてきた。
「いいんじゃないか? まあ、おれなんかは、だれに襲われても負けるだろうけど」
と、おれは答える。
身内で潰しあっても仕方がない、というのは賛成だ。参加者がどんどん脱落していったら、もちろん最後には、身内であっても戦わざるを得ないんだろうけど。
「りむねが守るよ」
りむねは一大決心を顔に表して、意気込んでいる。
「騎佳くんには指一本触れさせない。りむねがずっとそばにいて、守るからね」
じっとこちらを見据えてくるりむね。
しかし、
「ううん、わたしが守る!」
と、陽光に輝く黒髪をたなびかせて、羽穏がその視線の間に割りこんでくる。
「わたしの【黒炎廃絶教】の神々の力を使えば、どんな敵もイチコロだから。鷺宮くん、安心して?」
「いえ。みなさん邪魔です。ここはわたしが」
りむねと羽穏を押しのけて、唯香がおれの肩に冷たい小さな手を伸ばす。
「わたしが必ず、騎佳さんを優勝させてあげます。なにも心配する必要はありません」
「気持ちはありがたいけど……三人だって、【神託】は欲しいんだろう?」
そのはずだ。どんなことでも神々から教えてもらえるのだというのだから。
そんなチャンスを逃す人間はバカだ。
「いいえ、騎佳さんが良ければそれでいい」
「りむねも、そうだよ。騎佳くんが勝ちたいなら、勝たせてあげる」
「わたしだって! 羽穏だってそうですから! こんな雌猫連中の甘言に惑わされちゃいけません! わたしだけを信用して鷺宮くん! ね!」
うん、この三人はちょっと常識では計れない。……バカではないんだろうけど。
「必ず騎佳さんを優勝させてあげます。でもその代わり……なんでもありません」
「りむねが守ってあげるからね。でもね、そうだな……なにしてもらおうかな?」
「わたしが鷺宮くんに勝利を捧げるよ。だからね、羽穏のお願いごとも聞いてね?」
……なんか、ちょっと別の意味で身に危険を覚えはじめたおれだった。
一輝は苦笑しながら、では、と去っていった。【神域】から出たということは、すでに「神器」による死闘――祭典に本当の意味で参加したのだ。
おれたちも続いて、【汎神殿】の敷地を出る。
――【オリンピアの祭典】は、かくして幕をあけた。
みんなと解散して、おれは自宅に戻った。
いまいち、実感がない。
祭典の期間中はどこから敵が襲ってくるかわからないから、常に攻撃に備えていなければならないってことらしいんだけれど……。
とりあえず、夕食の支度をするか。
腹が減っては戦はできぬ、だ。
ということで、おれは冷蔵庫の中身をチェック。したのだが、
「見事になにもないな……」
ここ数日、買いだしに行っていなかったから、腹の足しになりそうなものがない。
卵なんかひとつもなくなっている。女子たちが卵料理で使ってたしな。
「買いもの、行くか」
あんまり外に出るのは気が進まなかったけれど、背に腹は代えられない。
河川敷沿いの土手を歩く。気持ちの良い風を受けながら。
そろそろ日も沈みかけてきて、涼しくなってきた。
こうして【緑の里】を眺望してみると、いかにこの里が異様な土地であるかが改めてわかる。所々にそびえ立つ白亜の神殿。神社の異様な多さ――。
おれは河川敷を寝床にしているホームレス――どこか異国から流れついたのだろうか、全身褐色でまったく毛の生えていない老人が気になった。
彼は頭の先からつま先まで、身体中のいたるところに見覚えのない言語で文様を刻んでいる。なんらかの呪術的意味があるのだろうけれども、その方面の知識はおれはからっきしダメなので、よくわからない。
「色々な人間が暮らしているんだな、【緑の里】」
そんな感想をぼやきながら、おれは自宅から離れたところにあるスーパーマーケットに向かっていた。
目当てのスーパーマーケットの前まで来て、おれはきょう購入すべき物品のリストを頭の中で確認する。
卵、パン、豚肉……きょうはカレーにしよう……じゃがいも、にんじん、たまねぎ。
あとジュースのストックも欲しい。ついでに菓子の類も用意しておこう。
それから、比較的日持ちする野菜もだ。意識して野菜を摂るようにしておかないと、ひとり暮らしじゃ簡単にビタミン不足になるからな。
「よし」
それじゃあ買い物開始だ。
と一歩、足を踏み出した瞬間、
「――目標発見」