3-3.決死の賭け
校舎全体に、強い緊張が走っている。
その日、おれたちの授業に【赤の国】から「教育交流担当官」なる、ダークスーツに身を包んだ男たちがやってきていた。
彼らの表向きの目的は「【緑の里】と【赤の国】の教育の、相互交流」なのだという。
しかし、だれの目から見ても……政治をよく知らないおれの目から見ても……彼らの本当の目的は「教育の監督・支配」にあるのだった。
授業中、教室のうしろに一列に並んで教師を威圧し、その一言一句に耳を傾け、メモをとる。
教師が少しでも失言をすれば――どんなことになるのだろう。
その日の授業には「神々」だとか「神器」だとかいうフレーズはまったく登場しなかった。教師たちがかなり気を使っているのが、肌で感じられる。
いつもはふまじめな生徒たちも、このときばかりは一様におとなしい。
一部の気骨のある生徒たちだけはときどきうしろを向いて、【赤の国】の黒い使者たちに恨みがましい視線を送ることを忘れなかった。
おれは、この里の政治のことがさっぱりわからない。
けれど、生徒も含めた高校全体が、「教育交流担当官」に静かなる敵意を抱いているのを、はっきりと感じとれた。
おれは人の視線がかなり気になるタイプみたいで、どうも落ちつかないから、ときどき首を回してうしろを盗み見てみたりした。
すると、男のひとりと目が合った。
他の人より特別デカいバッヂをスーツにつけた、どうも偉い役職の人間らしい。
そいつは、なんだか、おれに注目しているような感じだった。
気のせいか……?
そんな事件がありつつも、しばらくは平穏な日々が続いた。
あれから一輝とは、ふたりきりになることはほとんどないけれど、人前ではいつも通りの関係を続けている。
差しあたっては、それでいいと思っている。
さて、あるときを境に、里が急にざわつきはじめた。落ちつきがなくなってきた。
その理由をりむねに訊いてみると、
「それはね、【オリンピアの祭典】が近いからだよ!」
という回答。
つまり、お祭りを直前に控えて、住民たちはみなそわそわしているのだ。
「りむねたちにもね、出場のチャンスがあるんだよ! 楽しみじゃない?」
どういうことかというと。
その【オリンピアの祭典】という祭りは一種の競技祭で、出場者は「神器」の強さを競って戦い、最強の人間を決定するのだとか。
いかにも【緑の里】独特の奇祭、って感じだ。
下校しながら、りむねはバッグのキーホルダーをじゃらじゃら鳴らしてはしゃぎ回っている。他の住民たちと同じように、りむねも祭りが楽しみで仕方がないみたいだ。
それに、その神器ナンバーワン決定戦に出場する気満々でいるらしい。
おれは静観を決めこむとしよう。
神器を――得体のしれないアレをまた使うのは、まっぴらごめんだし。
【オリンピアの祭典】の一週間前。生徒たちは全員講堂に集められた。
壇上には十二人の若い袴姿の巫女の姿。手には弓をもっている。
生徒たちはこれからはじまる儀式に胸を高鳴らせている。
おれもその中のひとりだ。
なにが起こるのか、ちょっと怖いけれど、興味はある。これほど多くの人間が楽しそうにしているんだから、たぶん面白いんだろう。
教師のアナウンスによると、これから巫女たちは競技の出場者を弓矢によって決定するのだとか。無造作に矢を放ち、その矢を受けた人間が参加権を得るというルール。
矢は合計で十二本。今年の祭りの競技の参加者は、この高校から十二人選ばれるのだ。
「全校生徒はたくさんいるんだし、おれが当たることはないだろうなあ。安心」
たった十二枠しかないと聞いて、おれは安心していた。出場者にされたら困る。
「なんで安心してるの、騎佳くん?」
隣で、りむねが不思議そうに首をかしげていた。
「わくわくしないの? 当たってくれないかなあって」
「おれはいいよ。見てるだけで楽しいから」
「でもね、鷺宮くん、競技に優勝するとすごい特典がもらえるんだよ」
横から羽穏が会話に入ってきた。
羽穏もまた、この祭りをかなり楽しみにしている人間のひとりだ。
「特典って?」
そのおれの疑問に答えてくれたのは、背後から影のように現れた唯香。
「【神託】です」
【神託】。
また【緑の里】の専門用語が出てきた。いったいなんのことだろう?
「その説明は、僕が引き受けましょう」
今度は一輝が、にこやかな笑顔で会話に参加する。
「【緑の里】各所にある神殿では、【神託】と呼ばれる神々のメッセージを受けとることができます。それはその人の命運を予言するものであったり、迫りくる危険に対する忠告だったりするのです。たいてい、それは『詩』のようなかたちで下されます。つまり、かなり曖昧な、なんとでも解釈できるようなメッセージなんですね」
「なんとでも解釈できるなら、あんまり意味ないなあ」
「そうなんです。ですが【オリンピアの祭典】の勝利者に与えられる【神託】は、言語を超えたかたちで下される、かなりはっきりとしたもの。あらゆる未来を予言し、あらゆる危険を前もって知らせ、人智を圧倒する真理を授ける――そうしたものなのです」
「神々になんでも教えてもらえるってこと? 宝くじの当選ナンバーとか?」
「ありていに言えば、そうなります」
すごいな、それは。簡単に億万長者になれる。
別に億万長者になりたいとは思わないけど。
それに、競技で優勝しなくちゃいけないってのなら、おれには関係のない話だ。
そもそも神器の使い方、よくわからないし。
他のクラスメイトの方がおれよりよっぽど強いだろう。
そうこうしているうちに、もろもろの準備も終わって、いよいよ巫女たちが矢を放つ段になった。
まず、ひとり目。
弓を限界まで引き絞って、びゅん、と甲高い響きを立て矢を射る。
「おおっ」
矢はおれたちの頭上でぴったりと制止し、まるで眼下の人間たちを吟味するようにそのままじっとしている。あれもなんらかの神々の力、オカルト的な力が働いているんだろう。
やがて、矢はおれの近くにいる女子生徒に狙いを定めて、降りてきた。
命中の瞬間、矢は淡く青い光の線へと変化する。
そしてその光は、女子生徒の心臓に吸いこまれ、消えた。
ドッと講堂全体が沸き立ち、盛大な拍手が起きた。
これがあと十一回続くのだ。で、計十二人の参加者が選ばれる、と。
二本目、三本目、と儀式が進んで……四本目。
矢はりむねに当たった。
五本目。羽穏に命中。
六本目は唯香。
七本目は一輝。
――身内が当たりすぎじゃないか?
クラスメイトはもう文字通りお祭り騒ぎだ。
同じ教室から参加者が四人も出ることが、誇らしいのだろう。本人たちも喜んでいる。
っていうか、すごい嫌な予感がするんだけど……。
「次は騎佳くんの番だね!」
りむね、満面の笑みをおれに向けないでくれないか。
八本目の矢は例によっておれたちの頭上で停止し、標的を探し求めて目(?)を凝らしている。
(こっちへ来るなよ……来てくれるな……)
ひたすらに念じるおれ。
期待の視線を向けてくる女子たち。
「わあ!」「やった!」「すごい……」
彼女たちの、そんな歓声が耳に入ってきたのと同時に――。
おれは自分が、矢によって「選ばれた」ことを知った。
矢は一条の光と化して――おれの心臓に到達したのだった。
その後、矢に選ばれたおれたちは別室に呼ばれ、いくつか奇妙な儀式に参加されられたのだったが――ほとんど覚えていない。
呆然自失。
見事、巻きこまれてしまった。祭りの当事者になってしまった。
まあ、そんなに深刻に悩むことでもないかもしれないけど。なんといってもこの競技は「神器」の扱いを競うもの。間違ってもおれが勝てるような遊びじゃない。
だから、早々に敗退して、あとは見物に回ればいいのだ。
しかし、ひとつ引っかかることがあった。
「この競技に勝てば、神々から確かな【神託】を受けることができる。望むことならなんでも教えてもらえる――」
それが本当かどうかはわからないが、もし真実だというのなら、おれには願ってもないチャンスだ。
なぜって、いまのおれには喉から手が出るほど欲している情報がある。
すなわち、この記憶喪失の原因と、正体不明の頭痛と衝動、そうしたものだ。
そうしたもののいっさいに詳細な説明をしてくれるというのなら、神だろうが仏だろうが、なんにでも縋りたくなろうというもの。
さんざん迷った挙句、おれは、ひとつの結論に達した。
――どうせこのままじっとしていても、はじまらない。
すでにおれを取りまく状況は、なんらかの動きを見せはじめている。
だから、否応なしにおれも動かなくてはいけない。身を守るためにも――。
そのとっかかりとして、まずこの【オリンピアの祭典】の勝利者に与えられるという【神託】、これを目標に奮闘するのは、あながち悪い手ではないと思えてきた。
「……どうかしてるな、オカルトに頼るなんて」
と、つぶやいてみるものの……。
やっぱりほかに頼るべきもの、行動する指針がもてない以上は、転がりこんできたチャンスをものにする以外、有効な手立ては見つからないのだ。
「――やるか?」
自分に問うてみる。どうせダメだろうが、まあ、ダメ元だとしても、じっとしてるよりかは、なにかに向かって動いていたほうが収穫は期待できるというものだ。
「よし……やるか」
決断と切り替えが早いのは、おれの唯一の美点かもしれないな。
おれはひとまず、【オリンピアの祭典】の優勝を目指してみることにした。
その【神託】とやらを得るために。
オカルト? 確かに神々だのなんだの、この【緑の里】ではトンデモ概念が闊歩していて頭が痛くなりそうだけれども――郷に入っては郷に従え、とも言うし。
ひとまずやってみてから、後悔すればいいや。
まずはおれの「神器」を、うまく使いこなすところからはじめないと――。




