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2-2.違和感

 午後の授業。

 いい加減、じっと机の前で教科書を眺めているのにも飽きてきた。そもそもおれは記憶がないんだから、勉強なんかしている場合じゃないだよ、ホントは。

 そういうわけで、ふまじめな高校生らしく、スマホをいじって時間をつぶすことにする。

 これはさっき気づいたことなのだけれど、おれの制服のポケットには新型のスマホが入っていた。これは間違いなくおれのものだろう。

 もしかしたらメールとか、メッセージアプリとかの履歴を見れば、記憶を失う以前のおれがどういう行動をしていたか、なにをしようとしていたかということが、わかるかもしれない。ぜひ、このスマホを調査する必要がある。



「あ……」


 このスマホ、パスロックがかかっている。

 もちろんパスワードなんか思い出せないので、ロックを解除することができない。

 仕方がないのであてずっぽうで数字を入力していたら、なんと、四回目でロック解除に成功した。


「ええ……」


 困惑。

 パスワードなんて数字の配列が何通りもあるのだから、デタラメに入力したってそう簡単に的中するはずはない。

 それが、四回で成功。これはなにを意味するのか?

 もしかしたら、記憶の残滓、みたいなものが、おれの脳には残っているのかもしれない。

 逆に不気味だ。

 だれかに「記憶喪失である」という事実を明かそうとするたび、変な頭痛がやってくるのも、もしかしたらその記憶の残滓が関係しているのかも。

 そう考えると、「おれは記憶をとり戻したがっていない」……?。

 いや、これ以上考えるのはよそう。

 想像をいくら並べたって、無駄なことだ。

 さっそくおれはスマホを操作し、メールやアプリをいろいろと起動して、なにか以前の記憶の手がかりになりそうなものを探す。

 しかし、保存されているメールやメッセージはゼロ件。

 ぜんぶ消されている、のだと思う。記憶を失う以前のおれが消したのか、あるいは。

 ますます謎は深まった。


 ひと通りスマホのチェックを終えてから、授業に耳を傾けると、結構興味深い話をしていることに気がついた。

 国語教師が教科書から脱線し、【緑の里】の成りたちを講義しているのだけれども、なかなか参考になる情報だ。


「いまから話す内容は、【赤の国】のカリキュラムにはないものなので、【赤の国】の教育介入措置の対象となる可能性があります。ですから、皆さんオフレコでお願いします」


 と教師は前置きする。そして、


「そもそもこの【緑の里】の起源は、古代ギリシアにまでさかのぼり――」


 里の歴史や、他国との外交関係についての解説がはじまった。

 ざっくりその内容をまとめると、


「【緑の里】は、神々の力を身につけた人々からなる独立の地域で、強大な隣国【赤の国】の細かい介入を受けながらも、なんとか侵略されずに済んでいる。【青の国】とは友好関係にあり、小国同士いろいろと協力し合うこともある。若いみなさんは、より強力な神器による戦闘力を身につけ、今後も引き続き【緑の里】の独立を守っていかなくてはいけない」


 といったものだ。

 まさかこの里が、政治的にそんなに緊張した地域だったとは知らなかった。

 どうやら【赤の国】、テレビ見たあの都会的な国は、【緑の里】の高校の授業内容に介入しているらしく、ホントは「神々」についての講義を禁止しているとか。

 だから、それが行われるのは、教師の勇気ある独断なのだ。

 すげえな。

 教師がレジスタンスみたいなことしているのか。

 【緑の里】がなんとか独立を守っているのは、神々の力によって生まれる武力のためだという。

 正直、現代人のおれには信じられない話だけれども、この目で確かにその「武力」が用いられる現場を目撃しているし、くわえて、おれ自身がそれを使っている。

 だから信じないわけにもいかないのだった。


 スマホに新着のメッセージが届いていた。四通も。

 送信者はりむね、羽穏、唯香、そして一輝。

 偶然か、あるいは示しあわせたのか、そのメッセージのどれもが、「きょう家に遊びにいってもいい?」という内容だった。

 顔を上げて、教室にいるその四人に視線を送ると、みなうなずいたり、ウインクしてみせたりした。

 うーん。どうするか。

 まあ、特に用事はないしな。

 というわけで、全員に「いいよ」と返信しておいた。



 例の四人がおれの部屋に遊びにきた。

 友人が集っての、愉快な楽しい夕方……になる、予定だった。

 けれど――。


「なんで、このストーカーがここにいるの」


 敵意むきだしで、りむねが唯香を指さす。


「それはこっちの台詞です。どうしてあなたたちが騎佳さんの部屋にいるんですか」


 唯香は毅然とした態度で、不満を表明する。


「きょうはわたしと鷺宮くんのおうちデートの日なんだけど。みんな出ていってよ!」


 感情的になってデタラメを言いだしたのは、羽穏。

 それを、おれと一輝が眺めやりつつ、ふたりでテレビゲームに打ち興じる。


「どうしてあんなに仲が悪いんだろう。女子たち」

「自覚がないんですか。重症ですよ、鷺宮くん」


 画面上でおれの操作するキャラにエグい必殺技を叩きこみながら、一輝は言った。

 自覚はあるけど――これ、記憶を失う以前のおれの仕業だしな。

 どうしてこんなにモテているのかは不明だ。正直、不気味さすら感じる。

 みんな、クラスメイトの目をひくほど魅力的な子だってのはわかる。

 けれどあいにく、おれには記憶がないから、初対面の、見慣れない、よくわからない他人としか感じられないのだ。

 悲しいことだ。申し訳なさもある。


 夕食の時間。

 女子たちはキッチンを占領して、われ先にと料理にとりかかっていた。


「そっちのフライパンはわたしに貸して。わたしが使うの」

「い・や・で・す」

「騎佳くんの食事をつくるのはわたしの仕事なんだよ? 邪魔しないで!」


 キッチンでも争いを止めない三人。

 ハラハラしながらテレビゲームに打ち興じるおれと一輝。


「料理をつくってくれるのはありがたいんだけど。協力するって考えはないのだろうか」

「恋はわれ勝ち、と言いますからね。みな、プライドがありますよ」

「世知辛いなあ」

「まるで他人事みたいに言いますね。プレイボーイは地獄に落ちますよ。ドン・ジョヴァンニのように」

「おれもそう思うよ」

「おお、余裕発言だ。憎い男ですね、鷺宮くんは。三回くらい殴っていいですか?」


 実際おれは一回、殴られておいたほうがいいかもしれん。


「――そうだ、オムライスの隠し味はわたしの血液にするね」


 キッチンで、りむねがとんでもないことを言っているのが聞こえてきた。


「やめてください」

「とっととここを出ていってください」


 唯香と羽穏がごくまっとうな反対意見。


「なんで? わたしの血は碧く輝く聖なる血だよ? 騎佳くんに食べてもらいたい」


 意味がわからない。


「気持ち悪いですから、早くここを出ていってください」

「うん、キモイ。邪教徒」


 ……。

 しばらくすると、女子たちの声がぴたっと止んだことに気づいた。

 気になったのでキッチンを見に行くと、


「……」「……」「……っ」


 女子たちは手に包丁をもって、殺気もあらわに対峙していた。

 照明の明かりを反射して青光りする包丁。その出で立ち、老練の剣豪の如くして――。


「おいおいおいおい、それはシャレになってないから! 武装解除! 武装解除!」


 そんなこんなでなんとか料理は出来上がった。味のほうは大変すばらしかった。

 食後の紅茶を飲みつつ、そろそろ宴もたけなわという頃。

 一輝が席を立つ。


「きょうは楽しかったですよ。……そういえば、鷺宮くんに渡したいものがあった」


 と言って取りだしたのは、数冊の海外文学。


「これ、前々から貸す約束していましたが、きょう、やっともってきました」

「あ、ああ」


 約束の記憶はないけれども、素直に本を受けとっておく。


「いちおう、表紙を確認してください。それで合っていましたっけ?」


 言われるがままに、表紙のタイトルにざっと目を通す。

 当たり前だけれど、どれも読んだ記憶がない。


「合ってるよ。ありがとうな」


 そう答えたが、一輝は眉をしかめた。そして、


「やはり、妙だ」


 とかなんとか、つぶやいていた。

 ……なんだ?

 その後は特になにも言わず、そのまま別れのあいさつをして、一輝は帰っていった。

 なぜだか若干、おれは嫌な頭痛を感じた。


 いっぽう、女子たちはなかなか帰ろうとしない。

 夜も深まってきたし、ひとりで外を出歩かせるのには不安な時刻なんだけれど……。


「羽穏ちゃんと唯香ちゃん。早く帰ってよ」

「そういうあなたが、さっさと帰ればいいじゃないですか」

「そうだよみんな帰ってよ。ここからは恋人ふたりきりの時間だよ?」

「鈴響さん、妄想もたいがいにしてください」

「貧乳は黙ってて」

「な……。どうして胸の話になるんですか。下品です死んでください」

「じゃあ胸が一番おおきい人が残ろうよ。ということで、りむねが残る。ふたりは帰る」

「その胸でわたしの恋人になにをする気なの! 帰れるわけないでしょう!」

「佐々神さんは卑猥すぎて危険なので騎佳さんとふたりきりにできません!」


 さっきから謎の牽制、言い争いが止まないのだった。

 そんな不毛なやりとりがしばらく続けられ、


「騎佳くん、泊っていってもいい?」


 というりむねのひと言から、羽穏と唯香が「わたしも泊っていく(いきます)」と発言。

 おれが制止する間もなく、女子たちは家族に連絡して宿泊の許可をもらい――。

 結局、お泊まり会になった。

 女子たちはベッドやソファー、おれは床で寝ることにしたのだけれども。

 夜中、何度も女子たちが入れ代わり立ち代わり、おれの寝顔を覗きにきたり、毛布に入ってこようとしたりして、あんまり眠れなかった。こういうの夜這いって言うんじゃなかったっけ。


「鷺宮くん。わたし、思ったんだけれど」


 羽穏がおれの毛布に三度目の潜入を試みたとき、言った。


「鷺宮くんって、まさか、性欲ないのかな?」


 ひどい。

 ……目をつむって、しばらく羽穏に言われたことを考えているうちに、気づいた。


(羽穏の言う通りだ。おれ、性欲、ないかも)


 男子高校生といったら、四六時中女子のことを考えて止まないセクシャル・アニマルだ、というのが世間一般の定説だと思う。知識として、おれはそれを知っている。

 しかし、現に男子高校生であるおれは、どうか?

 性欲がない。まったくない。「ムラムラする」ってどういう感覚なのかわからない。

 さすがに記憶喪失とは関係ないと思うけど。

 体質だろうな。これは。

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― 新着の感想 ―
久々の当たりぃ、ですね。
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