12-1.結局のところ、どうでもいいよ!
12
これまでの戦いを総括しよう。
記憶の抹消、【オリンピアの祭典】、記憶の回復、新座の襲撃――。
その道のりは、あまりにも曲がりくねっていて複雑だった。
けれど、結果としてはおれの意志によって、おれの選択によって、おれの判断によって、この生まれ故郷である【緑の里】を守ることができた。
いま、おれは大きな満足を覚えている。
もちろんそれは、決してひとりで成し遂げたわけじゃない。
りむね、羽穏、唯香たち頼もしい仲間がいた。クイークェグだってそうだ。
そうしたことも含めて、そう、おれは満足だ。
だから、満足したまま引き上げるべきだろう。そろそろ潮時だ。
旅立ちの日。
【青の国】へ入国するにはパスポートが必要だ。おれはすでに偽造旅券をもっていたから、この点はなんの心配もない。
旅の準備もだいたいオーケーだ。足りないものがあっても現地で補える。
あとは最後に――世話になった人たちにお別れを言わなきゃならない。
まずおれはクイークェグの住む河川敷に来た。
クイークェグはいつも通り、そこにいた。
こちらがなにか言おうとする前に、
「会わせたい人間がいる」
と言って、なかば強引におれはテントの前まで連れていかれた。
驚いた――。
「どうも、お久しぶり……というべきでしょうか」
そこに座っていたのは、阿羅風一輝。
かつては――侵略のための工作活動をサポートする仲間だった男だ。
困惑していると、クイークェグが説明してくれた。
曰く、クイークェグは一輝を強力な異空間【聖域】に閉じこめたが、戦乱の気配が一時的に去ったため、こうして解放したのだという。
クイークェグは――【神話兵器】は、一輝を無害な男であると判断している。実際、おれも一輝から敵意や戦意はみじんも感じられない。
「そうだな。久しぶり」
おれは驚愕から醒め、ようやく口を開いた。
「状況はだいたい聞いていますよ、【神話兵器】――クイークェグから」
「そうか……」
と、いうことは、おれがもう【ザ・システム】と公然と敵対している男だってことも、とっくに知っているのだ。
一輝は急に真面目な表情になって、
「これから、どうするつもりなんですか、実際」
「逃げるしか、ないと思ってる」
「同感ですね」
一輝は深くうなずき、
「ぼくも逃げます。一緒に、という意味ではないですが」
「なぜ? 一輝は【赤の国】に帰っても問題ないだろうに」
「【ザ・システム】がぼくの任務の失敗を許すとお思いですか? 仮に許してもらったところで、あの国でぼくはどんな利益を期待できますか。せいぜい死ぬまでこき使われるのがオチだ」
「……違いない」
【赤の国】の社会ではキャリアが重視される。
特に「失敗」にあまり寛容でない風潮がある。
今回の任務において一輝は、かなり大きな失敗を――主におれのせいだが――してしまった。権力の上位者たちから信頼をとり戻すのは至難の業と言わざるを得ない。
「ぼくはあなたと違って、【ザ・システム】から受けた教育――洗脳と言い換えてもいいですが――の影響を脱していない。だから正直なところ、【赤の国】こそ最良の政治体制を実現している国家だと思っているし、最終的に人類はすべて【赤の国】の国民になると思っています。それが客観的科学的真実である、と。……ですが、まあ、ぼくは落伍してしまった。つまるところ落ちこぼれだ。もう、逃げるしかないんです」
「すまなかった」
「なるべくしてなった。それだけです」
一輝は力なく笑った。
「握手を、しましょう。逃亡者同士、最後は和やかに別れる――どうです?」
「賛成だ」
おれたちは手を握り合った。固く、握り合った。
「「旅の無事を、祈る」」
クイークェグには丁重に礼を述べた。
一輝とは思わぬ再会だったが、最後は友好的に別れることができた。
次は女子たち三人の番だ。
待ち合わせには駅を指定させてもらった。
別れのあいさつをしてすぐに出発、という流れにしておかないと、いつまでもこの里に長居してしまいそうだったから。
駅に到着した。約束の時間だ。
――三人は姿を現さなかった。
「仕方ないか……」
そりゃ、そうだ。
三人とも、おれの身勝手さにほとほと呆れているに違いないのだ。
考えてみれば、勝手に危険な戦いに巻きこんでおいて、さらにはあらゆることの責任を放棄して「逃げる」というのだから、おれという男はとんでもない無責任の悪党だ。
別れのあいさつ、だって?
そんなおれの自己満足に、三人が付き合う気にならないのはいたって当然だ。
それでもまあ、おれという男はやっぱりどこまでもわがまま勝手で、ため息をひとつ、どうしても我慢できなかった。
「じゃ、まあ行くとしよう」
発車の時間が迫っている。おれはくたびれた旧式の車両に乗りこみ、席についた。
やがてベルが鳴り、電車がのろのろと動き出す。
これからの逃亡生活のことを考えつつ、おれは睡魔に身を任せた。
*
車窓から流れる景色をながめる。
【緑の里】の豊かな自然、田園地帯を抜けて、中立地帯の【青の国】へ至る。
【青の国】の役人に偽造旅券を提示。
とくに怪しまれることもなく、そのまま列車の旅は続く。
おれのとりあえずの目的地は、【青の国】の領土の向こう。
【緑の里】とはまた異なる神々を信仰する国家。
【赤の国】がまだ手出しをしていない国を転々として、しばらく身の安全を図るつもりだ。どこかへ定住するというのは……難しいだろう。
【ザ・システム】は恐ろしいまでの情報収集能力を有しているから、ひとつの土地に足を止めたが最後、たちまち追っ手が送られてくる。
「にしても、ちょっとお腹空いたな」
腹が鳴る。ぼーっとして列車に揺られながら、腹部をさすっていると、
「騎佳くん、お弁当あるよ」
「お、ありがとう………………って、え?」
おれとしたことが、なんと油断していたのだろう。
コンパートメントに人が乗り込んでいるのにまったく気づかなかった。
そしてその同乗者というのが――。
栗毛の髪。ふくよかな胸。なぜか高校の制服。愛嬌のある笑み――。
佐々神りむねだった。
「………………なぜ」
正直、言葉を失った。
しかし、驚きはそれだけにとどまらない。
「私のことおいて行っちゃうなんて、ひどいよ。永遠の愛を誓い合った仲なのに」
長くてつややかな黒髪。凛とした佇まい。腰には一振りの日本刀――。
鈴響羽穏。
羽穏が個室のドアを開け、こちらに微笑みかけてきていた。
そして。
「逃げられると思っているのですか」
ここまでくると、もう予想もつくというもの。
小柄で華奢な体躯。小動物的な童顔。静かで淡々とした声色。
そう、春風唯香。
唯香もまた、羽穏に続いておれの対面に腰を下ろした。
「いろいろ、聞きたことがある。まずひとつ。三人とも旅券は?」
三人はいっせいに、旅券をかかげてみせた。ちゃんと用意してきたらしい。
「なんのために……ここにいるの?」
答えるのも愚かしい、とばかりに、三人ともが笑った。
「――まさか」
「そのまさかだよ、騎佳くん」
「おれについてくる気なのか」
「妻として当然の務めだよ」
「無茶すぎる」
「無茶は承知のうえです」
「……」
まだ目の前の光景が信じられないおれに対して、
「じゃあ、これからずっとよろしくね」
りむねはそう言ってのけた。
「いやいやいや。危険な旅だ。そもそも家族は? 学校は? 生活は?」
「鷺宮くん。愛の前ではそんなのどうでもいいんだよ」
「よくないだろうに」
「知ったことじゃないです」
「……わかったわかった。じゃありむね。りむねには【長老対話】があるじゃないか。そっちはどうするんだ?」
ふう、と呆れたようにりむねはため息をついた。
「あのさあ、騎佳くん」
「……なに?」
「結局のところ、国も政治も、どうでもいいよ。りむねたちにはさ。身に降りかかる火の粉は払う。それだけのこと。本当に大事なのは、心だよ。魂だよ。パッションだよ」
「つまり、愛だよ」
「そういうことです」
……。
よくわかった。この三人にはかなわない。
どうやら、にぎやかな逃亡生活になりそうだった。




