11-2.自由へ
意外にも、そうした懸念はぜんぶ杞憂に終わった。
拘禁状態はあれから一週間ほど継続した。そののち、おどろくべきことに、おれは病院から解放され自由の身となったのだ。なんと、無罪放免らしい。
聞くところによると、クイークェグ――戦いのあとしばらく肉体の回復に時間を費やしていたが、最近ついに復活した――の尽力があったとか。
クイークェグは兵器としての役割だけでなく、神々の言葉を直接政治に反映させる重要なアドバイス役として、里の中枢でそれなりの影響力をもっているようだ。
――あとでお礼を言いにいかなくちゃな。
そんなわけで、おれはまず自宅に帰ることにした。
が、しかし。
おれの住んでいた部屋は、空き部屋になっていた。
契約が解除されていたのだ。
大家さんに問い合わせると、里から命令があって、部屋を即座に【長老対話】の手に引き渡さなければならなかったらしい。
たぶん、おれの処遇を決定する過程で、里はおれの荷物を徹底的に捜査したんだろう。
たいしたものは見つからなかっただろうけど。
かくしておれは無一文になった。
手持ちの若干の現金やら小物やらを除けば、おれの所有物はいっさい失われてしまったのだ。
まあ、どうせはじめから自分の財産なんてものはもっていなかったのだから、むしろさっぱりしたようないい気分だ。
問題があるとしたら、今晩の寝床がないことくらいか。
「どうするかなあ……」
物思いにふけりながら土手を歩いていると、
「達者か、少年」
「うわっ」
背の高い雑草をかきわけて、クイークェグがにょっきりと姿を見せた。
クイークェグはおれの事情をよく知ってくれていたので、寝床を提供してくれた。
寝床といってもくたびれた段ボールとビニールシートなのだけれど、おれはとても贅沢をいえる身分じゃないし、そもそもこういう野外での生活は苦じゃない。いちおうサヴァイヴァルの訓練もしているのだ。
焚火を囲んで焼き魚を頬張りながら、おれたちは語り合った。
「まずは、ありがとうございました。なにからなにまで、助かりました」
「よい」
「でも、おれのせいで【神話兵器】の存在が【赤の国】にはっきりと知られてしまいました」
「それも、よい。抑止力になる」
「失礼ですが――あなたがまだ未完成だ、ということも知れ渡ってしまった」
「問題なかろう」
と、クイークェグはおれの頭に手をのせた。
「クイークェグは日々完成に近づいている。そうでなくとも、この里にはお前のような勇者が幾人もいるのだから。問題は、ないのだ」
「……ありがとうございます」
「それで、これからどうするつもりだ? 里に留まるのか?」
「いえ。ちょっと考えがありまして――」
おれはクイークェグにこれからの計画を打ち明けた。
クイークェグはいいとも悪いとも言わず、ただ黙ってうなずいていた。
*
夜が明けた。よく晴れていて風の涼しい、じつに気持ちの良い朝だ。
おれは朝食ののち、クイークェグによく礼をいってから別れ、街へ向かった。
いくつかの店を回り、手もちの金を使って必要な物品を調達していると、スマホにりむねからの着信表示があった。
「きょう、正午、学校の屋上で待ってる」
屋上。正直なところ、あまりいい思い出がない。
それに、いまさら高校へのこのこ顔を出すのも気が引ける。おそらく、同級生の何人かはおれの本当の正体をすでに知っているだろう。
それでもおれは、「行く」と返信した。
――たぶん、りむねと会うのもこれで最後になるだろうから。
約束の正午。屋上へおれはやって来た。
そこにはりむねだけでなく、羽穏、唯香もいた。
三人がいがみ合うことなく、おとなしく並んで立っているのは珍しい。
まじめで重大な用件があるのかもしれない。
たとえば、【長老対話】がおれの取り扱いについて新たな決定を下したとか。それを伝える使者として三人が選ばれた?
「違うよ、騎佳くん」
りむねは首を横に振って、言った。
「暗い顔してるけど、りむねたちの用件はそういうのじゃないの!」
「そうだよ、ぜんぜん違うよ!」
と羽穏。こころなしか楽しげだ。
「まさか忘れたわけじゃないですよね?」
問い詰めるような鋭い視線を向けてくる唯香。
なんだ、いったい――?
「――りむねたち三人のうち、いったいだれを彼女にするの?」
りむねはごくごく真剣な顔つきで、おれにそう問うてきた。
そういえば、新座との戦闘の前にそんな約束をしていた。
三人から好かれてきたおれだが、これまでのどっちつかずの態度を止め、そろそろ最終的な結論を出さなければいけない――ということになっていたのだった。
つまり、りむね、羽穏、唯香のうち、だれと付き合うか決めなくてはいけなかったのだ。
「そうだった。きょうこそ、ちゃんとした返事をするよ」
おれの返答に、三人はごくりと喉を鳴らす。
それぞれが期待に目を光らせている。おれの答えはもう決まっていた。
「――名残惜しいけど、みんなとは一生のお別れだ。おれは【緑の里】にも【赤の国】にもいられない。これから長い旅にでるつもりなんだ」
きょう、街で買い物をしていたのは、ほかでもない旅支度のため。
「だから返事は――だれとも付き合えない。もうおれのことなんかは、この地上に存在しない男だと思ってほしい」
沈黙。硬直。
女子たちの顔にショックがありありと浮かんでいた。
けれど、実際のところおれはこの土地を去ったほうがいい。
それがおれのためでもあるし、里のためでもある。
おれを狙って、【赤の国】が再び追っ手を送りこもうとするかもしれない。
おおいにあり得ることだ。それは里に再び大きな迷惑をもたらす。
おれは三人のことを信頼している。
友人として、とても好ましく思っている。
だからこそ、おれの引き起こす無益な戦いに巻きこまれてほしくない。
「そういうわけだから……最後の別れのときは、また改めてあいさつさせてほしい」
あまりにも薄情だとは知りつつも、おれはそのまま女子たちに背を向け、校舎を出た。
ここのところ、昼間でも涼しい風がよく吹いている。
夏が終わりを告げようとしている――。




