10-1.座標はVPS.G300449389402983AG3
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もはやおれは――おれたちは【ザ・システム】の魔手から逃げ隠れしない。
部屋に戻って通信機を起動し、情報漏洩リスクをぜんぶ無視して【緑の里】に潜伏する敵に呼びかける。
『当方に交渉の準備あり。座標を送れ』
即座に反応があった。
『VPS.G300449389402983AG3』
指定されたのは、里のはずれにある公園。
女子たちに目で合図すると、みなうなずいた。
準備は万端だ。
そろそろ日も暮れようかという頃。おれたち四人は指定された公園に集合していた。
【ザ・システム】が送りこんだ侵略者たちと、決着をつけるために。
付近にはおれたちのほかに、人の姿はまったく見あたらない。ここなら荒事が起こっても、被害が他人におよぶことはないだろう。
おれの観察したところ、公園に罠の類はしかけられていない。女子たちもそれぞれの方法で辺りを探索したが、特になにも見つからなかった。敵はこちらを正面から打ち負かすだけの自信をもっているのだ。
しばらく言葉も交わさず待っていると、不意に、木陰からひとりの男が現れた。
がっしりした身体つきの、若い男だ。
ひと目で相当鍛えているということがわかる肉体。それを包む清潔で隙のないダークスーツ。胸には黄金のバッジが光る。
おれたちは男に見覚えがあった。
いつか、【赤の国】の教育交流担当官が授業の視察に来たことがあった。
そのときの男だ。
彼は授業中、やたらとおれのほうに視線を向けてきていた。何度か目が合ったからよく覚えている。バッジも視察のときつけていたものと同じだ。
男はこちらへずんずん歩いてくる。その後ろに、やはり木陰から彼の手下と思われる人間が現れ、ひとり、ふたりと数を増していく。先頭のスーツの男以外は、みな黒衣で身体と顔をすっぽりと包み隠し、まるで影のように振舞っている。
スーツの男を含め、計七人。おれたち四人と対峙する。
「まずは、自己紹介しよう」
男は口を開いた。
「新座督信。これがおれの名前だ。【赤の国】の教育交流担当官兼、特級捜査官粛清部隊指揮官」
通常なら自分の正体を明かすべきでない【赤の国】の捜査官が、丁寧に自己紹介をする。これはすなわち、相手を「消す」つもり満々であることを意味している。
「おれの背後に控える六人も、同様に粛清部隊の成員。『七賢対応』の命令
(オーダー)に従い、こうして共に行動しているわけだ」
「紹介、痛み入るよ」
「特務部隊の鷺宮騎佳。特級捜査官の身でありながら、実に愚かな真似をしたものだ。死に急ぐとはな。……それに」
新座は女子たち三人に目を向けた。
「道連れまで用意しているらしい」
「そう思うのはあんたの勝手だが、三人は高位の巫女で、屈指の実力者。おれの強力な盟友だ」
「知っているぞ。特に佐々神りむねは――【血碧の贄】。【長老対話】に議席をもつ、有力な人物」
「なら、話は早い。あんたにもわかるはず。そう簡単にりむねはやられない」
「われわれは戦闘のプロだ。素人に毛の生えたような娘に、いったいなにができようか」
「こちらは神器が使えるんだ。銃なんかおもちゃみたいなもんだよ」
「ふん、そうか」
新座は意味ありげに笑みを浮かべる。
「まあいい。とにかくおれは、裏切り者のお前を消すつもりだ。逮捕の必要はない。おれがこの場で裁き、刑を下す。ぶざまな死の刑をな」
女子たち三人は、ぴったりとおれに身体を寄せた。まるでおれを守ろうとするように。
「ああ、それからその巫女たちのほうも……大変都合がいい。きょう消してしまおう」
新座は続ける。
「【ザ・システム】の目的の完遂にとっては、いずれ邪魔になる連中だ。排除するのみ」
おれは一歩、足を踏みだした。
「女子たちに傷ひとつでもつけてみろ。思い知らせてやるから」
「わたしも」
羽穏がおれの言葉を引きとって言う。
「鷺宮くんにひどいことしたら、生かして里を帰さないから」
「はっ。まぶしい友情だ」
ドッと粛清部隊の隊員たちから失笑が漏れる。
新座は肩をそびやかし、
「われわれは茶会に来たわけじゃない。これ以上の言葉は無意味だろう」
「同感だな。こんな辛気臭い茶会はごめんだ」
「……では、はじめるか。淡々とやらせてもらう。裁きを。殺しを」
「淡々と、ね。できるものなら、やるがいいさ……羽穏!」
羽穏に合図する。羽穏はちいさくうなずいて、
「転移――【廃絶】!」
世界から音が失われ、色彩は歪曲する。
神器の力を最大限発揮することのできる、神々の異空間【廃絶】。
この領域へ敵を誘いこんでしまえば、こちらにも戦いようはいくらでもある。
動揺した黒衣の戦闘員たちが、慌てふためいて散開する。
だが――。
「ひとつ、とっくりと考えてみて欲しいものだな」
新座だけは堂々とその場に突っ立っていた。不気味な冷静さを保ったまま。
「なぜおれが【緑の里】方面の粛清部隊隊長に任命されているのかを」
――ああ、そうだろうとも。想定の範囲内だ。考えるまでもない。
【ザ・システム】の采配する人員配置は完璧。
新座をこの里に送り込んだのには、合理的な理由がある。
「どうやら理解できたようだな。……そう、おれもまた【特別招集】によって、とある神々の里から【赤の国】へ帰順した男なのだ、実のところ」
つまり、それが意味するところは。
「神器の扱いにかけては、おれは達人だ。そしておれの使うのはただの平凡な神器じゃない――【ザ・システム】によって体系化され洗練された、究極の戦闘用デバイスだ」
新座は虚空に手を伸ばし、つぶやく。
「――【神統記】――」
音叉を叩いたような金属音が【廃絶】を満たす。新座が神器を発動したのだ。
一見しただけでは、新座の周囲にはなんの変化もない。
けれど、確実になんらかの力を行使している――。
「りむね、羽穏、唯香――いくぞ!」
おれたちはそれぞれ神器を展開する。
【緑の里】を防衛するための、崖っぷちの戦いがはじまった。




