9-2.緑の警告
「騎佳くんは、りむねに会うために【緑の里】に戻ってきたんじゃないの?」
りむねはおれにそう問うてきた。
「はじめりむねは……そう思ってた。でも、たぶん、違うんだよね。騎佳くんはなにか別のおおきな目的のために……帰ってきたんだ」
「……どうしてそう思う?」
「これでもりむねは【長老対話】の列席者だから。いろんな報告が入ってくるよ。たとえば、最近の【赤の国】の不穏な動きとか――」
【長老対話】は【緑の里】の合議体。
【緑の里】は神々の教えを信奉する代表者たちの議会、【長老対話】による熟議と託宣の儀式によって治められているのだ。
「どうしてその【赤の国】の不穏な動きが……おれに関係あるんだ?」
「それは騎佳くんのほうが、よくわかっていると思う」
りむねはすでに泣きそうだった。
どの程度まで真実を知らされているのかはわからなけど、おそらくおれがなんらかのかたちで【赤の国】と関係していることは、もう疑いようのない事実として確信しているのだろう。
「本当はね。こんなこと……騎佳くんに直接訊いちゃいけないの。どこまで【長老対話】が隣国の動きに気づいているか、どんな対抗手段を検討しているのか……それは秘密中の秘密だから。でも、あえて、りむねはその禁忌を破って騎佳くんに確かめたい」
「騎佳くんはりむねたちの味方なの? それとも……敵、なの?」
「味方でありたい、と思っているよ」
それが赦されるかどうかは、別として。
「正直に言うとね。【長老対話】は騎佳くんの行動や言動にかなり注目しているの。つまり……」
「おれを疑っているんだな」
「うん。その、嫌疑の詳細は言えないんだけど……」
「ありがとう。それを教えてくれただけで十分だよ」
こうしてりむねが腹を割って話をするのは、本来なら許されることじゃない。
でもりむねはリスクを冒してでも、あえておれに忠告しようとしてくれている。
「ひとつだけ……本当にひとつだけ、騎佳くんを救ってあげられる方法があるの」
りむねは顔を伏せた。
「それは――りむねの眷属になること。【血碧限界教】の神々に帰依し、一切の所有物を放棄して、身ひとつで【血碧の贄】に――りむねに、忠誠を誓うの。そして四六時中りむねのそばを離れない【血碧の従者】の身分になる。そうすれば……少なくとも【血碧限界教】陣営は、騎佳くんをかばうことができる。【血碧の従者】は神聖不可触の存在だから」
「それは――素敵な提案だ」
「どう……かな?」
「ちょっと、考えさせてくれないかな」
いまは――おれは自由の身でいなくちゃいけない。言うまでもないけれど、もう里には七人の特級捜査官が潜入しており、おれの身柄を狙いながら侵略プランの継続を図っている。
おれはおれの責任を果たすために、その七人を撃退する必要がある。
だれかに協力を仰ぐことはできない。ひとりで戦わなくちゃいけない。
特に【長老対話】のような、行動決定に時間のかかる機関に問題を丸投げにするわけにはいかない。そもそも現時点で彼らはおれを信用していないのだから、意味がない。
「すぐに、結論を出さなくてもいいよ」
りむねは立ちあがった。
「でもあんまり時間に余裕がないの。それだけは覚えておいてね?」
「ありがとう」
「……っ」
去り際、玄関でりむねは涙をこぼした。
「りむねはね……騎佳くんが――りむねに会うために帰ってきてくれたんだと思ってた。でも……違うんだね。りむねは騎佳くんのこと……わからないよ」
「ごめん」
「いいの。でも――待ってるから」
ふだんならこのまま一緒に登校する流れになるはずだけれども、りむねは振り返ることもなく帰っていった。
さて――。
まだ根本的な問題が解決していない。
「おれは七人の特級捜査官を相手にして、はたして勝てるのか?」
真正面からぶつかっていっても、返り討ちにされるのは目に見えている。
単純に、おれより七倍の力をもつ敵を倒さなくてはいけないのだから。
ひとり、ふたりが相手ならまだやりようもある。けれど、七人ともなると――。
緊張で身体が痛む。頭痛がぶり返してくる。吐き気もこみあげてくる。
情けないかぎりだ。
……困ったときの神頼みという言葉がある。
なにかに頼りたい。そんな衝動がおれの頭のなかをうず巻いている。
せめて、問題を共有する助言者がいてくれたら――。
いまさら高校なんかどうでもいいけれど、まだ登校するにはだいぶ早い時間だ。
どうするか。
悶々としたあげく――。
気がつくと、おれは部屋を飛び出していた。




