9-1.赤の警告
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あまり眠ることができなかった。
悪い夢を見てうなされて、すぐに覚醒してしまう。そのくり返しだった。
すでに窓からは暁の輝きが差しこんでいる。間もなく夜明けだ。
「起きてみるか……」
鏡を見るとひどいことになっていた。目の下には隈ができている。疲労のせいで十歳も二十歳も顔が老けた気がする。
「さて……どうしよう」
体力回復のために二度寝するか、あきらめて朝食でもつくりはじめるか……。
部屋を無意味にうろつき回っていると、すっかり朝日が昇ってしまったので二度寝の案は却下。着替えののち、朝食の準備にとりかかる。
卵を割り、フライパンに火をかけ、塩と砂糖を棚から取りだしたところで――。
おれは料理を中断した。
コンロの火を消すのももどかしくキッチンを出て、寝室に走る。拳銃を取りだしこれを腰のベルトにはさむ。
最大限、周囲を警戒しながらバルコニーに出た。
「……いるな」
案の定、マンション前にたむろしていた五、六人の影が、おれを見てさっと姿を消した。
わかりやすいほどの殺気を発散していた連中だ。
まず、間違いなくあれは【赤の国】の兵隊。
ついに敵は直接的な行動を選択したらしい。
しかし、今回のは愚策だ。正直なところ、現れた敵はおれから見ればみなひよっこだ。あんなに露骨な殺気を出されたんじゃ、赤ん坊だって居心地の悪さを感じてむずかるに決まっている。所詮おれの敵じゃなかった。
「まったく。驚かせてくれる」
つぶやきながら、寝室に戻ると――。
ベッドの上に一枚の紙片が置かれていた。手書きの文字でこんなことが書かれている。
『 警告
すでに【ザ・システム】は戦闘行動の開始をわれわれに命じた。貴官の逸脱した行動について弁明の機会が与えられるよう取りはからってほしければ、ただちに投降すべし』
なるほど。やられた。愚策はおれのほうだ。
巧妙な心理作戦だ。
あえて殺気立った連中を表に配置し、それにおれが気をとられているうちに部屋へ潜入。あえて荒事を起こさず、代わりにこんな挑発的な文章を残していった。
敵はよほど自信家に違いない。
「いざ寝首をかこうと思えば、いつだって実行できるんだぞ」、と。
――敵は狩りを楽しんでいる。
おそらく、【ザ・システム】は「七賢対応」と呼ばれる策を実行している。
あまり頻繁にあることではないが、おれのような逸脱者、軍規の違反者に対し七名の特級捜査官を派遣し、事態の収束と裏切り者の捕縛を行わせるのだ。
七名という数がポイントで、これより多くても少なくてもいけない。最小のコストで最大の効果を上げるのが七名の特級捜査官なのだ。【ザ・システム】がそう計算している。
これまで「七賢対応」が失敗に終わった例をおれは知らない。
かといって、怖気づいている場合じゃない。おれは絶対に……勝たなきゃならない。
【緑の里】を非人間的な支配から守るために。
りむねたちの平穏な生活を壊さないために。
四六時中戦闘のことばかり考え、ほかのことが疎かになるようじゃいけない。
おれはなにごともなかったかのように平静を保ち、朝食をつくって食卓に並べた。
キッチンのあと片づけを済ませリビングに戻ると、
「おはよう、騎佳くん」
りむねがいた。
まだだいぶ早い時間なのに、しっかり制服に着替えてきている。
りむねには部屋の合鍵を渡してある。だから出入りは自由にできる。りむねがここへどんなタイミングで来ようと、驚くことじゃない。
けれど、いま女子たちの間では「おれとの単独接触をしない」という決まりごとがあるはず。と、なると、なにかよっぽどの用事があって来たのだろうか……?
「そうだよ。よっぽどの用事……」
今朝のりむねは、ふだんのあの天真爛漫さを微塵も感じさせない。どこかしゅんとして、落ちこんだようでもあり、また、緊張しているようにも見えた。
「ひとつ確認しなくちゃならないことがあるの」
りむねはおごそかに言う。
「それは……わたしの騎佳くんに抱いてる私的な感情を……脇に置いておいて、私情をはさまずにやらなきゃいけない。それがわたしの……使命だと思うだから」
「わかった。話を聞こう。そこに座って」
「ありがとう」
りむねがこんな顔をするなんて知らなかった。本当によっぽどのことなのだ。
おれは謹聴の姿勢をとる。りむねはぽつぽつと語りはじめた。




