8-2.粛正
直後、発砲音。
背中に鈍い衝撃。
おれは前方につんのめり、そのまま転がるように受け身をとる。
後ろから撃たれたのだ。すぐに立ちあがり、狙撃者の姿を視認する。
背後で拳銃を構えていたのは――一輝。
りむねの生みだした【準限界】へ消えたはずの一輝が、そこにはいた。
「ちっ……防弾ですか」
一輝が吐き捨てるようにつぶやく。
念のため、おれは家を出る前に防弾チョッキを装備していたのだ。
おれは思考よりも先に、身体を動かした。
地を蹴り、一輝に飛びかかる。初撃さえ凌いでしまえばそれほど問題はない。一輝よりもおれのほうが徒手空拳の戦闘には長けている。
拳銃ごと殴りつけてきたその腕を回避し、脚払いをしかける。体勢を崩した一輝の両目に裏拳をぶち込み、どてっ腹に強烈な肘撃ちの一撃。さらに追撃の前蹴りを放ち、地面に背中を打ちつけた相手にすかさずのしかかる。
――しかし、
「【雷弾Ⅰ撃脚】」
すでに一輝は脚にスカーフ型の神器【雷弾銀糸】を巻いていた。スカーフからスパークが飛び、不自然ともいえる体勢からすさまじいスピードの蹴りが放たれる。おれはそれを脇腹にまともに喰らって、バッタみたいに吹っ飛んだ。
おたがい、素早く立ちあがる。間合いをはかり、静かに攻撃の隙をうかがう。
警戒しなくてはならないのは、神器の力をまとった蹴りだ。あれだけは単純な身体能力で対処するのが難しい。拳銃はすでに一輝の手から離れ、おれの足元に落ちている。
「……不思議なおじいさん」
と、おれは横で戦いを傍観している老人に声をかけた。
「危ないから逃げていてください。説明はのちほど」
老人は答えず、黙ってその場から離れたようだった。
一輝が口を開いた。
「訊かないんですか。ぼくがなぜここに現れたのかを」
「そういうのは戦闘のあとに考える。おしゃべりは早死にするんだからな」
現時点で、一輝がおれの味方でないことだけは明らかな事実。
「ならば、勝手にしゃべらせてもらいますよ。ぼくは命知らずなものですから」
「好きにすればいいさ」
「ふうん……どうも、こないだまでとは様子が違いますね。すっかり元に戻ったようだ」
「そうとも。おれはもう『思い出している』」
「なるほど……」
一輝は納得しような表情で、
「やはりそうですか。記憶を失っていましたか。すでに一回貸したはずの本のタイトルを忘れていたり、【銀丘】にいちいち驚いていたりしたのはそういうことでしたか」
「さらに付けくわえるなら、おれはもう心において【赤の国】の兵隊じゃない」
「ではどこの兵隊なのですか」
「さあ。少なくとも、【ザ・システム】の手兵と仲良くできないことは確かだよ」
心底おかしそうに、一輝は大笑いした。
「傑作ですね。生まれ故郷の里を裏切り、次には【ザ・システム】を裏切り……あなたの人生裏切りばかりじゃないですか。まったく浮き草の生活だ」
痛いところを突かれる。その通りなんだ。
「しかし、あなたの記憶喪失はだいぶ妙でしたね。ふつうならすぐ周囲に助けを求めそうなものですが。あなたは見事に平静を保った」
それはおれの用いた記憶抹消の手法「拷問時の呼吸」の特長だ。
呼吸法を完璧に身につければ自由自在に、選択的に記憶を消すことができる。残しておきたい記憶は消さないでおける。おれの場合、「記憶喪失をむやみに打ちあけるべきではない」という思念の残滓を強く心に刻みこみ、頭痛などの身体の不調をアラートとして設定しておいた。
そのためにおれは、警戒する必要のない人間を除き、記憶を失ったことを周囲に秘密にしていたのだった。
「拷問時の呼吸」は特級捜査官の秘儀的技術だ。一輝が知らないのも無理はない。
「まあ、それはいいでしょう。……ところでね、ぼくはね、もうあとがないんですよ。いま、キャリアを左右するような窮地に立たされている」
自虐的な調子で一輝は続ける。
「佐々神りむねの【準限界】に幽閉されたぼくは、自力でそこを脱することができなかった。でも、現にいまここに立っている。それはなぜか? わかりますか?」
「……【ザ・システム】じきじきの介入か」
「そうです。それが意味するところは、あなたもよくご存じだ」
【ザ・システム】が【準限界】――すなわち神々の空間に介入した、それもひとりの兵隊のために……というのは大変な事件だ。
一輝はよっぽどのピンチに陥っていると見ていい。
【ザ・システム】は確かに彼を救ったけれども、そのために費やされた【ザ・システム】のエネルギーは莫大だ。
【ザ・システム】はヒトを簡単に支配する。でも、神々だけは苦手としている。
だからこそ神々の大地【緑の里】をヒステリックに敵対視しているのだ。
わざわざおれたち人間の兵隊を使って侵略を進める理由もそこにある。
安くない代償を【ザ・システム】は一輝に求めるだろう。
おそらく、非人道的なやり方で。
一輝は焦っている。なんとか手柄を立て、点数を取りかえそうというわけだ。
「だから、必ずあなたをここで捕縛し、勲章のひとつでももらわなくてはならない」
一輝の【雷弾銀糸】が金色の光を帯びる。
「おしゃべりに付き合ってくれて感謝しますよ。おかげで充電が完了した。――【雷弾Ⅲ滅脚】!」
一輝は全身に雷をまとい突進してきた。これまで披露してきた技【雷弾Ⅰ撃脚】【雷弾Ⅱ瞬脚】よりも、その迫力はケタ違いに上だ。
「神器――【女神虹輪】!」
神器には神器で応戦。
黄色く輝く防御のサークル「悪徳【貪欲】」を展開する。しかし、【雷弾Ⅲ滅脚】の突破力を阻止することはかなわなかった。
一輝の肩がおれの胸部に直撃。
いくぶんか威力は減退させたが、それでも自動車に衝突されたような衝撃を真正面から受ける。勢いよく背中を地面に打ちつけ、肺腑から空気が漏れる。意識が遠のきかける。
歯を食いしばって痛みを無視し、身体に鞭を打って無理やりに飛び起きる。視界に白い光がちらちらと舞う。気を失いつつあるときはそういうものが見えるのだ。かつて過酷な訓練に身を投じていたときは、こんな状況によく陥った。
「【雷弾Ⅱ瞬脚】」
一輝の追撃。
高速の蹴り――今度はまともにあばら骨にそれを喰らう。ふたたび土に頭をぶつけ、砂利が口に入る。遅れてさらなる痛みが襲ってくる。一方的な蹂躙。
「【雷弾Ⅰ撃脚】」
ダメ押しの追撃、倒れているおれの脇腹に強烈なキックが叩きこまれる。
おれは咳きこみ、無視するにはあまりに強い痛みに顔をしかめ、うずくまることしかできない。
「神器の戦いでは、どうやらぼくのほうが上手のようですね」
おれの視界の外から一輝が言う。
「では、拘束します。あなたの身柄はすでに【緑の里】に身を潜めている仲間に引き渡す段取りですから、そのつもりで」
一輝の冷たい手がおれの首に触れた。
なにか固い物体が押しつけられる――麻痺銃か。
痛み苦しみで身体が言うことを聞かない。
おれは敗北するわけにはいかない……のに。
おれがやられるってことは、つまりそのまま【緑の里】が陥落することを意味する。
りむねたちの暮らすこの里が、無機的非人間的な色に塗り替えられることを意味する。
そうさせるわけにはいかないのだ。絶対にそれだけは阻止しなくちゃならないのだ。
だからこそ、おれは身のもだえるような悔しさに震えた。身体は依然、動かない。
――バシッ!
目玉が飛び出そうになるほどの衝撃を受け、おれは意識を失った。




