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1-2.裏切り者は、誰か

 教室に見覚えのある顔はなかった。

 それもそうか。

 いまのおれは友人や親兄弟の顔を、ひとつも思い浮かべることができないんだから。

 黒板の前でぼーっとしているおれを見かねたのか、りむねが席に誘導してくれた。


「ひょっとしてまだ寝ぼけてるのかな? お疲れモード?」

「ここのところ寝不足で」

「そっかぁ。夜中、勉強でもしてるの?」

「いろいろとあるんだよ、男にはさ」


 そんな含みのある回答でごまかすと、りむねはたちまち顔を赤らめた。

 どんな想像をしたのかは不明だ。


「ん……?」

 ふいに視線を感じて顔を上げると、男子たちがこちらを見ていることに気がついた。

 その視線は実際はおれじゃなくて、りむねに向けられているようだった。


「あー……なるほど」


 みんな、男子高校生だものな。

 クラスでも特にかわいいりむねのことが、気になってしょうがないのだろう。

 おれから見てりむねは美人というより、小動物的な愛嬌のあるタイプだ。

 案外そういう女子のほうが、「ワンチャンスあるかも」と期待をもたせてくれる分、男子たちのあこがれの的になりやすいのかもしれない。まあ、そういうの、おれはよくわからないんだけど。

 ところで、ひとつ気になることがある。

 おれとりむねの関係って、いったいなんなのだろうか。

 友人? 恋人? 幼馴染? 親戚? ――妹?

 親戚や妹ってことはないか。着替えるときにちょっと鏡を見たけども、おれの顔立ちはりむねの顔とまったく共通するところがない。血はつながっていないと思う。

 と、なると、恋人の線が濃厚か。

 でも、なんか、そういう雰囲気ではなかった気がする……。

 などと、くだらない考察にふけっていると、男子たちの視線に動きがあった。

 彼らの顔がいっせいに教室の入り口に向けられている。

 はたして、彼らの視線の先にはふたりの女子がいた。

 ひとりは黒髪のつややかなロングが特徴的な、色白の美人。

 いかにも大和撫子といったような雰囲気をかもしだしている。

 いまどき珍しい、絶滅危惧種の女子。男子たちの視線が集まるのも納得のルックスだ。

 そしてもういっぽうの女子は、ショートヘアーで背のひくい、童顔の少女。

 着ている制服は高校のものだ。でももし私服姿だったら、中学生以下に見えること必至。

 なんだか人形みたいにかわいいので、これもまた男子たちの視線を集めている。

 さて。

 大和撫子さんのほうが、はればれしい笑顔を浮かべて――おれのほうに向かってきた。

 なぜ――? 同時に教室の男子たちの視線もゆらゆらと彼女を追う。

 当然ながら、おれは彼女に見覚えがない。でも彼女はおれに用事があるらしい。


「鷺宮くん、お、おはようっ」


 おれの前に立ち止まると、なんだかずいぶん緊張した様子であいさつをしてくれた。


「お……おはよう」


 「鷺宮くん」って誰だろう――おれの苗字かな?


「……」


 意味がないと知りつつも、おれはついりむねに顔を向けて救いを求めてしまう。

 りむねはそんなおれの様子を見て、ニヤリ、と不敵に笑った。

 そして大和撫子さんに言い放つ。


「あー、残念だったね、羽穏ちゃん。騎佳くん、りむねのことしか眼中にないから、羽穏ちゃんのこと忘れちゃったってさ」

「え、忘れた? 恋人であるこのわたし、鈴響羽穏すずひびきはおんのことを?」


 大和撫子さんの名前は鈴響羽穏というのだ。自己紹介、ありがたい。

 そして、どうやらおれと羽穏は恋人同士、ということらしい。

 ひょっとしたらおれとりむねが恋人同士なのかもしれないと思ったけれど、そうじゃなかった。こちらの鈴響羽穏さんのほうが、そうなのだ。

 なるほど。

 と納得したところで、おれは羽穏に会釈して、


「おはよう。羽穏のこと、忘れるわけないじゃないか。うん。恋人同士なんだから」

「あ、え……!」


 瞬間、空気が凍った。

 羽穏は驚きに目を見ひらいて硬直し、りむねはギョッとした顔でおれを見据える。

 さらに羽穏の頬がだんだん紅潮してきて、あげく、ぷるぷる震えだした。


「ふふ、ふふふふ……恋人……ふふふ」


 なんか、ついには笑いだした。

 反対にりむねは拳をきゅっと握りしめ、青い顔をしていう。


「……冗談にしてはセンスないと思う」


 あからさまに不機嫌だ。

 どういうことなんだ……状況を把握しろ、おれ……。

 ――さらに事態は混乱の度を深めていく。

 さきほど羽穏と同時に現れた、身体がちいさくて顔も幼いショート髪の女子。

 いままで静観を決めこんでいたその童顔女子が、こちらにつかつかと歩みよってきて、


「おはようございます騎佳さん。いま、聞き捨てならない言葉が聞こえましたが」


 と、ほとんど棒読みに近い淡々とした調子で言った。声はあどけないが、どこか冷たい。

 童顔女子はさらに続ける。


「鈴響羽穏に洗脳でもされたんですか? あるいはどこかで悪いものを食べたとか?」


 いいながら、敵意のこもった眼を羽穏に投げかけている。

 いっぽう、羽穏は硬直・混乱状態から回復した。そして一転、勝ち誇った顔になって、


「聞いたでしょう。鷺宮くんは私と付きあっているの。あなたたちの出る幕はないから」


 ぴしゃりとそう言い放った。

 りむねはこめかみに血管が浮き出そうなくらい怒りをあらわにして、


「騎佳くんはきょうはお疲れモードなの! だから羽穏ちゃんも唯香ちゃんも帰って!」


 ……。

 なんだろう、これ。

 おれの、取りあい? かわいい女子たち、美人な女子たち三人が?

 なぜだ……? 鏡で見たけど、おれ、そんなイケメンってほどのアレじゃなかったぞ。

 記憶を失う前のおれは、いったい何者だったんだ――?

 さらにさらに。

 このにぎやかな朝に、もうひとり登場人物がくわわった。


「やあ。きょうも飽きずにやっていますね。ご苦労なことですね」


 さわやかなテノールが響く。

 声のした方角を見ると、イメージ通り、さわやかな印象を与える顔立ちの、長身の男子生徒がこちらへと歩いてきている最中だった。

 彼もまたおれの知り合いだろうか。たぶんそうなんだろう。やっぱり思い出せないけど。

 その男子はおかしそうな顔をして、


「聞いていましたよ。鷺宮くん、きょうはお疲れモードなんですか。夜、頑張りすぎてるとかで。お盛んですね。いいですね。あやかりたいですね」

「うん、そうとも。お盛んでお疲れモードでアッパラパーだからなんにも思い出せない。なにも、わからないんだな。キミの名前を教えてくれないか」


 彼は笑って応じてくれた。


「ぼくは阿羅風一輝あらかぜかずき。そこのロリな外見の春風唯香はるかぜゆいかの従兄にあたる人間です」

「一輝くんね」

「はい。一輝で結構です」

「一輝だな。オーケー」

「で、鷺宮くんとの関係はというと」

「と、いうと?」

「恋人同士」

「!」

「ではなく、友人」

「安心した」


 これでひと通り、身近な友人たちの名前はわかった。


 佐々神りむね。

 部屋にきて、朝食つくってくれる栗色の髪の女子。胸はおおきい。どうでもいいか。


 鈴響羽穏。

 長い黒髪がすごくきれいな大和撫子。顔もきれい。ほおがタコみたいに赤くなる。


 春風唯香。

 ちいさくて、童顔な女子。淡々としゃべる(ロリ声)。一輝の従妹らしい。


 阿羅風一輝。

 長身でイケメンなやつ。丁寧語だけどなんかノリがよさそうな雰囲気を感じた。


 そしておれの名は、鷺宮騎佳。よし、覚えたぞ。


 ただひとつを除けば、高校での生活に別段、変なところはなかった。

 そのひとつというのが、授業の内容だ。

 おれの常識的な理解では、高校ってのは基本的に、文系の科目、理系の科目、生徒の希望や進路に応じて専門分野の科目……なんかを勉強する場所のはずだ。

 しかしこの高校では、それにくわえて、

 「神」ないしは「神々」についての授業を数コマやった。

 ……なんじゃそりゃ? と、思うだろう。実際、おれもそう思った。

 はじめは、世界史や倫理の分野のひとつかな、と考えた。

 「宗教史」とかそういうのだ。

 でも、どうもそうではないらしい。

 よくわからない概念が頻発した。専門用語ばかりだった。

 まったく内容についていけなかったけれど、どうも、異様な感じだったね。


 とりあえず、だ。いまは慎重に、探り探り行動していくしかない。

 記憶はもちろんとり戻したい。そのためのアクションも起こす。

 が、例の謎の頭痛はいまだに健在だ。

 病院にかかろうと考えたり、だれかに記憶喪失の事実を告げようとすると、そいつがたちまちやってきて、おれを制止する。

 そしておれの内なる声が語りかけてくる。


(そういうことしちゃいかん。そのまま冷静でいろ。周囲を観察しておけよ)


 と。

 不気味だが、やっぱりおれはこの「声」に従うつもりでいる。

 論理的に説明はできないのだけれど、どうしても、そうするべきだと思うのだ。

 もうこれは理屈じゃなくて、衝動とか本能とかそういうのに近い。

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