7-1.孤独
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記憶をとり戻したおれが迎える、はじめての朝。
なんとか冷静さを保ちながら登校すると、おれの周りに黒山の人だかりができた。
だれもがおれの競技の優勝を祝い、陽気に騒ぎたてている。
教師、生徒、近隣住民の区別なく、度を超したはしゃぎっぷりだ。
きょうはどうやら、【オリンピアの祭典】の終幕とおれの勝利を祝う式典が講堂で行われるらしい。そこでスピーチを求められるから、なにかひと言考えておいてくれ、と担任の教師が言っていた。
正直なところ、おれはそんなことに気を配っている余裕はなかった。
いま、おれがやるべきことは明確だ。そしてこれから起こるであろう、いくつかの問題についてよくよく考えなくちゃいけない。
おれの最近の行動について、一輝が疑問を抱いていたことは間違いない。
下級捜査官はおれの行動に口をはさむ権利をもっていない。
それでも【ザ・システム】への定時報告のなかで、おれの様子がおかしいということをレポートしているはずだ。それをほのめかす言動もあった。わざわざ屋上におれを呼びだしていたのが、その証拠だ。
おれからの定時報告はとっくに途絶え、そして昨日から一輝の定時報告もなくなったとなれば、【ザ・システム】がなんらかのアクションを起こすのは間違いない。
そうなれば侵略の計画は着実に前進する。
おそらく、おれに代わる新たな捜査官が送りこまれてくることだろう。
粛清要員がおれを拘束しに来る可能性だってある。
いまのところ、【赤の国】の陰謀を食い止めることができるのはおれひとりだ。
おれが迫りくる援軍すべてと戦わなければならない。
自信がないわけではない。おれは伊達に鍛えてきたわけじゃないからだ。
それでも、里の人びとに損害を出さず事態を収束させるのは、至難の業。
緊張感をもって臨まなければいけない。
りむね、羽穏、唯香の三人は無事退院し、いつもと変わらず登校してきていた。
りむねは【神託】の内容を知りたがっていたけれど、あいまいに答えておいた。
とり戻した記憶のことを、りむねに話すわけにはいかなかった。
もしおれが【赤の国】のスパイだと知ったら、みなどう思うだろうか?
裏切り者のおれを軽蔑し、排除しようとするだろうか?
……たぶん、そんなことはないだろう。
【緑の里】の政治を司る人びとはともかく、おれの身近な人たちはきっと、おれを赦そうとすると思う。でも、それじゃダメなのだ。少なくとも、いまは、まだ。
おれの戦いは現在進行形。昨日、本当の意味ではじまったばかり。だれも巻きこんではいけない。おれが持ちこんだことだ。おれが片づけるのが筋だろう。
【赤の国】の教育で身につけた戦闘技能を総動員して、連中の鼻を明かしてやらなくてはいけない。なるほどおれは【ザ・システム】の飼い犬だ。しかし、牙の鋭い猛犬だ。それも、しつけのなっていないタチの悪い犬。
飼い主の手を食い破るくらいのことは、必ずやってみせる。
そして里と友人たちに対する贖罪が済んだら、その時は――。
おれは野へ去るとしよう。
飼い主に害をなした犬は、野犬となって生き延びるほかない。
講堂は「矢」の儀式のときと同じく、すさまじい盛りあがりを見せていた。
騒ぎの中心にいるのはおれだ。
おれは壇上に登らされ、巫女たちから祝福を受けたり、教師のありがたいコメントをいただいたり、生徒たちの冷やかしにあったりして心の落ちつく暇がなかった。
講堂には学校関係者だけでなく、【緑の里】のあらゆる場所からやってきた住民たちがひしめいている。
「では、ひと言、競技の勝者からお言葉をいただきたいと存じます」
巫女のアナウンスにより、おれにマイクが手渡される。
講堂は静まりかえり、おれの口が開くのを待っている。
実際のところ、なにかしゃべれと言われても困る。今回の勝利はおれの力によるものじゃない。本来の意味で言うならば、競技の勝者は羽穏だ。
黙っていると、次第に場はシラけはじめた。
おれの頭も真っ白になってくる。
壇上から見える、顔、顔、顔。
考えてみれば、彼らは全員【緑の里】の住民であり、おれの「敵」であった人たちだ。そして彼らからしたら、おれは疑いようもなく「外敵」なのだ。
いまおれは、この人たちの生命を預かっている。
その事実を知るのはこの場にはおれしかいない。
孤独。
いまさらながら、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
のしかかった責任に圧倒されながら、おれは適当なことを述べ連ねた。スピーチと言えるほど立派なものじゃなかった。その内容は覚えていない。ただ、場のシラけは継続していたから、きっと面白くもないありきたりなことを言ったのだろう。
歯切れの悪い雰囲気のまま、【オリンピアの祭典】終幕の儀が済んだ。
【緑の里】は祭りを終えて、日常へと戻っていく。
おれは非日常的な戦闘の日々へと突入する。
――負けちゃいけないんだ。絶対に。




