6-1.「神託」よ、いまこそすべてを語れ
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おれもただ黙って見ているわけにはいかない。
この戦いは「おれのために」行われようとしている。
三人ともがおれに【神託】を譲ろうとして、死の闘争をはじめようとしているのだ。
女子たちが――そこまでおれにこだわる理由はいったいなんなんだ――。
「待て――待ってくれ、こんなこと、なんの意味もないだろ」
おれは改めて神器を出すのももどかしく、三人の間に割って入る。
「戦うのは結構だ。でも、それなら自分のためにやればいい。おれなんかのために、こんな争いを演じるのは愚の骨頂だ」
すでに互いへの攻撃を放とうとしていた三人は、ちらとおれに視線をやり、
「ちょっとだけ待っててね、騎佳くん」
「鷺宮くんはそこで大人しくしていてね」
「わたしの八面六臂の活躍を楽しみにしていてください」
いっせいにおれへ神器の矛先を向けた。
りむねの生みだした短剣がおれに飛来し、
羽穏の龍がおれへ突っこんできて、
唯香の弾丸がおれの四肢を正確に狙った。
容赦のない同時攻撃。
おれは雷撃に撃たれたようなショックを受け、そのまま意識を失った。
「……くん。鷺宮くん」
身体を揺さぶられる。どのくらい気絶していたのだろう。
のしかかるような重力を全身に感じながら目を開けると、
「やっと起きてくれたね!」
羽穏の顔が目の前に迫っていた。
満開の笑顔。しかし制服はところどころ破け、手には痛々しい擦り傷。
「どうなって――」
「勝ったんだよ、羽穏が!」
上半身を持ち上げ、辺りを見わたす。
少し離れたところに、りむねと唯香がうつ伏せに横たわっている。
すっ、とふたりの背中から光が立ちのぼる。「矢」だ。
「矢」は一メートルほど浮き上がってしばらく制止してから、砕け散って消滅した。
屋上のフェンスはほとんどその全体がひしゃげており、床にはえぐったような傷がところどころに見受けられる。激しい戦闘の痕跡だ。
――羽穏が見事ふたりを下して、勝利した。
必然的に、いま健在の競技の参加者は、おれと羽穏のみ。
「羽穏」
「なあに?」
「おれに攻撃して『矢』を破壊するんだ。そうして羽穏が【神託】を手に入れる。それが禍根の残らない結末だと思う」
羽穏は穏やかに微笑み、首を横にふった。
「言ったでしょう? わたしは鷺宮くんのために戦ったの」
「どうして。どうしてなんだ。おれのためなんかにそこまでするのは」
「あなたのことが大好きだから」
羽穏は【龍魂遍歴】をつかみ、その刃先を自分の首に向ける。
「なにをして……!」
「【青竜ガラオール】。わたしを飲みこんで」
大気がゆらめき、青く燃えさかる竜がたちまち羽穏の全身を覆いつくそうとする――。
羽穏は言った。
「あのね。あとで羽穏のお願いごとも、聞いてくれたら嬉しいな」
かくして【オリンピアの祭典】競技祭の勝者は――。
【神託】を受ける権利を与えられる勝者は――おれに決まった。
決まって、しまった。
*
三人は(そして襲撃者のふたりの少女も)病院に担ぎこまれた。
おれも救急車に同乗し、病院まで同行した。
いくら医療機関とはいえ、救急隊員から医師までみな【緑の里】の住人。
細かい事情をとやかく訊かれることはなかった。神器による戦いによる負傷だということは明確だったからだ。それどころか全員、おれから事の顛末を聞くと、競技の決着がついたことを心から喜んでいた。
看護師からりむねたち三人が意識をとり戻したという報告を受け、さっそくおれは彼女たちの休んでいる病室へ向かう。
ドアをノックし、入室すると――。
老若男女、様々な声音の入りまじった歓声が起こった。
病室には三人の家族や親戚が集っていたのだ。
彼らはみな、三人が競技によって名誉の負傷をしたこと、そして結果的におれが優勝したことを当然知っていた。
祝福の言葉を受け流しながらベッドに駆け寄ると、
「鷺宮くん――――!」
羽穏が飛びついてきた。思わずおれはバランスを崩して転倒する。
そのまま羽穏はおれに馬乗りになり、身をかがめておれに頬ずりしてきた。……かなりくすぐったいしそれ以上に恥ずかしい。衆人環視の状況だ。長い黒髪が首筋をさらさらと撫でる。
「優勝おめでとう!」
「羽穏……体調は――大丈夫そうだな。離れてくれると……助かるんだけど」
「やだ! えへへ」
おれと羽穏を見おろすように立っているのは、りむねと唯香。冷たい視線をじっとこちらに向けている。
「羽穏ちゃん、破廉恥だよ」
「わたしの騎佳さんに触らないでください」
「ふたりとも、身体の方は――」
「平気、平気だよ。ピンピンだよ!」
りむねは捨て鉢になってぐるぐると腕を振り回した。
「あーあ。りむねが騎佳くんに【神託】をあげたかったのになあ……」
「一生の不覚です」
りむねと唯香、ふたりともが落ち込んだ表情をする。
羽穏は勝ち誇って、
「これで、鷺宮くんにふさわしいのは羽穏だけだって証明されたね」
その宣言にカチンときたのか、りむねと唯香はありとあらゆる憎まれ口を羽穏に対して叩き、それを羽穏は笑いながら受け流していた。
集っていた親族たちは面白がっておれを冷やかし、もう、収集がつかなくなってきた。おれはそっとその場を逃げだした。
結局昼休みの戦いのせいで、午後の授業をサボる結果となってしまった。
おれは自宅への道を歩みながら、考えごとにふける。
――りむねの生みだした【準限界】の中へと消えていった一輝。
結局、一輝のホントの目的を知ることはできなかった。
敵のようでもあるし、同じ目的をもつ味方のようでもあった。
――女子たちの不気味なまでの好意。
その程度は常識を超えている。いったいその理由はなんなのだろう。
鏡で見るおれの顔は、どう評価しても人を狂わせるほどのイケメンってわけじゃない。
そして――【神託】。
紆余曲折あって、ついに手に入れてしまった。
……これからどうなるのだろうか。
土手を歩きながらぼんやりとそんなことを考えていると――周囲に異常が起こった。
ふと辺りを見わたすと、もうおれがいるのは普通の世界じゃないことがわかった。
音が一切消えている。色彩も妙な具合に変化している。いつもの異空間に飛ばされたのかと思ったけれど、ちょっといつもと様子が違う。
肌に触れる空気は冷たいようで、同時に暖かいようにも感じる。
太陽は赤々と輝いているが、なぜか直視しても目が痛くならないくらい明度が落ちている。黄昏時のような柔らかい光。
立ち止まってしばらくじっとしていると、脳に直接語りかけてくる声があった。
《貴公、ヒトの子、半神の裔、祝祭の騎士、神域へ還れ》




