5-3.虚無の領域「準限界」
りむねは【血碧限界教】の神々の力を借り受け、神器【血碧戦陣】――聖なる血液から無数の剣や斧を生みだし、これを巧みに扱う。
小柄でありながら比較的大きな胸をもつりむね。
しかし、そんな体格上のハンディを意に介さず、外見からは想像もつかないほどの身体能力を駆使し、神器の手数の多さとその自在な機動力によって相手を翻弄する。
りむねに相対するは【血碧限界教】系統の神器【血碧葬刃】――巨大な死神の鎌を軽々と振り回す金髪の少女。
風を切り裂き魂を断つその青い刃が、りむねの肉体に向けて執拗に襲いかかった。
羽穏は【黒炎廃絶教】の神々の力を借り受け、神器【赤竜アマディス】と【青竜ガラオール】――赤と青の炎の竜を使役する。
手にする名刀【龍魂遍歴】は驚異的な切れ味を誇るまたとない得物であるが、剣術の心得のない羽穏はこれを竜たちを操る指揮棒として用いている。
羽穏に相対するは【英霊十二教】系統の神器【神種槍兵】――十二体の甲冑槍兵を率いる黒髪の少女。
青銅の鎧に身を固めた軍団は主人に一徹の忠誠を捧げ、一糸乱れぬ突撃により羽穏の竜を討ち果たそうとした。
激烈な死闘の末、りむねの無限の武具が、羽穏の紅蓮の竜が、それぞれの相手を翻弄し、疲弊させ、やがて決定的な一撃を与えた。
ふたりの襲撃者は昏倒。「矢」が身体から失われ、参加権をはく奪される。
あとに残ったのは一輝ひとり。
「一筋縄ではいかなかったようですね」
用意したふたりの「伏兵」が撃退されたのを見て、一輝は肩をすくめた。
諦念のこもった柔らかな微笑を浮かべ、りむね、羽穏、唯香、おれの四人を順繰りに見やる。
「そうだよ、一輝くん。りむねは【血碧限界教】の巫女、【血碧の贄】のうちでも最高位。簡単にやられるわけないよ」
りむねは胸を張った。
「阿羅風くんの敗因はただひとつ。鷺宮くんをいじめたことだよ」
羽穏は精一杯冷たい声音で言った。
「ま、なるべくしてなったということです」
唯香はぷいとそっぽを向く。
三人が三人とも、停戦協定を一方的に破った一輝には冷たかった。
もっとも、一輝よりも先に唯香が停戦協定を無碍にしてはいたのだけれど。
おれは言った。
「一輝」
「なんです」
「おれと一騎打ちをしないか」
女子たちはぎょっとした顔をこちらに向けた。おれは構わず続ける。
「お前は【神託】を欲していて、おれを第一の相手として選んだ。その光栄な指名に応えたい」
「そんなことをして、あなたにどんな得があるというのです」
「得? それは、ないかもしれない」
得はない。
けれど、このままではおれが納得できないのだ。
残る参加者は身内の五人だけとなった状況。
おれが指をくわえて見ていても、たぶん女子三人は一輝を倒し、そのあとで互いに争って、祭りの決着をつけてしまうのだろう。
果たしてそれでいいのだろうか。
たとえ一輝が裏でどんな企みを抱いているにせよ、そこまで強く【神託】の獲得に固執するならば、せめてそのチャンスだけでも与えられるべきじゃないか。
おれは一輝が本当の意味で敵なのか味方なのか、まだ判断しかねている。
一輝の行動がおれやりむねたちにとって、正しいという可能性もまだ捨てきれないのだ。
りむねたちはまだ一輝の本性を知らない。知っているのはおれだけだ。
だから、チャンスを用意できるのも必然的におれだけ。
「やるか、やらないか。それだけ決めてくれればいい」
「あなたという人は……まったく、読めない。だからこそ――なのかもしれないが」
なにかぶつぶつとつぶやいてから、一輝はおおきくうなずいた。
「やりますよ。神器――【雷弾銀糸】!」
「そうこなくちゃ。神器――【女神虹輪】!」
互いに神器を顕現させる。
神器【雷弾銀糸】はスパークを放つ銀色のスカーフ。
一輝の脚力を超人の域にまで向上させ、凄まじいスピードの蹴りを放つ。
おれの神器【女神虹輪】は様々な特性を発揮する虹色の輪。
戦闘中自在に変化しながら相手を翻弄する。
「【雷弾Ⅰ撃脚】!」
「悪徳――【貪欲】!」
一輝の高速の蹴りとおれの黄色の輪が激突。威力が相殺される。
ぱっと飛び退り距離をとった一輝は、遠距離からさらなるスピードを誇る蹴り技【雷弾Ⅱ瞬脚】を発動しようとした。そのとき、
「魔弾――【公正ⅩⅢ(ディカイオシュネー)】」
唯香の神器から必殺の弾丸が放たれた。
紅色に輝く粒子が霰のごとき散弾となり、一輝を襲う。
一輝は真横に跳びそれらを回避しようとしたが、【公正ⅩⅢ(ディカイオシュネー)】の散弾は必中の魔弾だった。獲物を追跡する飢えた獣のように、素早く向きを変えて標的に追いすがる。
一輝は軽快なフットワークで回避行動をとるが、前方を確認する余裕を失っていた。
「――!」
驚愕の表情。
一輝の向かう先には夜闇をさらに濃縮したような、黒々とした大穴が空間にぽっかりと空いていた。そして――。
哀れ、勢いあまって一輝はその大穴に飛びこんでしまった。
大穴は咀嚼するように振動したのち、すっと立ち消える。
文字通り、一輝は「消えて」しまった。
「【臨界】を超える虚無の領域――【準限界】。立ち入った人間はまず帰ってこれない」
闇の陥穽をつくりだしたのは、りむね。
「これは騎佳くんに危害を与えた罰。騎佳くんを傷つけようとする人は、りむねが裁く」
栗色の髪をかきあげて、りむねは展開していた【血碧戦陣】を消滅させた――。
「一輝は、いったいどうなったんだ?」
そう問わずにはいられなかった。
「さすがに、殺したわけじゃないよ。ちょっと幽閉しただけ」
りむねはおれの制服をはたき、かいがいしく埃を落としてくれている。
「あっちの領域でいっぱい反省したら、解放するから大丈夫」
「……ひどいじゃないか」
「騎佳くんを攻撃した罪は、そのくらい重いの」
りむねはかたくなにそう言って譲らない。
りむね曰く、これで一輝は戦闘不能、【オリンピアの祭典】競技の参加権を失ったのだという。つまり、残るはおれたち四人。
おれと、りむね、羽穏、唯香だ。
そして奇しくもその四人は、いまこの場に集結している。
怖気を振るうような緊張感が空気を支配していた。
静寂のなか、口を開いたのは唯香。
「じゃあ、いまさら決着を延期する理由はありませんから」
神器【紅弾鳥銃】を抱え、突撃の構えをとった。
「邪魔者がすべていなくなったのですから、よい機会です。いざ――」
羽穏が名刀【龍魂遍歴】を抜きはらう。
りむねは主宰神バールの力を用いるべく、ふたたび指先から血液をほとばしらせる。
――【オリンピアの祭典】競技、最終決戦が開始された。




