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5-1.「廃絶」収束

5


 一輝からメッセージが届いていた。

 窓から差しこむ強烈な朝日。

 目を細めながら、おれはベッドの中でメッセージを読む。

 その内容は【オリンピアの祭典】の経過報告だった。

 一輝が知りえたかぎりでは、すでに参加者のうち四名が脱落したという。

 よって残る参加者は七名。

 りむね、羽穏、唯香、一輝、おれで五人。

 ほかに二名の参加者が健在。

 思ったよりも早く身内同士で争うことになりそうだ。

 もっとも、遅いか早いかの違いでしかないけれど。

 【神託】を得ようとする以上、戦いは避けられない。はじめからわかっていたことだ。

 おれは記憶をとり戻すために――記憶をとり戻せなくても、せめてそのヒントだけでも得るために【神託】を試してみたい。

 けれどだれだって「人生の行く末を告げる確かな預言」を手にいれられるのだったら絶対に欲しいはずだ。それはりむねたちも例外じゃない。

 口先では「おれのために戦う」と言っていても、実際【神託】を前にしたらどうするか。

 おれが口出しできる問題じゃない。

 だから、怪我なく、フェアに決着をつけられるのならそれに越したことはない。

 たとえばじゃんけんとかくじびきとか。もしかしたらそれは神聖な祭典を穢す行為なのかもしれないけれど、知ったことじゃない。


「まあ、そうは言っても。……いま、最大の懸案事項がおれの隣に横たわっている」


 停戦協定をやぶり、祭典の初日からりむねと羽穏に攻撃をしかけた張本人――春風唯香が、おれの横で静かに寝息をたてていた。

 ちなみに、おれは昨夜誓って唯香になにもしていない。

 唯香はあのままソファで寝てしまい、声をかけてもゆさぶっても起きなかったので毛布をかけておいた。おれは普段通りベッドで眠りについた。

 朝、起きてみたらおれの隣に唯香が潜りこんできていたのだ。


 それから十分ほどして唯香は目を覚ました。一緒に朝食を摂り、部屋を出る。

 平日だから登校しなくちゃいけないのだ。

 祭りの最中とはいえ、高校生の身分であるおれたちはむやみに学校を欠席するべきじゃない。むしろ、ふたりきりで登校する機会は珍しいからこの機を逃したくない。

 ――と、唯香は言っていた。


 エントランスホールを出ると、りむねがおれたちを待ちうけていた。

 ぴしっと制服を着こなして、バッグにはファンシーなキーホルダーがいくつもぶら下がっている。心なしかぶすっとした表情でこちらを見ている。


「お、おはよう」


 おれの隣にはもちろん、唯香がいる。おれの腕にしがみついている。なにもやましいことはないのだけれど、ただなんとなく気まずい。


「……」


 りむねはおれにあいさつを返してくれなかった。その代わり低い声で、


「転移――【臨界】」


 と唱えた。

 たちまち世界は転変する。

 おれたちは音のない、色彩の奇妙なあの異空間に飛ばされていた。


「……!」


 あまりに突然のことだった。声を失う――。

 さらに、


「神器――【血碧戦陣バール・クシフォス】」


 りむねの指先から血液がほとばしり、碧く輝く。

 それらは無数の剣や斧の形をとり、無音の異空間【臨界】を、たちまち戦場に変えた。

 そして、敵意に満ちた視線を唯香に送っている。やる気満々……のようだ。

 すでに停戦協定は破棄されている――。

 唯香も負けてはいなかった。

 りむねの行動に呼応して、さもそうするのが当然であるかのように、


「神器――【紅弾鳥銃マスケット・ヴァーミリオン】」


 マスケット銃型の神器を出現させる。銃口をまっすぐりむねに向けて、


「やるというのなら、受けて立ちますよ」

「先にしかけてきたのはそっちだよね? いまさらなにを言ってるのかな」


 一発触発の雰囲気。

 さながらハブとマングースのにらみ合い。

 どちらかがちょっとでも隙を見せれば一瞬で決着がつく――そんな緊張感。

 りむねはおれに視線をずらして、


「きのうはお楽しみだったね。騎佳くん、りむねは怒ってるからね」


 おれが答えようとするより先に、


「ええ。わたしたち、たっぷり楽しみましたから。どんどん怒ってください。その顔が醜く歪んで二度と元に戻らないくらい」


 ……唯香が火に油を注いだ。

 りむねは顔をしかめて、


「唯香ちゃん――黙って」


 手に握った剣を振りあげ、唯香に向かって突進する。

 制止する間もないほど素早い初動。

 唯香は【紅弾鳥銃マスケット・ヴァーミリオン】の先端部に取りつけられた短剣で、りむねの刃を受け流した。

 バランスを崩したりむねに対して、唯香は紅色の光の弾丸を数発撃ちこむ。しかし、りむねは超人的なフットワークでそれを回避し、体勢を立てなおす。

 この間およそ二秒。

 目にも止まらぬ攻防の応酬。

 りむねも唯香も決して体格には優れていないほうだが、一流のアスリートにも劣らぬ反応速度と反射神経を披露した。これもまた神器の、神々の力のなせる業か。

 そしてふたたび両者のにらみ合いがはじまる。互いに武器を構え、相手の呼吸と鼓動を読みとり、隙あらば必殺の一撃を叩きこもうというつもりだ。

 ここへきてようやく声をとり戻したおれは、


「朝っぱらからこんなこと、よせよ」

「朝も昼も夜も関係ないよ騎佳くん。どうせ【神託】のために戦わなくちゃいけないんだから。時間はたいした問題じゃないの。そうでしょ?」


 りむねの言う通りだ。

 いまここで戦いを止めてどうなるという問題じゃない。

 ここでやらなければ、ただどこか違う場所で同じことを繰りかえすだけだ。

 おれがホントに言いたかったのは、そういうことじゃないはずだ。


「だから……つまり、なんだ。おれが言いたいのは、みんな自分のために【神託】を手に入れようっていうのなら、おれは止めないよ。それがこのお祭りのルールらしいから。でも、その、前に言っていたみたいに、『おれに【神託】を譲る』目的で戦うのだったら、なにも……こんな危険な死闘を演じる必要はないんじゃないかと思ったんだ」


 りむね、羽穏、唯香の三人は、【神託】のためではなく「おれのために」戦うと言った。

 どこまで本気なのかはわからないけれど、もし、【神託】をおれのために手に入れるつもりなのであれば、こんな無益な争いは――事実、無益中の無益だ。

 そもそもそんなよくわからない動機で戦うこと自体が無益じゃないだろうか。

 素直に自分のために【神託】を賭けて争えばそれが一番さっぱりしていていい。

 おれだって記憶をとり戻すため【神託】を試してみたいとは思っているけれど、やはり正々堂々の戦いに負けるのなら諦めもつくというもの。


「騎佳さんは間違っています」


 銃を構えたまま、静かに、淡々と唯香は言う。


「わたしは騎佳さん以外だれのことも信用していません。騎佳さんの気をひくために以前、この女もそんなことをのたまったかもしれませんが、いつ裏切られるかわかりませんよ? わたしだけは本当に騎佳さんに【神託】を捧げるつもりです。わたしだけを信用してください。わたし以外の人間は基本的に敵だと思ったほうがいいです」


 それを聞いたりむねの頬に、さっと赤みがさす。


「騎佳くん。ちゃんとまじめに考えてみたほうがいいよ。唯香ちゃんみたいな子が信用できる? 正直言ってさ、その子のやってることってストーカーだよね。変質者だよね。りむねの言ってることが正しいって、騎佳くんならわかるよね?」

「――騎佳さん」


 唯香の神器の銃口が、いつの間にかおれに向けられていた。

 その表情から真意を読みとることはできない。

 木石のような無表情。


「わたしは多少手荒な真似をしてでも、騎佳さんを誤った道に逸らしてはいけないと思っています。この意味、わかりますか。……実力に訴えてでもあなたを手に入れたい」

「そんなこと……許さない!」


 りむねが吠えた。

 血しぶきが舞い、碧く輝き、たくさんの剣と斧が宙に生じた。

 ふたりはふたたび衝突する。刃が閃き、光の銃弾が大地を焦がした。

 ――情けないことに、それから起きた出来事の展開はあまりにも早すぎて、おれはどれひとつに対してもまともな反応をすることができなかった。

 まず、いきなり世界に音と正常な色彩が戻った。

 りむねがつくりだした【臨界】が崩壊したのだ。

 そして気がつけば、目の前に制服姿の羽穏が立っていた。


「【廃絶】――収束」


 どうやらその呪文で、りむねの【臨界】を打ち消したものらしい。

 りむねも唯香も、一瞬だけ、なにが起こったのかわからないような顔をした。

 羽穏の手には日本刀が握られている。どこかぎこちない正眼の構え。

 羽穏の口がもう一度開かれた。


「神器――【赤竜アマディス】【青竜ガラオール】」


 赤く燃えさかる巨大な炎の竜「アマディス」、そして青くゆらめく巨大な炎の竜「ガラオール」が上空に出現。

 二体の火竜こそが羽穏の神器。

 羽穏が刀を指揮棒のようにさっと振りおろすと、赤竜はりむねに、青竜は唯香に向かって急降下する。


 ――爆発。


 爆音、高熱、衝撃が襲いくる。

 おれはとっさに地面に伏せてそれらをやり過ごした。

 が、しばらくは大地に釘づけにされた――。


 頭をそっと撫でられるような感触がした。

 恐る恐る顔をあげる。はたして、羽穏がおれの髪の毛をかきまわしていた。


「鷺宮くん、もう大丈夫だよ!」


 にっこり笑って羽穏は言う。

 辺りを見わたすと――陰惨な光景。

 アスファルトは焦げ、駐車していた車はひっくり返っており、街路樹は軒並み枯れ木になりはてている。

 自分の五体が無事なのが不思議なくらいだ。

 伏せたときに腕を擦りむいたくらいで、あとはどこも痛いところはない。

 怪我らしい怪我はひとつもしていないらしい。

 おれは絞りだすような声で、


「どう……なったんだ」

「戦いは一時中断。学校、いこ? 遅刻しちゃうよ?」


 りむねも唯香も、傷ひとつ負わず神妙な顔をして突っ立っていた。

 どうやらなんらかの手段を用いて、ふたりは羽穏の凄まじい攻撃を防いだようだ。


「学校って……この状況で?」

「この状況だからこそだよ。いくら【オリンピアの祭典】中だからといっても、【廃絶】――あるいは【臨界】でもいいけど――の外で神器を使うのはマナー違反。こんな風に被害を出しちゃうから。だから、ね、騒ぎになる前に学校に逃げるの。あとの処理はわたしの仲間――【黒炎廃絶アグニ教】の人たちがなんとかしてくれるから大丈夫!」


 どうやらそういうことのようだ。

 りむねと唯香の戦いに介入した羽穏は、あえてこうした荒技を使うことで戦闘の中断を図り、一時的な停戦状態に持ちこんだ。決着を次の機会に残して。


「でもどうして……こんなことを?」


 おれは訊かないではいられなかった。羽穏が戦闘に介入した意図を。

 明快な答えが返ってきた。


「だってあのままにしておいたら、鷺宮くんが遅刻しちゃうところだったもん。羽穏はそこのふたりと違って細かいところに気がつくから、最高のお嫁さんになると思う!」


 ……。

 つまり、おれの内申点を案じた末の行動だったそうだ。

 それから四人そろって登校した。道中ずっと無言のまま。

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― 新着の感想 ―
作者様ぁ、残念ながら、これは万人受けしませんよ。世間は仲良しハーレムが見たいのであって、ギスギスは見たくないんですよ、多分。なので…私のような極一部にスッゴいぶっ刺さる作品ですね、こいつぁ。マジで最高…
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