4-2.英霊十二教
目標発見、と、唐突に聞こえた少女の声。
そして――世界から音が消えていた。ついでに色も変容している。
肌が泡立つのが如実に感じられた。――例の異次元空間だ。
「まったく。いくら転校生とはいえ、こんなに無防備だとは思わなかったよ」
顔を上げると、うちの高校の制服を着た女子が、ショッピングカートの上に立ってこちらを睥睨している。彼女は髪をこめかみのところだけシルバーに染めていた。
その隣には金髪の男子。こちらもおれと同じ制服を身につけている。
「ここは……【臨界】?」
おれがそう問いかけるようにつぶやくと、
「ううん、【銀丘】。この際でどうでもいいけどね」
女子はそう答えた。
この異次元空間にはいろんな呼び名がある。今回は【銀丘】らしい。
「……【銀丘】におれを閉じこめて、どうするつもりかな」
「決まっているでしょう。狩る」
わかりきった質問だった。おれはこめかみシルバーの女子にも金髪男子の方にも見覚えがあった。どちらも【オリンピアの祭典】競技の参加者に選ばれていた生徒だ。情け容赦なく初心者のおれを狩ろうって魂胆だ。
彼女たちがふたりで行動しているのは、おそらくタッグを組んでいるから。
おれたち五人が「停戦協定」を結んだのと同じように、一時的に同盟関係を組むのは競技を有利に進める上でのセオリーなのかもしれなかった。
どうするべきか。
二対一。分が悪すぎる。逃げたいのは山々だけれど、おれは【銀丘】から脱出する手段を知らない。りむねたちは自由に出入りができるみたいだが、おれにはやり方がわからない。
そうしておれが戸惑っているうちに、
「さて、じゃあ始めるよ。神器――【晶弾烈風】!」
女子の手には銀色のピストルが握られていた。その銃口はぴったりおれの額を狙っている。
「唐突にごめんね。でもこれ、お祭りだから。『せいぜい楽しんで』」
ビストルが群青色の火を噴いた。
おれは大地を蹴り、全身を横に「吹っ飛ばした」。不可視の弾丸が、おれの一瞬前まで立っていたアスファルトを削っていく。
「見事な反射神経じゃないか。常人の身体能力じゃない」
金髪男が拍手している。
おれはほこりを払いながら立ち上がり、
「ちょっと待ってくれ。まだ心の準備が」
「それはできない。祭りは始まっている」
今度は金髪男子の攻撃だ。
「神器――【血碧狂嵐】」
彼の指先から血液がほとばしり――破裂。
おれは爆風に飛ばされて、地面に身体のあらゆる部分をしたたかに打ちつけた。
「オレの神器は『爆発』。血液を爆弾に変える――説明しておかないと、初心者のお前に申し訳ないと思ったんでな。この解説はサービスだ」
――このままじゃやられるしかない。
せめて、逃げることができればいいのだけれど。
おれは「神器」の使い方なんて知らないし、知りたいとも思わなかった。けれどもいまは、いちおうの目的がある。
【神託】を受けて、いまのおれに降りかかっているあらゆる状況の謎を解き明かすこと。
【神託】なんていうオカルトに頼らなくちゃいけないのはシャクだけど、この際「毒をもって毒を制す」だ。チャンスはものにしなければいけない。
となると、やるべきことはひとつ。
記憶を頼りに、おれの神器の名を唱える――。
「神器――【女神虹輪】」
眼前に、七色に輝く輪っかが出現した。
これがおれの、神器。
一度だけ悪霊に対して発動し、やつらを蹴散らした実績がある。
神器が発動したのは結構だけれど、どうやって使うのかいまいちわかっていない。
りむねの神器みたいに武器のかたちをしていれば、使い方も明白なんだけれども、これ、ただの光の輪っかだ。
「転校生も、ちゃんと神器使えるんだ。よかった。やりがいがあるよ」
ピストル型の神器を操る女子が、不可視の弾丸を連続で放ってきた。
おれは脚力を最大限に発揮してあとずさり、ランダムな軌道を描いて弾を避けていく。
どうしてこんなに身体が軽く動くのかはわからない。記憶を失う前のおれが、そうとう鍛えていたのだろうか?
さらに、金髪の攻撃も介入してくる。
「――爆破!」
宙に舞った金髪男子の赤い血液が、一瞬、碧く輝いたかと思うと、破裂。
強力なエネルギーを生みだし、破壊的な爆風をまき散らす。
「ぐっ……」
こういうのは、さすがに避けきれない。
おれはまたしても地面に叩きつけられ、いくつか痣と擦り傷をつくった。
これじゃあ神器を出現させた意味がない。なんとか、なんとかしないと――。
(……なんとか、動け!)
強く、念じる。
念じると、輪っかは「黄色」に変化し、まるで触手みたいに黄色い光の筋を伸ばして、不可視の弾丸のひとつひとつを弾いていった。
(これは……)
なにが起きたか、感覚でわかる。
「わかる」というのとはちょっと違う。「腑に落ちる」というのがより正しい表現だ。
いま、黄色に変化したこの輪っかは「悪徳【貪欲】」。
防御的な挙動をする光だ。
おれのこの光の輪は、七色に変化してそれぞれ色により異なる能力を発揮する――。
いま、たった一度だけだけど輪っかを制御できて、すべて「腑に落ちた」。
ならば――。
「悪徳――【憤怒】!」
光の輪が真っ赤に変化し、バチバチと雷電を発しながら高速で回転している。
対戦相手のふたりは目を丸くしている。おれのさっきまでの気弱な態度が一変、急に意気揚々と神器をコントロールしはじめたからだろう。
この深紅の輪は悪しき徳【憤怒】の顕現。
【貪欲】のイエローが防御的な光なら、こちらは「攻撃的な光」。
「行け!」
【憤怒】の赤は電撃のかたちをとり、一直線にピストル女子へと攻撃をしかける。
「――爆破!」
赤色の【憤怒】のサークルが女子に命中する直前、金髪男子が血液を爆発させてその軌道を逸らした。代償として、味方もろとも四方へ吹っ飛んでしまったが。
「厄介な神器だな」
金髪は吐き捨てるように言った。
そして、手を振りかざし、こちらに血液のしぶきを浴びせてきた。彼の武器は「血液」。これが一気に爆発するとしたら、おれは無事ではいられない。
ならば――。
「悪徳――【鬱屈】!」
光のサークルは緑色に発光し、フラフープのように金髪の腰を包んだ。
「なに……?」
すると金髪は、まるで四肢の力を失ってしまったかのように、ぺたりとその場に座りこんでしまった。
「なんというかおれも……使いながら徐々に理解しているんだけど……この悪徳【鬱屈】――緑のサークルは、相手の気力体力を一時的に奪い、行動不能に陥らせるらしい」
「なるほど。爆破する気力が根こそぎ奪われた」
おれに浴びせかけてきた血液は、碧く光って爆発することはない。そのままアスファルトに落下して、点々と黒い染みをつくっていた。
「ただひとつ難点があって。それは――一対一の勝負ならいいんだけど、二対一となるとあんまり意味がない。せいぜい相手のひとりを足止めするくらいにしか役に立たない」
「そうみたいだね」
爆発の衝撃から回復していたピストル使いは、神器の銃口をおれの心臓にぴたりと向けていた。
「彼を解放してもらえる?」
「……解放する。この【鬱屈】の能力は、こういう状況には向いてないから」
おれはサークルを霧消させ、両手を上げた。
金髪は立ち上がり、ぱっぱとほこりを払っている。
ピストル女子は依然、おれに銃口を向けたままだ。
「じゃあ、仕切り直しだね」
「……正直、多勢に無勢というか。初戦が二対一ってのはキツい」
「不運だったと思って、諦めるべきだよ」
言うが早いか、群青色の発光とともに、不可視の弾丸が連射される。おれはサークルを再度出現させるのももどかしく、脚力とバランス感覚を総動員して躱し続ける。
しかし、さすがに全部を回避するのは無理だった。
何発かがおれの大腿部に命中する。鋭い刃で切りつけられたような痛みと衝撃を感じ、鮮血が噴きだしてくる。痛みと出血はしばらく我慢できるとしても、脚の動きがかなり鈍くなってしまったのはいただけない。
「その状況で、随分と冷静なんだね」
「おれも、驚いてる」
そうだ。驚いている。
どういうわけか、こんな非現実的、超オカルト的戦闘の状況下にあっても、おれは淡々と、思索を巡らし、身体を動かし――ちゃんと戦えている。
おれにそんな潜在能力が備わっているとは思わなかった。
なにか……おれの過去に、理由が?
と考えようとしたところで、あの例の頭痛のやってくる気配を感じたので、止めた。
いまは思考に深入りするべきときじゃない。
「悪徳――【蒙昧】」
今度は黄緑色の光の輪を出現させ、それをおれの脚に巻きつける。
【蒙昧】は感覚をひとつ遮断することができる。痛覚もだ。一時的な鎮痛だ。
それを見てピストル女子は、
「神器を防御や回復に回して、どうやって攻撃に転じるつもり?」
「それをいま、必死で考えてるよ」
プラン一。ぎりぎりまで【蒙昧】で脚の痛みをごまかし、相手に接近。相手が隙を見せた瞬間【憤怒】に切り替えて攻撃。
プラン二。【蒙昧】の鎮痛作用を総動員して、とにかく走り続ける。つまり、撤退。
「でも、チェックメイト。地面を見てごらん?」
そう言われておれは足元に視線を落とす。そこには――。
血痕。
金髪男子の投げつけてきた血が、染みとなっていた。
と、いうことは――。
「オレがその染みを爆発させれば、勝ちだ」
「うわ、地雷か」
「お前が一歩でも逃げようとした瞬間、オレは『爆破』する」
これは、詰みかもしれない。
「転校生にしては、頑張った方じゃない?」
勝ち誇った声で、ピストル女子はそう言った。
金髪はおれの方をじっと見て、
「詰み、だな。まあ、そういうことだから」
『ばくは』の三文字を唱えようとした。
その時だった。
『詰んでいるのはそちらの方』
声。そして。
赤い光の粒子が目にも止まらぬ速度で到来し、ピストル使いと爆発使いの側頭部に命中。
彼女たちは声も上げず、その場に突っ伏した。
なにが起こった?
「騎佳さん。無事ですか。駆けつけるのが遅くなって申し訳ありません」
唯香だった。
駐車場に停められているセダンのボンネットの上で、彼女はマスケット銃のような武器を構えていた。その先端には青光りする刃がくくりつけられている。
銃剣。それが唯香の神器なのだろう。
でも、どうしてここに?
「発信機を追って、なんとかここに間に合うように来れました」
唯香は神器を霧消させると、こちらに駆け寄ってきた。
そして、
「無事で、よかったです」
ためらうことなくおれに抱きついてくる。
ちいさくて、華奢な身体。
「見てください、あれを」
と指差したのは、倒れている敵のふたり。
そのふたりの背中から、矢のかたちの光が浮いて出てきて、パッと散った。
「これで、わたしたちの勝ちです。ああして、戦闘不能になった参加者から『矢』が抜けるのです。『矢』が抜けると敗北とみなされ、参加権がなくなるわけです」
「なるほど……」
よかった。神器の戦いで負けても、死んだりするわけじゃないんだ。
お祭りだもんな。そりゃそうか。
まあ、それでもずいぶん荒っぽい祭りであることには変わりないけど。
「助けに来てくれたんだな。ありがとう」
「ええ。騎佳さんのためなら、どこにだって駆けつけます」
おれの胸に顔をうずめてくる唯香。ちょっとくすぐったい。
……じゃなくて。
なにか、いま、唯香はすごく気になることを言っていなかったか?
発信機? とかなんとか。
「ええと。『発信機』ってなに? 『発信機』って、言わなかった?」
唯香はおれに抱きついたまま顔を上げて、
「言いました。それがどうかしましたか?」
可愛らしい動作で、首をかしげた。
「わたしが発信機や盗聴器、はては監視カメラまで用意して、騎佳さんの行動を四六時中観察していることに、なにか問題でも?」
「ああ、なんだ。盗聴器と監視カメラか。問題ないな」
「でしょう」
「うんうん」
……。
「いや、大ありだろ、問題!」




