とある男の冒険 56→14
今回の話は主人公よりも先に冒険を開始し、ゲームオーバーになってしまった男の話です。名前はありません。
次回より、主人公の梶原遼也が登場します。
深夜の森をいくつもの影が駆け抜ける。
先頭を行くのは人間の男だが、その後を追うのは体が所々腐っている犬の群れ。腐犬の群れだった。
男は全速力で駆け抜けるが腐犬たちとの距離は開くどころか少しずつ、確実に縮まっていく。
このままでは追い付かれるということに気が付いた男は逃げることを諦め、背負っていた剣を構え、戦う覚悟を決めた。
「でやぁぁ!」
振りかぶった剣を腐犬にむけて振り下ろすと、先頭を走る腐犬に直撃する。
しかし、当たりがわるかったのか一撃で倒すことができず、肩口が切り裂かれた状態で、何事もなかったかのように立ち上がる。
その不気味さに後ずさりしたとき、男は自分が腐犬に包囲されていることに気が付いた。
「GARRRRRRR!」
男の右側にいた一匹が唸り声を上げて飛び掛かる。
が、男は上体を反らして回避し、カウンターを叩き込み腐犬を背中から真っ二つにした。
「へっ、この俺が犬ごときにやられるかよ」
男は戦闘スキル〈薙ぎ払い〉を使って正面にいる腐犬を三匹まとめて撃破する。
腐犬は数は多いが、一匹一匹の戦闘能力は余り高くなく、男一人でも充分対処できた。
増えさえしなければ。
腐犬が残り五匹になり、男が勝利を確信したときだった。
「AOOOOOOOOON」
残っている腐犬の内の一匹が遠吠えをする。
すると、ガサガサガサガサ、と遠くから草木を掻き分ける音が聞こえ、それは少しずつ近づいて来る。
腐犬は仲間を呼んだのだ。
腐犬には群れの数が減ると仲間を呼ぶ習性があるのだが、男はそれを知らずに散開している腐犬を一匹ずつ仕留めていく。
男は倒しては増え、倒しては増えの無限ループに陥っていることに気づけずに長期戦となってしまい、男の集中力は底をついていた。
正面にいた腐犬を切り伏せたとき、背後から飛び掛かって来る腐犬に反応ができず、右肩に噛みつかれてしまう。
「ぐあああああああああ」
痛みの鋭さに男は悲鳴を上げ、地面に膝を着く。
その隙を腐犬たちは見逃さなかった。
腐犬たちは次から次へと男に飛び掛かり、腕に、腹に、足に噛みついていく。
身体中に噛みつかれた男はそのまま倒れ込み、そこに腐犬たちが群がる。
身体のあちこちを噛み千切られた男は体中から血を流し、死を感じながら虚空に向けて手を伸ばす。
「誰か……助け」
そこで男は力尽きた。
次に目を覚ましたとき、男は闇に覆われた世界にいた。
「ここは……どこだ……?」
反射的に立ち上がり、辺りを見渡すが何も見えず、ただ闇が見えるばかり。
そこで男は自分が立っていることに気が付いた。
「あれ? もしかして俺、生きてる?」
男は身体中を触って自分の体を確かめる。
噛み千切られたはずの身体はどこも欠けている部位はない。
「は、はは、はははははは。生きてる。俺は生きてるぞー!」
男は右手で自分の顔を覆い、笑い出す。
「そうだ、俺が死ぬわけがないんだ。あれはきっと悪夢だったんだ」
自分が腐犬に食われたことは夢だった。
そう自分に言い聞かせたときだった。顔に何かがかかる感覚がし、自分の手を見る。
すると男の右手は指先から砂になっていた。
すでに右手の指はほとんどなくなっている。
「な、なんだよこれ! 俺の手が砂になっ」
ガクン、と急にバランスを崩し男は倒れ込む。
「今度は何だよ!」
とっさに自分の足を見ると、今度は右足が砂になっている。もう足首から先はなくなっている。
「そんな、俺はやっぱり死ぬのかよ」
砂となり身体が崩れていくペースは徐々に徐々に早くなっていく。
「嫌だ、嫌だ! まだ死にたくない。俺にはまだやりたいことがあるんだ!」
しかし、そんな思いは届かず男の身体はどんどん砂になる。
身体の右側から砂になっていき、胴体、頭も砂となって崩れ落ちた。
最後に残った左手の甲には「十四」という数字が刻まれていた。